足元から安全をつくる床材
レース工学から高齢者ケアへ
Magic Shieldsのストーリーは、ヘルスケアとはほど遠いところから始まっている。創業者兼CEOの下村明司(ひろし)氏は、以前はヤマハ発動機のエンジニアで、オフロードレーシングのチームと一緒に仕事をしていた。この世界に事故は付き物なので、工学的ソリューションによってライダーを大けがから守る必要があった。「モトクロスでは、ひっきりなしに転倒が起こります。そこで、正しく壊れてライダーを守るバイクを設計する必要があります」と下村氏は語る。
当時の経験が、力と衝撃と安全性に関する彼の考え方を形作った。数年後、実験的なバイクから災害対応用のシールドまでさまざまな発明を模索するうちに、日本社会で深刻化しつつある課題に関心を持つようになった。高齢者の転倒によるけがである。転倒は些細な事故ではなく、人の生活を大きく変える出来事だと下村氏は強調する。「日本では毎年1,000万人以上の高齢者が転倒し、約60万人が骨折しています。運が悪いと、1回の転倒が寝たきりなどの長期的な影響に結びつくこともあります。多くの人は、そのようなことが身近な人に起きるまで意識することもありません」
忍者に着想を得たイノベーション
下村氏は日本古来の発明にヒントを得て、忍者文化にアイデアを求めた。忍者が水上を歩いて渡るために使った「水蜘蛛」という道具の背景にある体重分散の原理を、床材の構造設計の参考とした。また、一見普通の内装に安全のための仕掛けが隠されている忍者屋敷の特徴も参考にした。「明るく快適でありながら、事故が起きたときには見えない安全装置のように床が守ってくれる、家をそんな場所にしたいと思っています」と彼は説明する。
忍者のイメージは、後にMagic Shieldsが自社技術のプレゼンテーションを行うときにも受け継がれた。SusHi Tech Tokyo 2025で、これらの隠れた原理を実演するために忍者をテーマとしたパフォーマンスを披露し、数百年前の発明と現代の材料科学を結びつけたのだ。
2019年には、この理念を柱としてMagic Shieldsを設立した。看板商品の床材は日本で「ころやわフロア」「ころやわマット」と名付けられ、グッドデザイン賞を受賞し、Microsoft for Startupsに採択され、経済産業省のスタートアップ支援プログラム、J-Startupにも選定された。伝統と最先端科学の組み合わせによって、いかに社会において喫緊の健康課題に取り組むことができるかを示す偉業である。
足元の確かなデータ
長年の研究開発の結果、Magic Shieldsの床材は衝撃を受けた時だけクッションが沈み込むように作られたため、利用者は通常の動きでは足元の違いに気付くことなく、自由に歩いたり寝転がったり立ったりすることができる。藤田医科大学や名古屋大学と共同で行った臨床研究で、この技術の可能性が確認された。下村氏は「私たちのデータでは、柔軟性と剛性を併せ持つメカニカル・メタマテリアルの床材は、衝撃吸収性のあるタイルカーペットと比べて大腿骨にかかる衝撃力を約43%軽減し、しかも歩行やバランスには影響を与えないことが示されています」と話す。
現在、国内外の1,000件以上の病院や介護施設がMagic Shieldsの製品を使用しており、素晴らしい反響が寄せられている。下村氏は「施設からは骨折がゼロになったという声が届いています。その分、看護師にとっては負担が減ります。家族にとっては安心できます。施設管理者にとってはコスト削減につながります」と言う。
SusHi Tech Tokyo 2025での忍者パフォーマンスには、この技術の驚くべき性能と説得力を示す効果もあった。ブースに集まった観客は、普通の床に見える場所で繰り広げられるアクロバットを目の当たりにし、床材が瞬時に衝撃を吸収できることを知った。「最初、皆さんは、製品が自分たちの足元にあっても何も気付きませんでした」と下村氏は笑った。「でも試してみてすぐにわかりました。誰かが転んだらどうなるか、皆がすぐに理解したのです」
東京から世界へ
Magic Shieldsの本社は静岡県にあるが、事業の成長を考えると東京は重要な場所である。「東京は世界でも極めて高齢者人口の多い都市です。ここで骨折を減らすことができれば、世界に可能性を示せるはずです」
同社はすでに海外に進出している。米国ノースカロライナ州の支社では現地基準に適合する製品を開発し、ヨーロッパやアジアの販売代理店は、スペイン、スイス、シンガポールの施設にこの技術を持ち込んでいる。下村氏は「アメリカが私たちにとって最大のチャンスです。病院の規模が大きく、けがの予防による経済効果が大きいためです」と話す。
SusHi Tech Tokyoのようなイベントは、こうした海外進出の加速を後押しする。「東京でこの規模の舞台があると、海外のイベントに出展するより時間もコストも節約できます。私たちはここで海外のパートナーと出会い、その後数年にわたり協力関係を継続しています。東京にグローバルなプラットフォームがあることの重要性がわかります」
データ主導の未来を見据える
Magic Shieldsにとって骨折予防が重要な使命であることに変わりはないが、床を貴重なデータ収集源に変えるため、センサーの組み込みも模索している。SusHi Tech Tokyo 2025では、人が床に乗ると「忍者犬」というプロトタイプが元気よく吠え、床に組み込まれたセンサーによる動作検知を実演した。
下村氏は「私たちのビジョンは、建物内に新しい物理AI層を組み込むことです。生活の大部分は屋内で行われます。安全にプライバシーを守りながら動きを捉えることができれば、ヘルスケアにも、保険にも、さらに都市計画にも役立つはずです」と言う。
こうした目標も、転倒防止用途から、さらに大きな健康モニタリングやスマートシティ用途への変化を反映している。下村氏が見つめるのは、技術的な効果だけではない。「誰もが、たとえ90歳であろうと、一人でトイレまで歩いて行きたいと思います。それを実現できれば、安全性だけでなく尊厳も守ることになるのです」
動画:Magic Shields
下村明司
株式会社Magic Shields
https://www.magicshields.co.jp/![]()
Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo は、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo
画像提供/Magic Shields
翻訳/伊豆原弓




