小さな雨庭から始める環境共生 世田谷で広がるグリーンインフラとまちづくり

 東京都世田谷区は約95万の人口を擁する住宅都市でありながら、個人所有の緑地や庭など、豊かな緑が多い地区でもある。一般財団法人世田谷トラストまちづくりは、「自分でもできる雨庭づくり」をはじめ、グリーンインフラ推進事業を通して地域コミュニティ形成を実現するなど、新しいまちづくりモデルとして注目を集めている。同財団トラストみどり課の角屋ゆず氏に、都市におけるグリーンインフラの取組と、地域コミュニティの役割について伺った。
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「自分でもできる雨庭づくり」の取組など、グリーンインフラ推進事業の窓口を務めるトラストみどり課の角屋ゆず氏

区民主体の豊かなまちづくりを支援

 一般財団法人世田谷トラストまちづくりは、1980年設立の世田谷区都市整備公社と、1989年設立のせたがやトラスト協会が統合し、2006年に設立された。ひと・まち・自然が共生する世田谷のまちの実現に向けて、より良い地域にしたいという区民の思いに寄り添い、区民主体のまちづくりをサポートしている。

 「世田谷区は住宅都市として発展してきましたが、緑を大切にしたいという区民の思いがとても強いです。その思いを形にするためにサポートするのが、私たちの役割です」

 世田谷トラストまちづくりは、現在60名の運営スタッフのほか、約500名のボランティア、約2,000名のトラストまちづくり会員、民間企業などに支えられている。

 民有地である樹林地や緑地の管理と活用、空き家などの地域貢献型活用、オープンガーデンの支援など、地域の課題解決のための仕組みづくりを推進しながら、区民同士の交流が活性化されるまちづくりに貢献している。

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世田谷トラストまちづくりの情報発信と活動の拠点となっているビジターセンター

「自分でもできる雨庭づくり」で水害に強く、生物多様性豊かな住宅都市へ

 緑地の保全など、かねてよりグリーンインフラに資する活動はしていたが、2020年度から新たに始まった取組が、「自分でもできる雨庭づくり」である。

 雨庭とは、屋根や地面に降った雨水を集めて一時的に貯留し、ゆっくりと地面へ浸透させることを目的とした庭のことで、都市型洪水の抑制やヒートアイランド現象の緩和など、さまざまな効果が期待されている。また、雨水をタンクに溜めることで、庭の水やりや災害時にも利用できるようになる。

 「世田谷区は戸建て住宅が多いエリアです。それぞれの家で雨庭をつくれば、地域全体の水害リスクを軽減させることに寄与すると考え、雨庭づくりの取組が始まりました」

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ビジターセンターの雨庭。250リットルの雨水を貯留できるタンクの周囲には、植えっぱなしで季節ごとに花を咲かせる宿根草や球根が植えられている Photo: courtesy of 世田谷トラストまちづくり

 「自分でもできる」という言葉通り、ホームセンターなどで購入できる材料を使い、ガーデニングの延長で楽しめる庭づくりをコンセプトにしているところが特徴だ。さまざまな植物を植えることで生きもののすみかとなる環境も提供できる。

 「水害対策ということを前面に出すのではなく、植物を育てる楽しさや美しい庭づくりという視点で、皆さんに興味を持っていただけるように心掛けています」

人材育成と専門家派遣、専用の相談窓口も

 2021年度からスタートした世田谷区が主催する「世田谷グリーンインフラ学校」では、専門家の指導の下、全3回でグリーンインフラの概論のほか、雨や植物などについて体系的に学びながら、雨庭づくりを実践できる講座を開催した。2025年度に5年目を迎えるが、毎回多くの応募がある人気の講座で、これまでに抽選で選ばれた約100名の参加者が卒業した。卒業生から「継続的に雨庭や植物の維持管理に関わりたい」といった声を受け、月に一度、奥沢二丁目公園の雨庭と植物の手入れをする「奥沢コミュニティ雨庭」活動も続けている。

 また、雨庭づくりに挑戦したい人向けに「自分でもできる雨庭の手引き」という冊子を発行。vol.1は約3.3平方メートル(1坪)の雨庭づくりのために必要な材料と手順など実践的なガイドブックになっており、vol.2では実際に個人宅などで施工した雨庭の五つの事例を紹介している。雨庭の手引きは、世田谷トラストまちづくりの事務所やビジターセンターなどで配布されているほか、世田谷トラストまちづくりのホームページからもダウンロード可能だ。

 トラストみどり課では、雨庭づくり専用の相談窓口を設置し、必要に応じて提携している建築士やガーデナーの派遣も実施している。

 「環境条件や家の構造、さらに雨水の流れ方を把握して、プランニングするのは建築士さん。その庭に合った植栽の選定やデザインは、ガーデナーさんの専門になります。ご相談内容によってケースが異なるので、時間をかけて対応する必要があります」

 雨庭づくりの支援には、各分野の専門知識を横断した個別対応が求められるため、世田谷トラストまちづくりのような中間支援組織としての役割がより重要になっている。

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相談者の多くは「雨庭が完成したらモデルとして地域のPRに使って」と積極的な関わりを示してくれるという

企業連携で広がるグリーンインフラ

 東京都では、都市型水害対策の一環として、雨水流出を抑えるまちづくりを進める「雨水しみこみプロジェクト」を2024年よりスタート。世田谷トラストまちづくりは「雨水しみこみアンバサダー」として認定され、その積極的な取組を通して、雨水をしみこませるまちづくりの普及活動に貢献している。

 2024年12月には、雨庭づくりによるNbS(Nature-based Solutions:自然に根ざした解決策)普及活動が評価され、国土交通省が主催する第5回グリーンインフラ大賞では大臣賞を、特定非営利活動法人雨水まちづくりサポートとともに受賞した。

 「受賞をきっかけに視察が増えていますね。特にグリーンインフラや『自分でもできる雨庭づくり』については、国や自治体、企業からも問い合わせが寄せられています」

 グリーンインフラに取り組んでいる組織の中でも、世田谷トラストまちづくりは、区民の自主性を尊重し人材育成の観点から活動を広げている点が、特に注目を集めているという。

 雨庭づくりの取組は、民間企業からの関心も集めている。これまでに、三井住友海上火災保険株式会社から寄付金の提供を受けたほか、ホームセンターを展開する株式会社カインズの社員向け研修として雨庭づくりを実施した。企業も自然の保護や再生、回復に積極的に取り組む時代になっている。世田谷トラストまちづくりは、企業との連携を通じた雨庭づくりの一層の普及拡大に可能性を感じている。 

地域コミュニティが育む、ひと・まち・自然の共生

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緑豊かな自然との共生は、一人ひとりの小さな活動に支えられている

 住宅都市・世田谷から始まった小さな雨庭づくりの取組は、区民の思いと専門家をつなぐ支援体制の下、都市と自然が共生する新たなまちづくりのモデルとなっている。

 浸透力のある健全な土壌の緑地を維持すること、そして活動を通した地域の人々の交流が、「都市の防災機能を高めることにつながっている」と角屋氏は話す。

 「グリーンインフラの取組や雨庭づくりは、あくまでもまちづくりの手法の一つ。人との関わりが生まれるきっかけや居場所をつくり、日頃から地域の関係性をつなぐことが、地域コミュニティの役割だと思います」

 気候変動による都市型水害のリスクが世界的に高まる今、東京のような人口密度の高い都市において、行政主導のインフラ整備だけではなく、個人の小さな雨庭から始まるボトムアップ型の環境改善策を広げることは、地域全体の防災力向上につながり、持続可能な都市型グリーンインフラのロールモデルとなるだろう。

 地域が抱える多様な課題を一方的に解決に導くのではなく、一人ひとりが「やってみよう」と思えるような活動につなげる仕組みを育てていくこと。それが、環境共生と地域共生の両立を実現し、持続可能なまちづくりを支えていく。

角屋ゆず

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一般財団法人世田谷トラストまちづくり、トラストみどり課、主任。世田谷区内の大学院で建築学を修了。暮らしに根付いたまちづくり支援を志し、現職。公益信託世田谷まちづくりファンド、空き家等地域貢献活用事業などの担当を経て、現在は、グリーンインフラ推進事業や近代建築相談窓口を担当。

一般財団法人世田谷トラストまちづくり

https://www.setagayatm.or.jp/

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東京都は、100年先を見据えた"みどりと生きるまちづくり"をコンセプトに、東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」取組を進めています。
都民をはじめ、様々な主体との協働により、「自然と調和した持続可能な都市」への進化を目指しています。
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/tokyo-greenbiz-advisoryboard

取材・文/加藤奈津子
写真/藤島亮