走る喜びを再び—スポーツ用義足体験が広げるパラスポーツの可能性
専門家のサポートのもと「走る」を可能にするスポーツ用義足
パラスポーツ次世代選手発掘プログラムは、将来のパラスポーツ選手の発掘と育成を目的とした、東京都と公益社団法人東京都障害者スポーツ協会の共催事業。メインプログラムの体力測定会と競技体験会のほか、下肢などに障害のある人たちがスポーツ用義足や車いすに触れる体験会を通して、競技スポーツに興味を持つ機会を提供している。
今回開催されたスポーツ用義足体験会では、義肢装具士や理学療法士、パラアスリートなどの専門家によるサポートにより、「安心・安全」を最優先し、参加者が無理なく運動を楽しめることを大切にしている。
スポーツ用義足は日常用義足とは構造が大きく異なり、特殊な形状をしたカーボン製の板バネと呼ばれるブレードが特徴だ。その反発性と柔軟性から、日常用義足では難しい走行や跳躍といった動作が可能になる。義肢装具士の調整のもと、スポーツ用義足はすべて主催者が用意し、当日も義肢装具士が装着をサポートするため、初めての参加者も安心してチャレンジができる。
一人ひとりのペースに寄り添い、安心・安全・楽しく
今回の会場となった都立北特別支援学校に集まった参加者は9名。そのうち3名は初めてのスポーツ用義足体験で、6名はこれまで何度かスポーツ用義足を体験した人たちだ。
体験会は、まずは体育館での準備運動から始まった。柔軟体操をした後、ゆっくり歩いたりスキップをしたり、和気あいあいとした雰囲気の中、各々のペースで準備を整える。体育館で40分ほど体をほぐしてから、すぐ向かいにある東京都障害者総合スポーツセンターの競技場へと移動する。
「姿勢をまっすぐ」「下を見ないで、前を見て」「腕を振ると足も動くよ」
パラアスリートの専門家たちの声が響く中、初めはゆっくりと歩く練習から始め、少しずつペースを上げていく参加者たち。義肢装具士等が付き添い、一人ひとりの状況を見ながら細かく調整を重ねることで、スムーズな走行をサポートする。
初心者のグループは手をつなぎ横並びになり、少しずつ走ることに慣れていく様子が見られた。専門家も参加者たちも、息を弾ませ声を掛け合いながら、競技場には終始楽しそうな笑い声が響いていた。
走る喜びと、仲間との交流が支えに
「走りたかったんです。今日は走れてうれしかったですね」
初めて参加した杉崎一紀氏は、公益財団法人鉄道弘済会の義肢装具サポートセンターの紹介でこの体験会を知った。日常用の義足を使い始めて7か月ほどという杉崎氏は、普段の義足とはまったく異なるスポーツ用義足の感覚に戸惑いながらも、「慣れるまでちょっと大変でしたが、だんだんできるようになった」と笑顔を見せた。学生時代はサッカーを続け、いつもリレーの選手に選ばれるほど足が速かったという。
「運動することで、体の状態や変化に気がついたり、義足ではないほうの足が鍛えられたりする」
そう話したのは、杉崎氏を担当する理学療法士。日常ではできない「走る」という体験が、体に向き合うきっかけや体力づくりにもつながるのだ。
村上礼子氏も、杉崎氏と同じく義肢装具サポートセンターでこのプログラムの存在を知った。これまで「スタートラインTokyo」の練習会でスポーツ用義足は数回経験していたが、この体験会には初めて参加したという。
スタートラインTokyoとは、義肢装具士でスポーツ用義足を日本で広めた第一人者である臼井二美男氏が、1991年に始めた義足アスリートのためのクラブで、月に1度の練習会を35年以上続けている。
「義肢装具士や理学療法士、プロのアスリートの方がマンツーマンに近いかたちでサポートしてくれて、安全に配慮してもらいながら、充実感のある体験ができました」
「初めて会った人とも、一緒に走っているうちに仲良くなれます。『ここまで走ろう』と励まし合って頑張れるのが、本当にありがたいです」と、体験会を通した仲間とのつながりについても語ってくれた。
踏み出す一歩を後押し。東京都が目指す共生社会
「なかなか始めるきっかけがない、仲間と一緒に楽しみたいという声をもとに、この体験会は始まりました。皆さんにとって一歩踏み出すきっかけになってほしい」と、東京都スポーツ推進本部スポーツ総合推進部競技担当課長の富山高明氏は話す。
東京都では、この体験会以外にも、パラスポーツを広げるためのさまざまな取組を展開している。
毎年開催される「東京都障害者スポーツ大会」は、本格的なパラスポーツの入り口として出場を目指す人も多く、この大会を経て全国障害者スポーツ大会へと進む選手も多い。また、国際大会で活躍する東京に縁のある選手を支援する「東京ゆかりパラアスリート」と呼ばれる制度もある。
2025年に東京で開催されたデフリンピックでは、「デフリンピックチャレンジ事業」を実施し、出場選手の発掘・育成が進んでいなかった4競技(ハンドボール・射撃・テコンドー・レスリング)について、全国から選手を募集した。集まった43名のうち10名がデフリンピックに出場し、レスリングとテコンドーでは2名が銅メダルを獲得するという快挙を成し遂げた。
「次世代発掘プログラムを通じて、2028年のロサンゼルスパラリンピック、さらにその先のブリスベンに出場する選手が出てきてくれたらうれしい」と語る富山氏。自身も数年前に脳卒中を経験し、半身まひの末に車いす生活から再び立ち上がるときに「怖さ」を感じたという。だからこそ、まずは参加者が恐怖を感じないように、安心してチャレンジできる体制を大切にしている。
「走る」という体験は、競技スポーツへの入り口というだけでなく、参加者の健康促進やQOLの向上、そして何より心の充足感につながっている。スポーツ用義足体験会は、一人ひとりの「走りたい」という思いに寄り添いながら、パラスポーツの裾野を広げ、共生社会の実現に向けた歩みを着実に進めている。
東京都パラスポーツ次世代選手発掘プログラム
https://www.para-athlete.tokyo/写真/穐吉洋子




