目黒の里山、自然と触れ合い人とつながる都市農地
受け継いだ農地を体験農園に
八雲のはたけは、2019年3月に体験農園としてオープンした。この土地は、宇津山氏の母方の家系が代々受け継いできた農地である。都市化に伴い周辺地域がどんどん住宅地に変わっていく中、「どうしても農地として残したい」という祖母の強い思いを受け取った宇津山氏。
「もともと造園業を営みながら、生産緑地であるここで植木を育てていました。農地の維持も徐々に大変になる中で、新しい活用方法を考え、体験農園というかたちに思い至りました」
生産緑地とは、良好な都市環境を目指し、計画的に保全することを指定された農地である。東京都都市整備局のデータによると、2024年の都内の生産緑地は合計2,773ヘクタールあり、目黒区だけでは1.88ヘクタールほどである。
生産緑地として農地を保ちつつ、地域の人々のために役立てる場所にしたいという思いから、八雲のはたけの取組は始まった。農地の一部を区分けし、体験農園として貸し出す事業から始まり、さまざまなイベントやマルシェの開催など、地域との関わりを育むコミュニティとして活動を広げている。
誰もが野菜づくりを楽しめる農園
八雲のはたけの体験農園は、大小2種類の区画がある。大きな区画が10平方メートルで、小さな区画が5平方メートル。当初は10平方メートルを12区画からスタートしたが、利用者の要望を受け、半分の広さの区画を増やしていった。現在は全31区画が常に埋まっており、キャンセル待ちが続くほどの人気だ。
体験農園の利用者の多くは、徒歩や自転車で通える近隣住民である。若い世代のグループ、小さな子どもを持つ家族、シニア世代、幼稚園といった団体など、その年代は幅広い。
「利用者のほとんどが農業初心者です。自宅で家庭菜園をやっていた方や、他の場所で畑を借りたことがあるという方はいますが、本格的に畑をやったことがある方はいません」
農業経験のない利用者を支えるのが、体験農園の管理運営を担当する株式会社マイファーム(東京グリーンビズ コラボレーションパートナー)の農園アドバイザーだ。週に2回、半日ほど農園を訪れ、畝の立て方や種の植え方、道具や肥料の使い方、水やりの方法など、基本的なことから丁寧に指導する。また、季節に適した野菜の種類や育て方も気軽に相談できるので、初心者でも安心して野菜づくりにチャレンジできる。
栽培されている野菜は、季節に応じて多岐にわたる。春には、そら豆やえんどう豆などの豆類、小松菜やほうれん草といった葉物野菜がよく育つ。秋冬になると、白菜、キャベツ、大根、にんじんなどの定番野菜から、ブロッコリー、カリフラワー、玉ねぎなども見られる。
化学農薬や化学肥料を使わないこと、木を植えないことなど、いくつか管理上のルールは定められているが、利用者は自分の区画でいつでも好きな野菜を育てることができる。来園頻度なども特に決まりはない。
「週に数回いらっしゃる方もいれば、ふらっと立ち寄ってレタスの葉を数枚摘んだり、薬味に使うからとワケギを切っていったり。庭感覚で使っている方もいます」
イベントで広がる地域の輪
八雲のはたけでは、地域で採れた野菜を販売するマルシェや、農や食に関するワークショップなどのイベントを定期的に開催している。体験農園の利用者だけでなく、より多くの人々に農地と触れ合う機会を持ってもらうためだ。
毎月恒例の釜焼きピザ体験や野点で抹茶体験、収穫から調理までを体験できる食育イベント、敷地内の草花を使ったワークショップなど、子どもから大人まで楽しめるイベントには、毎回多くの参加者が集まる。特に人気が高いのは、リースやスワッグを作るフラワーアレンジメントのワークショップや、年明けに開催する餅つきイベントだ。
「自然に囲まれて、焼きたてのピザを食べる。楽しい雰囲気のおかげでおいしく感じて、野菜が嫌いな子もたくさん食べてしまうんです」
また、マルシェの出店者の中には、「元気をもらえる」といった声を寄せる人も多い。
「私自身も感じるのですが、太陽の光を浴びて緑の中にいると、元気が出ますよね。みなさんにとっても憩いの場として、ゆっくり過ごしてもらえたらうれしいです」
イベントは宇津山氏と農園アドバイザーが企画することもあるが、利用者が主体となって企画を持ち込むかたちも歓迎している。
「この場所の良さを多くの人に知ってもらって、みなさんのために使ってもらいたい」と宇津山氏は語る。
自然体験が遊び心と学びを育む
都心に広がる里山は、特に都会で育つ子どもたちにとって、自然の中で遊びながら学べる貴重な場所となっている。
畑作業についてきた子どもたちが、虫捕りや枝拾いに夢中になって泥だらけになったり、井戸水で遊んでびしょ濡れになったり、のびのびと遊ぶ姿をここでは見ることができる。
「最初は親御さんも注意するのですが、次からは汚れてもいいように着替えを持って来たり。子どもたちは本当に楽しそうに過ごしています」
野菜や草花だけでなく、鳥や虫など様々な生き物と触れ合い、自然を通して多くのことを学ぶ機会になるだろう。
また、野菜づくりの体験を通して、子どもが今まで食べられなかった野菜が食べられるようになったという声も多いそうだ。
スーパーであらゆる食材が手に入る今、野菜は畑で作られていることを体験として知り、採れたての新鮮な野菜を味わうことで、「農業に興味を持ってもらうなど、将来の視野や選択肢が広がるきっかけになればいいなと思います」と宇津山氏は語った。
農地に新たな価値を、都市農業の未来
宇津山氏は八雲のはたけを始めたことで、地域の人々とのつながりをはじめ、東京都の農業関係者との関わりも広がったという。
コミュニティ農園を運営する民間企業との交流や、都内の農家のコミュニティにも参加し、都市農業のあり方について積極的に情報交換を重ねている。
東京という都市で、点在する農地をつなぐネットワークやコミュニティは、宇津山氏のような都市農業の実践者たちをつなぎ、これからの可能性を広げる存在だ。
「『こんなのどかな環境があるんだ』と驚く人も多いです。遠くまで足を運ばなくても、都会にもこういう場所があることを、多くの人に知ってもらえたらうれしいです」
2026年春からは、新たに養蜂にも挑戦すると話す宇津山氏。ミツバチの導入により、果樹や野菜の受粉が促され、花の蜜が採れる楽しみも増えるという。
都市農地の維持に活路を見出す体験農園から、地域のつながりを育むコミュニティへ。人と緑をつなぐ八雲のはたけは、都心に農地を残す価値を広げ、新しい農地のかたちを目指していく。
宇津山 裕和

東京都は、100年先を見据えた"みどりと生きるまちづくり"をコンセプトに、東京の緑を「まもる」「育てる」「活かす」取組を進めています。
都民や企業など様々な主体との協働により、「自然と調和した持続可能な都市」への進化を目指しています。
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/tokyo-greenbiz-advisoryboard
写真/井上勝也





