東京の名建築「駅舎」の魅力と見どころ

 東京の玄関口として東京駅丸の内駅舎を思い浮かべる人も多いのではないか。駅舎とはまさに街の玄関のごとく、駅舎を見ればその街の雰囲気もうかがえる。鉄道と駅舎の第一人者であるカメラマン兼ライターの杉﨑行恭(ゆきやす)氏に、東京の駅舎についてその魅力や見どころを聞いた。
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巨艦の趣がある東武鉄道浅草駅。松屋浅草と駅舎が同居している Photo: courtesy of 杉﨑行恭

SF的で重厚だった新宿駅、渋谷駅

 杉﨑氏が駅舎の魅力に惹き込まれたきっかけは1985年、全国の駅舎を紹介する単行本で撮影を依頼されたことだった。途中から筆者に代わって取材も担当し、駅舎の建築様式や歴史的背景などを調べていくうち虜になった。

 「幼い頃は電車に乗ることだけに夢中でしたが、調べれば調べるほど駅舎の面白さに目覚めました。ローカル線の駅だと乗り換えの列車待ちで2、3時間かかるのはザラ。それだけ駅にいるとやってくる猫の顔も覚えるくらい、駅の細部にまで目が届くのです」

 関西生まれで横須賀育ちの杉﨑氏には、大学進学とともに上京した1970年代の新宿駅西口や渋谷駅の、どこかSF的な雰囲気の風景が目に焼き付いている。

 「当時の新宿駅は若者の集まる場所で活気もあり、西口地下広場と地上とが立体的に交差し、まわりに重厚で都会的な駅ビルや企業ビルが立ち並んでいて圧倒されました。渋谷駅はまた雰囲気が違って、地下鉄の電車がいきなり地上に出たかと思うとそのまま駅ビルの2階に吸い込まれていくなんて、これもSF的だなあと感動しましたね」

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手にしている書籍が駅舎にのめり込む契機となった

世界でも例のないターミナル駅の多さ

 現在の東京都心には網の目のように地下鉄路線が張り巡らされており、それを取り囲むようにぐるりとまわっているのがJRの環状線である山手線。2025年11月1日、その山手線が環状運転を始めて100周年を迎えた。

 「100年前はまだ東京都ではなく東京府、山手線の内側には市営の路面電車が縦横に走っていたため、私鉄が進出できなかった。だから東武鉄道は池袋まで、西武鉄道は新宿、池袋、東急電鉄は渋谷や目黒、五反田まで、京浜急行も品川まで、とかね。それによって、山手線の各駅に始発終点のターミナル駅ができあがる。いまでは各私鉄とも地下鉄と相互乗り入れすることで、そのターミナルがさらに巨大化しています。実は世界的に見ても、東京ほどこんなにいくつも巨大ターミナル駅がある都市はないのです」

 そのターミナル駅ごとに雰囲気が異なり、周辺の街の性格、空気感も駅の雰囲気に沿って違った様子になっていることが東京の面白みでもあり、それだけ駅舎の重要性、魅力に深みがあるのだという。

 「都市空間にインパクトを与えるという意味で、駅舎建築はデザイン性も含めて重要だし、可能性を秘めている。国鉄時代の地方の駅には必ず貨物列車用のホームがあり、荷物運搬の役割も大きかったためその機能性が重視された。対して東京など都会の駅は人の乗降が主でしたから、駅舎の空間設計の自由度が高く、デザイン性を優先した建築になっていることも魅力なのです」

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東京の玄関口、東京駅丸の内駅舎。壮麗かつ美しいシルエットだ Photo: courtesy of 杉﨑行恭

東京のお薦め駅舎3選

 全国の駅舎を巡り歩いて審美眼も養ってきた杉﨑氏が、これぞとお薦めする東京の三つの駅がある。一つ目は、外国人観光客にも人気のスポット、下町浅草の一角にある浅草駅。

 「東武鉄道の始発駅ですが、まさに東京モダンを象徴するような美しさで、とりわけ夜景が素晴らしい。大通りが二股に分かれる真ん中に巨艦の船首のようにそびえています。正面玄関を入って階段を上るとホームまで一直線。しかも、このビルの中に5本の発着番線があり、6両編成の列車がまるごと建物の中に入るという稀有(けう)な駅なのです」

 二つ目は、東京都内で最も西にある奥多摩駅だ。

 「ロッジ風の木造の山小屋のような趣で、建てられたのは1944年、つまり第2次世界大戦の真っ只中です。現在はJRの駅ですが当時は私鉄で、そんな時期にこのあたりが将来は登山客でにぎわう観光地になるはずだとにらんで造ったという、その意気込みがすごいし、面白い。実際、今では本当に外国人観光客も含めた登山客に人気です。ちなみに標高343メートルで、東京タワーとほぼ同じ高さ、東京都で最も高いところにある駅舎でもあります」

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高原のロッジのような雰囲気がある奥多摩駅 Photo: courtesy of 杉﨑行恭

 そして三つ目が、こちらも人気観光スポットである上野公園にかつてあった旧博物館動物園駅。1933年の開業時は京成電鉄の地下鉄駅で、以後たびたび営業休止、再開を繰り返していたが、車両数が増えてホームに止まりきれなくなったことなどを理由に2004年、完全に廃止された。

 「ただし、地下鉄駅なので厳密には駅舎ではないですが、地上からの入り口に国会議事堂のような西洋様式のコンクリート造りの建物が残っており、2018年には駅舎として東京都選定歴史的建造物に選定されてもいます。荘重な外観で見応えがありますよ。地下鉄の入り口といえばどこも階段がむき出しで屋根がある程度のものですから、そういう点でも非常に貴重ですね」

 これらの駅舎からは、東京の歴史と文化、その発展の物語が見えてくる。それもまた駅舎の魅力なのだろう。

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実は国会議事堂よりも前に建てられていた旧博物館動物園駅 Photo: courtesy of 杉﨑行恭

杉﨑行恭

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1954年兵庫県生まれ。カメラマン兼ライターとして旅行雑誌を中心に執筆。鉄道趣味の世界では鉄道と駅舎の専門家として知られる。駅の構造や歴史 をまとめた『駅舎』(みずうみ書房)、『百駅停車』(新潮社)など著書多数。現在も名建築の駅舎を訪ねて全国を旅している。
取材・文/吉田修平
写真/穐吉洋子