宇宙スタートアップが目指す、宇宙経済の構築
宇宙インフラと資源の開発
人類の歴史を通じて、月は私たちにとって身近な存在であり、伝説の題材や自然のリズムを示す指標とされてきた。しかし、スタートアップのispaceにとっては、この「お隣の天体」は、実に役立つ存在とも言える。
2010年に日本で設立されたispaceは、月への輸送サービスを提供することを目的とした小型のランダー(月着陸船)と、月面を探査するためのローバー(月面探査車)の設計・製造を主力事業とし、月面資源開発への貢献を目指している。ペイロード(ランダーまたはローバーに搭載可能な荷物)の月面や月周回軌道への輸送、月面で得られたデータの販売、宇宙資源に関する研究開発も手掛け、日本、ルクセンブルク、米国の拠点に約300人の従業員を擁するグローバル企業だ。
ispaceと協業するパートナーらが開発に力を入れている月面資源の一つが水である。「特に月の南極には大量の水が存在します。これを水素と酸素に分解すれば、ロケット燃料として使用することができます」と日本法人のプログラム・事業開発室Executive Vice President、神谷秀有氏は話す。
神谷氏によれば、ロケットとその燃料への支出が、現在の宇宙関連プロジェクトにかかる費用のうち、特に大きなものの一つだという。これは、地球の重力が月の6倍もあるためだ。「月面にガソリンスタンドのようなものがあれば、地球の6分の1のエネルギーで、宇宙空間のさらに遠い所まで旅することができるようになります」
他の月面資源としては、ヘリウム3の採掘にも期待がかかっている。核融合発電(まだ商業化されていない将来のエネルギー源)や量子コンピューティングシステムの冷却などの用途がある同位体だ。「ヘリウム3は、地球上にはごくわずかしか存在しませんが、月には豊富にあります。企業がこれを回収し、地球で利用できるようにすることが考えられています」と神谷氏は話す。
「人類の経済圏は月へと広がっていくでしょう」と彼は考える。「その場合、月面での経済活動は、月だけで完結するものではなく、むしろ地球上での活動に貢献するものであるべきです」
SusHi Tech Tokyo 2025で注目を集める
民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を通じてispaceは、多くのパートナー企業の賛同を得た。また、ビジネス界の支援に加え、SusHi Tech Tokyo 2025では、大きな注目を集めた。
東京都は「SusHi Tech Tokyo(Sustainable High City Tech Tokyo)」というコンセプトの下、アジア最大規模のグローバルイノベーションカンファレンスを開催している。SusHi Tech Tokyoは、世界中の多様なプレイヤーが東京に集まり、出会い、交流することを通じて、世界の課題解決につながるイノベーションや新たな行動を生み出すことを目指している。
2025年のカンファレンスでは、ispaceが来場者向けに月面探査ローバーの操縦体験の機会を提供するとともに、月面開発の利点を紹介した。
「カンファレンスの一般公開日には、月面探査ローバーTENACIOUSの操縦体験の参加枠がすぐに埋まりました」とispace代表取締役CEO& Founderの袴田武史氏は語る。「多くのお子さんやご家族が体験を楽しんでくださり、大成功でした」
カンファレンスでは、民間部門が宇宙探査・開発の分野でこれだけの成果を上げていることに、ビジネス界からも驚きの声が聞かれたという。
「SusHi Tech Tokyo 2025は、当社の開発するランダーやローバーの模型を、一般の方々が目にすることができる大変貴重な機会となりました」と袴田氏は話す。カンファレンスが開催されたのは、偶然にもispaceが実施していたミッション2の月面着陸直前の時期だったそうだ。「SusHi Tech TokyoはPRやビジネスチャンスという意味でもとても有意義な場です。出展を通じ、多くの人に当社の活動を知っていただくことができました。是非また参加し、お客様に当社の最新動向を紹介する機会としたいです」
宇宙開発における日本と東京の強み
日本は長年、宇宙探査・開発に向けて取り組んできた。「米国や中国のような大国に比べると、日本の宇宙予算は小規模です。それでも、日本には宇宙関連の卓越した技術があります」と神谷氏は語る。
日本は、企業が民間利用を目的として宇宙資源を採取することを早い段階で認めた国の一つであり、2021年に関連する法律が成立している。月の資源を「人類の共同財産」とする月協定が、数十年前に国連で採択されたが、日本や米国、ロシアなど主要な月探査国は批准していない。
「日本は(宇宙資源探査・開発のための)国際ルールの確立に向け、他国と協働しています。現在は、国連で議論が行われているところです。こうした強固なルールづくりの取組に、日本は内閣府主導で積極的に関与しています。このルールが非常に重要な国際的枠組みとなるからです」と神谷氏は述べる。
支援に前向きな政府の存在に加え、東京を拠点とすることで、ispaceは人材面でのメリットを得ている。「ispaceのように持続可能な成長とエコシステムの構築を目指す企業にとって、最も重要なのは人です。東京の魅力は、優れた人材が集まるところにあると思います」と彼は話す。「東京が、これからもずっと世界一魅力的な都市であり続けるといいですね」
いや、太陽系で一番と言った方がいいだろうか。月面都市構想は確かに魅力的だ。人々はいずれ自らの希望によって、あるいは必要に迫られて月で暮らすことになるかもしれない。だが、月面コロニーの建設だけがispaceの使命ではないと神谷氏は言う。「月は、地球の最も近くにある衛星です。月を利用することで、社会面や産業面など地球上の多くの課題を解決できる可能性があります」
2023年10月、ispaceは経済産業省の「中小企業イノベーション創出推進事業」において、最大120億円の補助対象事業に選ばれた。補助金は「月面ランダーの開発・運用実証」に充てられている。
新しく開発中のシリーズ3ランダー(仮称)は、HAKUTO-Rプログラムで使用されたRESILIENCEランダーより大型化した次世代モデルである。
「シリーズ3ランダーの開発は、順調に進んでおり、ミッション4にて2028年に打ち上げ予定です。この次世代モデルは、日本の月面探査能力の向上と持続可能な宇宙経済に必要なインフラの拡充に重要な役割を果たすことが期待されています」と神谷氏は述べる。
*ispaceの民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」は2025年12月7日に終了しました。
神谷秀有
株式会社ispace
https://ispace-inc.com/jpn/![]()
Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo は、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo
画像提供/ispace
翻訳/喜多知子




