和食の原点「江戸料理」の魅力と神髄に迫る
質素でありながら栄養バランス抜群
江戸文化を象徴する浮世絵の研究を始めて33年、江戸の食文化研究は15年になる車氏が江戸料理に興味を持つことになったきっかけは、作家、エッセイストとして活躍する柘いつか氏の著書『大江戸散歩道』の編集を手伝ったことだった。
「それまで浮世絵の研究はしていましたが、絵の題材にもなっている江戸料理についてはよく知らなかった。本の取材で調べると、当然ながらほとんどの料理が味噌、醤油、塩を主体に作られていて、その素朴な味が以前住んでいた長野県松本の郷土料理の味に似ていると感じて、それでもっと深く勉強してみようと思ったのです」
江戸時代の文献にある料理を自ら再現して、1日1品ブログで発表していたところ、web連載が決まり、気付けば1,000品以上に。
「江戸時代に出版されて今で言うベストセラーとなった『豆腐百珍』という、豆腐だけで100種類のレシピが掲載された本があるのですが、とりわけコロナ期間中は、それらをすべて再現しました」
その過程で気付いたのが、江戸料理とは質素でありながら栄養バランスに優れており、日本人の体質に適したヘルシーな料理であるということだった。
「例えば、魚を美味しく食べるにはどうしたらいいかを考えると、やはり生で刺身としていただく。これがいちばん栄養を取れるのです。だから包丁文化が育ったし、調理道具では包丁が最も重要で、切れ味という言葉も生まれました。旬のものも、シンプルな調理法で美味しく食べられるように工夫する。調味料も海外だと味を加える感覚ですが、味噌、醤油、塩などは食材の味を引き出すものとして捉えられているのです」
醤油については、ちょうど江戸時代中期頃に濃口醤油が広まったのだという。それまでの上方(当時の大坂や堺など)から海路で運ばれていた下り醤油に比べ、江戸産で価格が手ごろだったうえ、江戸っ子の好みにも合っていたため調理や食べ方の幅も広がり、庶民の間で一気に普及した。まさにその濃口醤油こそ江戸料理のルーツとも言えそうだ。
そしてもう一つ、この時代に酒粕からできた酢が発明された。それまでのにごり酢同様のコクと甘みがあり、安価で提供でき、すし飯によく合うとのことでにぎりずしが定着し、広く普及した。車氏いわく、濃口醤油と粕酢(現在の赤酢)が、日本の食文化に革命を起こしたのだそうだ。
レシピはアバウト、食材も違う
車氏は当初、江戸料理の完成写真を発信していたが、調理過程も動画で見たいという声が増えたため、現在は埼玉県さいたま市内にキッチンスタジオ「うきよの台所」を構え、調理の模様をYouTubeで発信している。その台所のしつらえは文献資料を参考に江戸時代の庶民の台所風景を再現し、調理器具や食器などもできるだけその時代を感じさせるものにこだわった。
「実は江戸時代には先ほどの『豆腐百珍』のようなレシピ本が200種類以上も出ています。でも、当然ながら完成写真もなければ絵もほとんどなく、書いてあることもすごくアバウト。そもそも使われている言葉、食材などの名称もわからないし、今の料理本のように大さじ何杯とか量の説明もまったくなく、コース料理で出てくる『先付』もその言葉だけで中身については書かれていないため、食材が何かもわからないことが多い。料理を再現しようにも悪戦苦闘、試行錯誤の連続でした」
加えて、当時と現代では食材そのものがまったく違っているものも少なくないのだという。
「顕著な例は豆腐です。当時の豆腐は非常にぎっしりとして硬く、縄で縛って持ち歩けるほどで、切って串に刺して田楽として食べていた記述もあります。ですから、今の食材で作っても当時の料理にはならないので、食材の用意から考えなければならない料理もあるのです」
食は文化なり
車氏は最近、海外で外国人向けに江戸文化・料理の講演をする機会も多く、会場の席数の倍以上の応募者があるほどの人気ぶり。それに合わせて最新刊『浮世絵に見る江戸の食文化』も日英対訳の体裁にした。
「海外でも和食が人気ということもあり、外国人の方は日本人が昔からどういうものを食べていたのかに興味があるようです。そこで外国人に人気のにぎりずし、ウナギ、天ぷら、そばなどはみな江戸時代に定着した食べ物だとお話しすると、みなさん驚かれます。そばはもっと昔からありますが、江戸以前はそばがきをタレ味噌で食べていて、切って麺としてつゆで食べるようになったのは江戸時代から。そういう食の歴史を外国人の方は面白がって聞いてくださいますが、実は日本人にも意外と知られていない気がします。自国の食文化を知ることは、とても大切なことだと思います」
車浮代
車浮代公式サイト
https://www.kurumaukiyo.com/写真/藤島亮










