江戸の知恵とAIの力:進化する東京臨海防災
リスクとイノベーションが交錯する臨海部
数百年にわたり、東京は沖合に向かって拡大を続け、臨海部は日本における商業と暮らしの一大拠点へと進化した。一方で、海抜が低く、海岸保全施設がないと満潮時に浸水するおそれのある「ゼロメートル地帯」も広がっている。約150万人が生活するこの地帯では、海岸保全施設のハード整備とソフト対策によって高潮対策が図られている。
高潮対策は、経験をもとに築き上げられてきた。1949年のキティ台風や1959年に名古屋地方を襲った伊勢湾台風は後々まで爪痕を残し、東京都が本格的な高潮対策事業を開始するきっかけとなった。さらに、2011年の東日本大震災を受け、地震・津波対策の一層の強化に取り組むこととなった。水門や内部護岸、60キロメートルを超える防潮堤からなる現在の防潮ラインは、こうした過去からの取組を受け継ぐものであり、東京が常に海と向き合ってきた歴史を物語っている。
デジタルトランスフォーメーションの活用
ハード対策は不可欠だが、東京ではそれらをデジタルトランスフォーメーション(DX)によってさらに強化しようとしている。東京都では、主に四つの新しい技術を高潮対策に取り入れている。
一つ目は、「高潮防災総合情報システム」である。潮位や水門の状況、およびライブカメラ映像をリアルタイムで提供する。二つ目は「高潮リスク検索サービス」だ。同サービスのサイトに住所を入力すると、大規模な高潮が発生した際に予想される浸水の深さが瞬時に表示される。
三つ目は、AIを活用した水位予測である。潮汐(ちょうせき)・気象データを基に、最大15時間先の水位の変化が予測でき、水門や排水機場の操作に役立てられる。最後は、都の職員によるドローンの操作技術の習得だ。災害時にドローンを用いて施設を迅速かつ安全に点検することを目指している。
高潮対策の最前線
かつて、潮位の予測は月の満ち欠けに基づく潮汐表、気象情報、職員の経験に頼っていた。現在では、リアルタイムデータとAIを用いた水位予測システムにより、予測の精度が格段に向上している。数時間先までであれば確度は高く、水門の閉鎖や排水機場の稼働のタイミングをより適切に判断できる。こうした情報をもとに、従来よりも正確な意思決定が行えるようになっている。
AIによる水位予測結果については、個人のモバイル端末からアクセスすることができ、いつでもどこからでも情報を確認できるため、迅速な水防活動に貢献している。
また、ドローンを用いることで、広い範囲を素早く調査し、人間の立ち入りが危険な場所でも情報を収集できるようになるなど、新たな可能性が広がっている。安全対策を講じつつ、こうした点検を行うことで、緊急時に迅速かつ広範に対応できる。
東京のノウハウを世界へ
東京の取組は、世界的にも認められつつある。都は、2025年にバルセロナで開かれた「スマートシティエキスポ世界会議」に出展し、AI水位予測システムを紹介した。また、高潮防災総合情報システム、高潮リスク検索サービスは、都民だけでなく旅行者もリスクを理解し、災害に備えられるよう、多言語に対応している。これは、防災は地域住民だけの問題ではなく、すべての人に対し行政が担うべき責任であることを示している。
将来に向けて
海面上昇、台風の激甚化、地震のリスクは、今後も都の戦略に影響を与え続ける。防潮堤や水門などのハード整備と、AI、ドローンを活用したデジタルツールを組み合わせることで、東京都はあらゆる事態への対応力の強化を図っている。
東京の埋め立て事業は江戸時代にさかのぼる。1600年頃、技術者らが干潟を埋め立てて新たな市街地の造成を始めたことで、江戸の町は拡大し、現代の東京の礎が築かれた。以来、21世紀の予測モデルに至るまで、臨海部では常にイノベーションが求められてきた。現在の取組は、そうした伝統と技術のバランスを体現し、東京がこれからも安全でありつつ、海とのつながりを大切にしていくためのものだ。
東京都港湾局
写真/穐吉洋子
翻訳/喜多 知子





