オリンピックの舞台から次世代の育成へ 日本スケート界の未来を築く
スケートで世界へ
日本のフィギュアスケート界は、男女ともシングル種目で世界的な成功を収めている。それに比べると、ペアやアイスダンスの日本代表は、必ずしも注目されているとは言い難い。アイスダンスの選手として2度のオリンピック出場を経験したキャシー・リード氏は、その状況を変えようと、自らの経験を活かし、未来のチャンピオンを目指す選手たちを指導している。
米国のミシガン州で日本人の母親と米国人の父親の間に生まれたリード氏は、弟のクリス氏とともにアイスダンスを始めた。2006年に全米選手権のノービスクラス(ジュニアよりも下のクラス)で優勝し、一躍有名になった二人は、母親の母国である日本の選手として、シニア大会に参戦することにした。2008年から2015年にかけて7度の全国優勝を果たし、2010年バンクーバー大会と2014年ソチ大会の2度の冬季オリンピック競技大会で、日本代表選手に選ばれた。
日本代表としてオリンピックに出場するのは、リード氏の長年の夢だった。「あの舞台で戦うことができたのは本当に素晴らしく、光栄でした。しかも、弟と一緒に2度も出場できたなんて、なおさら特別なことです」と彼女は振り返る。「もちろん緊張はしましたが、他の大会の時と同じように、舞台ではなくスケートそのものに集中し、その瞬間を心から楽しむよう心がけました」。日本の強い選手らとともに競技できたことも幸運だったという。彼らはロールモデルとして、次世代のスケーターを育てる確かな基盤を築いた。
家族の故郷が埼玉県にあるため、隣接する東京は、リード氏にとって子どもの頃からなじみのある場所だった。家族でよくスケートの大会も見に行った。「子ども時代には、浅草寺や東京タワーなど、いろいろな観光名所を訪れました」
日本のアイスダンス選手が輝く場を
アイスダンスは、それ自体がフィギュアスケートの中でも独特な競技である。音楽性と二人が密着した状態での緻密なフットワークを重視し、氷上の社交ダンスのようだ。日本のスケーターの多くは、競争が盛んで試合の機会が多い環境を活かし、シングル種目から競技をスタートさせる。一方、ダンスとペアはそこまで成熟していない。組数が少ないため大会も少なく、パートナーとの練習に適した環境も限られている。
リード氏は現在、京都府宇治市にある木下アカデミー京都アイスアリーナを拠点としている。木下スケートアカデミーには、シングルだけでなく、アイスダンスやペアに特化したプログラムがある。日本ではシングル種目が人気な上に、スケートリンクの数も限られているため、アイスダンスの選手が練習用のリンクを確保するのが難しい場合が多いとリード氏は指摘する。
こうした厳しい状況の中、9月に日本のスケート界にとってうれしいニュースがあった。江東区にオリンピック規格のリンクを有する「東京辰巳アイスアリーナ」がオープンしたのだ。東京都が運営する施設としては初の、年間を通じて利用できるアイススケート場で、旧東京辰巳国際水泳場の既存設備を活用している。
指導を通じて遺志を受け継ぐ
リード氏にとって、後進の指導に当たることは、恩返しであるとともに、2020年に突然の心停止のため急逝した弟のクリス氏と抱いた夢を前へ進めることでもある。「一緒に日本のアイスダンスを盛り上げていくつもりだった弟を亡くしたのは、本当につらいことでした。でも、何が何でもやり遂げると、彼に誓いました」と彼女は話す。「選手たちがスケートを心から楽しみ、成功を喜び、失敗から学びながら自分の力で前へと進んでいく姿を見ると、何よりもやりがいを感じます」
生徒の技術だけでなく、人間性も重視するのが彼女の流儀だ。「優れたアスリートになりたいと思うのは当然ですが、それ以上にまず優れた人間であり、確かな価値観を持つことが大切です。良い人間であればこそ、良い練習ができ、集中力が高まり、アスリートとして成長することができるのです」
リンクの外で刺激を受けることもある。リード氏はよく、東京で舞台やバレエ、歌舞伎を鑑賞している。「東京には、世界各国のダンスや演劇が集まっています」。これらを見ることが、生徒の振り付けを考える際の糧となり、自身の芸術的視野を広げることにもつながっているという。
2月にミラノとコルティナダンペッツォで開催されるミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックには、日本のスケーターが出場する。リード氏は、妹のアリソン氏が、リトアニア代表としてパートナーのサウリウス・アンブルレヴィチウス選手とアイスダンスに出場するのも楽しみにしている。
今後は、日本のアイスダンスの選手たちが、より多くの国際的な舞台での経験や試合の機会を得られることが重要であるとリード氏は語る。「審判たちに彼らを見てもらい、日本には素晴らしいアイスダンスチームがあることを世の中の人に知ってもらうことが必要です。彼らが成長し、一緒にスケートを続けながら上達していくためには、そうした機会が欠かせません」
キャシー・リード
写真/藤島亮
翻訳/喜多知子




