魅せる、引き立てる──額縁に宿る職人技と美意識
絵画を美しく際立たせる名脇役、額縁。職人の匠の技から生まれる「東京額縁」は、東京都指定の伝統工芸品である。
東京・荒川区の額縁工房「富士製額」の栗原大地さんは、服飾デザイナーを目指した過去を持つ若き額縁職人。作品の魅力を最大限に引き出す美しい額縁を制作しながら、その魅力を発信し続けている。
額縁は、150年以上の歴史を持つ伝統工芸品
─美術館などでよく見る額縁が、伝統工芸品であることをはじめて知りました。
あまり知られていないのですが、東京額縁は150年以上の歴史を持つ伝統工芸品です。
明治時代に日本に洋画が入ってきたことで、絵画が日本画と洋画に分かれました。そこから額縁も、西洋から入ってきた洋額縁と指物から発展した和額縁に分かれていきます。
西洋では石膏で固めて装飾を作ることが多い洋額縁ですが、日本で量産される際に、落雁などの和菓子に使われる木型の職人が型を彫り、胡粉(ごふん)と膠(にかわ)と布糊(ふのり)で固めた粘土で型抜きして装飾を作るようになりました。菊の花、葉、唐草などの和風模様も取り入れて、日本独自に発達しました。
─富士製額は、いつ頃から額縁づくりをされているのでしょうか?
1947年に文京区根津で創業しました。現在は東京都荒川区で、額縁を制作し続けています。もともとは、指物工房の跡を継いだ創業者が、漆の技術を生かした海外向けの写真用の額縁を制作したのが始まりです。現在は、油彩・水彩・日本画の額縁など、制作範囲を拡げて、3代目の吉田 一司が会社を継いでいます。
当社の特徴は、1階に木工部門があり、2階で額縁の装飾から仕上げ、額装を行っていること。東京額縁を作る会社がほとんど残っていない状況で、木材加工から一貫して制作できるのは富士製額だけです。画廊、画商、額縁屋、アーティストなどの要望に応える形で、経験や技術を生かし、フルオーダーで額縁の制作、絵を額に入れる額装や額縁の修復等を行っています。
─職人の技が光る東京額縁の製造工程を教えてください。
最初に、木工職人がお客様の要望に合わせた仕上げに合うくるみやメープルなど様々な種類の木を削り出し、木枠を作ります。わずかなズレも許されません。木が持つ僅かな反りや季節による伸縮まで計算し、刃を入れていきます。繊細な技術で木材を切り出し、接着剤で接着して圧力をかけて、額縁の形に組み上げます。
そこからが額縁職人の仕事。木枠に木型で抜いた装飾をのせて、下地、ニス、ラッカーなどを塗り、乾かし、研ぐ。この工程を多いものでは10回以上繰り返します。漆器のように滑らかな肌は、この気の遠くなるような手間の上に成り立っています。そうすることで、もともとの木目が失われ、つるつるとした質感に仕上がっていきます。
最後に、仕上げの色を塗り、金箔・銀箔などで箔押しを行い、顔料や油絵具を用いて経年変化の美しさを表現します。絵を引き立たせるための技術が込められているんです。
洋服も額縁も、主役をさらに美しく見せるもの
─栗原さんは、デザイナー志望から額縁職人の道に進んだ経歴をお持ちですが、どのような部分に魅力を感じたのですか?
学生時代はデザイン学部で学び、洋服を作る仕事をしたいと思っていました。でも、就職氷河期でなかなか就職先が見つからない。3代目と僕の祖父が、大学の先輩後輩だった縁で、富士製額を会社見学することになりました。
額縁作りの技術を目の当たりにして、額縁と洋服づくりの共通点を思い出したんです。僕は洋服づくりのヒントにもなると、実家の近くにある美術館で近代絵画を鑑賞し続けてきました。その頃から、モデルの良さを引き出す洋服と、作品の良さを引き立てる額縁の役割は同じだと思っていたんです。
ここなら、洋服づくりの経験や、自分の関心を生かしたものづくりができるかもしれない。そう思い、額縁職人の道を進むことに決めました。
─絵の良さを引き立てるため、どんな技術があるのでしょう?
洋額に使われる、古美(ふるび)という技術があります。新品の額縁でも経年変化した風合いを出す技法で、白の下地であれば黄緑色の塗料を使って、ほこりや汚れなど、時が経ったような質感を生み出します。ピカピカした額縁だと、絵がぼんやりしてしまう。さらに、光沢にメリハリをつけることで絵を際立たせるなど、さまざまな技法が重ねられています。
ヤニで黄ばんだ感じを出したいとか、黒に薄くメタリックの粉をかけたいとか、さまざまなご要望があります。その人のための専用の額縁を作り続けている作家さんもいます。
お客様の求める最終的なイメージから逆算して、層を塗り重ねて、一枚の額縁を作り上げていく。道筋は一つではありません。センスや経験と技術から最適なルートを作っていくんです。
─絵の魅力を最大限に引き出すところに、職人の表現が込められているんですね。
僕を育ててくれた師匠は画家として絵を描きながら職人をしていた方で、素晴らしい技術を持つ天才肌の職人でした。「額縁だけでも、美しいものを作らなければならない」と師匠はよく言っていたものです。
しかし、あくまで主役は絵です。絵を引き立てるために、技術や経験や命が込められている。絵を鑑賞する人は、僕らの存在に気づきもしないかもしれない。でも、隠されたところに表現があることによって、絵の美しさが際立つ。この静かな誇りこそが、職人としての最大の喜びです。こんなにやりがいがある仕事はないんじゃないかと思っています。
次世代の職人として、額縁の魅力を発信し続ける
─栗原さんは、額縁職人の技術を積極的に発信されていますね。
これまで額縁職人はどちらかというと表に出ず、裏方であった歴史があります。美術館に絵が飾られているとき、絵の作家の名前はキャプションに記載されても、額縁職人については書かれない。縁の下の力持ちでいることに、職人としての矜持もあったのだと思います。
しかし、額縁職人が減ってきて、額縁を作る会社も失われていくなかで、僕は師匠からいただいた大切な技術を受け継ぐため、その魅力をもっと多くの方に伝えなければいけないと思うようになりました。取材を受けたり、テレビやラジオに出たり、職人としていいものを作りながら、発信することにも力を入れています。
─デザイナーとコラボレーションする東京手仕事プロジェクト「Tokyo Frame Vase」も、額縁を現代に伝えるために開発されたそうですね。
「Tokyo Frame Vase」は額縁の角を切り取った一輪挿しです。額縁の伝統技術を生かして、今の時代に合わせた製品を作りたかったんです。「額縁面白いな」と思ってもらえる商品にしたいと、デザイナーさんとコミュニケーションを重ねて制作しました。
木目を生かして蜜蝋で仕上げた「和額縁」と、装飾に金箔を施して古美で仕上げた「洋額縁」の2種類。木型を用いて、塗装や箔を塗り重ねるなど額縁職人の技術を生かして、花やポストカードを飾るなど日常で楽しめる商品に仕上げています。
―いいものを作りながら、その魅力を発信していく栗原さんの姿は、これからの時代に求められる職人の姿でもあると感じます。
これからの職人には、作ることと魅力を伝えること、どちらも大切だと思うんです。
額縁職人や額縁のことを知ってもらうきっかけが増えて、いろいろな方から「額縁って面白いですね」「美術館に行ったときに、額縁を見るようになりました」という言葉をいただくようになりました。それが何よりうれしい。新しい価値観や感覚を紹介できたのかなと思います。
さらに、声を聞くことで、普段の仕事にやりがいを見いだすこともできる。自分の仕事は、求められている。頑張ってきたことは間違いじゃないと、職人としてもっと技術を磨いて頑張ろうと思うようになりました。
そうした取り組みもあり、富士製額には今年、若い職人の方が入社してくれました。額縁職人の魅力を伝えることを、これからも続けたいと思っています。





