Chef's Thoughts on Tokyo:
東京の中心で味わう本物のメキシカン・タコス

 渋谷、恵比寿、代官山の三つのエリアが接する緑豊かな通り沿いに、小さなしゃれたレストランがある。日中は本格タコスのアラカルトを、夜はタコスバーとして魚をテーマにしたおまかせコースを提供している。ここ「Los Tacos Azules」(ロス・タコス・アスーレス)は、三軒茶屋に昼営業のみの姉妹店も持つ。創業者で料理長のマルコ・ガルシア氏に、レストランのこと、そして食に惹かれた若者が東京で革新的なタコスシェフになるまでの道のりを聞いた。
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「Los Tacos Azules」は、三軒茶屋店と恵比寿店のいずれも朝から営業しており、美味しいモーニングタコスを提供している Photo: courtesy of Los Tacos Azules

日本の美意識と素材をメキシコのソウルフードと組み合わせて

 ガルシア氏が開いた恵比寿の店では、毎日昼から夜への営業切り替えを知らせるため、入り口の外の小さな看板を掛け替える。午前9時からの朝食の提供時間帯には、「青いタコス」という店名にちなみ、Los Tacos Azulesと書かれた青い丸型の小さな看板が掲げられる。現在、夜営業は本格始動(2026年3月予定)に先立ち不定期営業を行っており、オープン時には青い丸型の看板が外され、夜のコンセプトである「Tacos Bar」(タコスバー)の看板が現れる。文字はなく、タコスと魚を象徴的にあしらった意匠だ。

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恵比寿店にあるLos Tacos AzulesとTacos Barの看板は、美しさと上質な料理が融合する店内の雰囲気を予感させる

 このミニマリスト的なセンスは内装とも響き合う。ドアを開ければ、明るい色で滑らかな質感の木と、背もたれが丸みを帯びたスタイリッシュな椅子が目に入る。厨房の入り口には、ブルーコーンの粒を思わせる絵柄の藍染めのれんが掛かっている。そのデザインはまさにLos Tacos Azulesの空気感を体現している。この店のタコスは、ひきたてのトウモロコシから手作りしたトルティーヤに、さまざまな具材を載せて作られる。ガルシア氏は、母国メキシコを象徴するタコスを、今はホームと呼ぶ日本で出会った料理の感性と融合させたいと考えている。

 「私の店は、実は賛否両論を呼んでいます」とガルシア氏は笑う。「人々がメキシコ料理店に抱く典型的なイメージのものは何もありません。コロナビールもなければ、マリアッチ(伝統的な音楽アンサンブル)の生演奏も、ソンブレロハットもありません。そのため、特にメキシコ出身のお客様の間で、これがいいという方と、正統ではないという方に反応が分かれます」

 もっとも、こうした形で東京の客にタコスを紹介するのは、十分に考え抜いた上でのアプローチだ。

 「目標としたのは、日本だからこそできる、日本だからこそ叶うメキシコ料理です。その国に向けて物を作る必要があると思うので、当然のことです」と彼は言う。「メキシコ料理を正確に再現しようとすれば、すべてを輸入するか、温室でトマティーヨ(緑色の食用ほおずき)などを栽培するしかなく、品質は保てません。時間やコストがかかりすぎる上、環境的にもサステナブルではありません」

 そこでガルシア氏は、国内で食材を調達し、すでに日本に根付いた深い食文化に目を向けることにした。

 「日本は四季のはっきりした国で、他国の人がうらやむような新鮮な魚や他の食材が簡単に手に入ります。そのおかげで、タコスに無限のバリエーションを持たせることができます」

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母国のソウルフードであるトウモロコシのトルティーヤを使った作りたてのタコスを提供する店を開きたいという夢をかなえるため、ガルシア氏はメキシコのモンテレイから東京へ移住した

日本へ、そして食文化の世界へ

 メキシコ北東部のモンテレイで生まれ育ったガルシア氏の日本とのつながりは、大学で日本語を学んだことから始まった。名古屋を訪れるサマープログラムに参加したのち、交換留学生として東京の上智大学で1年間を過ごし、東京の料理に心を奪われた。

 「日本の食べ物には衝撃を受けました」と彼は振り返る。「近所のスーパーマーケットを見ても、まるで生きているようなエビが売られているのです。日本の食材の品質には本当に驚きました」

 日本の料理に惹かれた背景には、東京のホストファミリーの影響もある。「彼らは料理がとても上手で、まったく外食をしませんでした。おばあさんは80代でしたが、ウナギからかりんとうまで、すべて手作りなのです。いつも周りに美味しい食べ物がありました」

 大学の課程を終えるためメキシコに帰国した後も、日本への思いは止まらなかった。「ますます日本に、そして食べ物にこだわるようになりましたが、メキシコでは同じような質の高い食材は手に入りませんでした」

 子どもの頃から料理に興味のあったガルシア氏は、深まる関心をとことん突き詰めようと、腕とテクニックを磨き続けた。

意外な出会いから独自のスタイルを見いだす

 ガルシア氏は、世界各地の料理を基礎から学ぶため、数多くの料理本に目を通した。「分厚いテキストが膨大にあって、空いた時間はすべて料理に使っていました。しかし、20年も前のことで、当時のメキシコには今のようなシェフ文化はありませんでした。あの頃はスペイン語でも、メキシコ料理に関する良い本はありませんでした」

 そんな折に出会ったのが、英国人フードライターのダイアナ・ケネディ氏。数十年暮らしたメキシコでメキシコ料理の権威と称えられていた人物だ。「メキシコの伝統料理を教えてくれた人です。彼女は、絶対にレシピを変えてはいけないと言っていました」

 あるイベントでケネディ氏と知り合い、その後も連絡を取り合ううち、メキシコの中でもオオカバマダラ蝶の越冬地として知られる地域、ミチョアカン州の彼女の自宅に招かれたという。「その日ごちそうしてもらったタコスは、彼女が自分で採ってきた青いキノコと野生のランが使われていて、人生で最も美味しいタコスでした」と彼は振り返る。「彼女から学んだのは、メキシコには赤い品種や青い品種など、80種類もの在来種のトウモロコシがあるということです。このことはほかの誰からも聞いたことがありませんでした」

 ケネディ氏の世界観に刺激を受け、日本の料理を素晴らしいと感じる気持ちを自国の食文化にも向けるようになったガルシア氏は、トウモロコシのトルティーヤを一から作る方法を学び、メキシコの多様な料理の質と旬を深く追究するようになった。

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ブルーコーンは、レストランの名前であると同時に、美味しいタコスの主役となる手作りトルティーヤにも使われている Photo: courtesy of Los Tacos Azules

一周回って元へ:東京からメキシコ、そして世界へ

 ガルシア氏は関心のすべてを一つに結びつけ、まずメキシコにタコス・レストランを開業。2年間の営業を経て日本への移転を決めた。2018年、三軒茶屋にLos Tacos Azulesを開店。メキシコの小規模農家から直接トウモロコシを輸入し、タコスに使う新鮮で高品質なマサ(生地)を店内で作るためのテクニックを構築した。2022年後半に開店した恵比寿店でも行うこれらのプロセスには、ニクスタマル(トウモロコシの粒をアルカリ性の水に浸して最適な状態にしたもの)を作り、それをひく工程などが含まれる。「東京でこのようなグラインダーを使ったのは私たちが最初です」とガルシア氏は言う。「他のレストランが追随するきっかけを作ったと思っています」

 夜のタコスバーで提供される予約限定の魚介おまかせコースでは、透き通った桜エビのタコスや、小さなイカのタコスなどが登場する。「協力している静岡の漁師の中には、珍しい魚種を専門にする人もいるので、かなり変わったものを使うこともあります」とガルシア氏。

 他にも、ピコ・デ・ガヨ(トマト、玉ネギ、コリアンダー、ハラペーニョ、ライムを使ったソース)と、生唐辛子とトマティーヨのサルサ・ベルデ(緑のソース)をしらすと合わせたタコスもある。

 「私の目標は、日本の食材を使って、メキシコ料理の本質を堪能できるものに仕上げつつ、日本の風土も表現することです」とガルシア氏は説明する。

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 ガルシア氏は、東京・青梅の「Ome Farm」のコリアンダー、岩手の放牧牛、沖縄のシークヮーサーや屋久島のグァバといった旬のかんきつ類を使ったアグア・フレスカ (フレッシュフルーツドリンク)など、日本各地の農家から食材を調達している。さらに、さわやかな香りのコーン茶に、アクセントとしてローストしたトウモロコシを浮かべるなど、独創性にもあふれている。

 東京でレストランめぐりをする客は、こうしたアーティスティックなディテールや、恵比寿店の店頭(二重看板の前)を飾るスタイリッシュな生け花スペースを評価している。このスペースを演出するのは妻の阿部莉香氏で、共に店を切り盛りしている。

 「東京の常連客は特別で、それがこの街でレストランを開きたかった理由の一つです」とガルシア氏は感慨を込めて話す。「ここのお客様には、私のコンセプトの背景にあるすべてを理解できなくても、敬意を払い、このコンセプトを楽しむ素養があります」

 また、東京は多様性に富んだ国際都市であり、日本中から食材が集まり、世界中から人が集い、インスピレーションにあふれているという。

 「誰もが東京に来たいと思い、人々はこの都市で何が起きているかに注目しています。ここはまさに流行の発信地です」

マルコ・ガルシア

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メキシコ・モンテレイ出身。東京への留学が料理の世界に入るきっかけとなる。現在はLos Tacos Azulesのオーナー兼料理長として、三軒茶屋店と恵比寿店、Tacos Bar(恵比寿店で夜のみ営業)を展開する。既婚で息子が1人いる。
取材・文/キンバリー・ヒューズ
写真/穐吉洋子
翻訳/伊豆原弓