東京の布花工芸、つまみ細工は国境を越えて咲いていく
誰でも体験することのできる伝統工芸
山下氏の活動の根底にあるのは、伝統文化は国境を越えて分かち合うべきであるという考えだ。「メイド・イン・ジャパン」から「ルーツ・イン・ジャパン」へという理念の下、世界との交流を、つまみ細工を守りながら進化につなげる方法と捉えている。ワークショップや講座を通じ、30カ国から訪れた500人以上の海外参加者に技法を紹介してきた。中には、学んだ技術を生かして、新たな方向へと発展させている人もいる。
多くの日本の伝統工芸体験とは異なり、つまみ細工は工程が比較的シンプルで、4歳の子どもでも山下氏のワークショップを楽しめるという。山下氏はつまみ細工を「布の折り紙のようなもの」と例え、その感覚で進められるからこそ、小さなスペースと簡単な道具があれば誰でも気軽に取り組めること、さらに完成品を持ち帰れることを、魅力として挙げている。
山下氏によれば、これは日本の「和」の考え方にも通じ、調和や平和な共生を促すのだという。「布を無駄なく丁寧に使い、一つひとつの工程を根気よく進めることで、つまみ細工には物や資源を大切にする意識が表れるのです」と説明する。「季節のモチーフで自然の美しさを表現し、自分の心に目を向けながら自然に感謝する精神も映し出しています」
山下氏自身、つまみ細工に関わるようになったのは、実は比較的最近のことである。山下氏は、子ども時代の数年をアメリカで過ごしたことで、日本と世界との関わりに関心を持つようになっていた。その後、仕事で海外向けに日本文化のコラムを執筆する中、伝統工芸が直面する課題をより強く意識するようになったのだという。「社会の変化によって、多くの伝統が薄れつつあり、職人の後継者不足といった問題もあるのです」と山下氏は語っている。
日本の外から伝統を支える方法を考え続けてきた山下氏は、2015年に「運命的な出会い」と呼べる出来事に遭遇する。東京の百貨店で開かれていたある伝統工芸の催事に立ち寄った際、つまみ細工の専門店のチラシを手に取った。翌日その店を訪れてみると、図らずも代表の伝統工芸への情熱に心を動かされてしまったという。山下氏は「その瞬間、直感的に『これだ!』と思いました」と振り返る。
世界の人々と分かち合うつまみ細工という伝統
山下氏は、つまみ細工の技法を一から学び始め、活動はやがてknot JAPANへと発展していった。knot JAPANという社名のknotには結び目という意味があるが、頭頂部の髪の結び目をつまみかんざしで飾るスタイルと関係するのかと尋ねると、彼女は首を横に振って微笑む。「実は、つまみ細工を知るずっと前から、将来の事業のために考えていた名前なんです。私にとって『knot』とは、異なる文化の人々をつなぐことを意味しています」
2019年には、髪飾りとしてのつまみかんざしの歴史や文化、つまみ細工の技法に関する情報を、英語でも手軽に分かりやすく伝えることを目指し、自身のウェブサイトTsumami Kanzashiを立ち上げた。この工芸にゆかりのあるイベントや人物の記事も発信している。
山下氏は現在、浅草橋のワークショップで訪日旅行者や留学生、日本在住者に教えるほか、キャンパスで開かれるイベントで指導することもある。幅広いニーズに応えるため、また新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、オンライン講座の提供も始めた。
山下氏のワークショップは外部プラットフォームでは告知しておらず、参加者は全て山下氏のウェブサイトから直接申し込んでくる。観光の合間に体験を求めて参加する旅行者もいる一方で、参加を目的に来日計画を立てる人もいるほどなのだ。「つまみ細工は、着物が好きな人、手仕事が好きな人、ものづくりが好きな人、自分のアートとコラボレーションしたい人など、多くの人に魅力があるのです」
山下氏のウェブサイトでは、より高度な技術を身に付けたい人に向け、荒川区のつまみ細工職人として知られる戸村絹代氏について、また、戸村氏の技を伝える講座についても紹介している。講師の認定制度も整備し、これまで海外の受講者10人が修了した。「海外のアーティストたちは認定講師となり、自国でワークショップを開いたり作品を販売したりして、文化をさらに広げることに力を貸してくれています」と山下氏は誇らしげに語る。
つまみ細工には、かんざしにとどまらず、アクセサリーやインテリア、アート作品への新たな広がりの可能性が見えているのだと言う。そして、海外からの関心が高まることで、日本の若い世代の間でも、改めて価値が見直されることを期待している。
東京がつまみ細工を次世代へつないでいく
山下氏が苦労したことの一つが、つまみ細工について正確な情報を得ることだったという。この工芸は、長らく徒弟制度の中で伝承されてきたものであり、文献としての記録がほとんど残されていない。山下氏は、職人たちに話を聞き、20世紀初頭の歴史資料をひもといて基礎を学び、海外の人々に正しい内容を伝えることに努めた。
「つまみ細工の技法は、京都が発祥とされ、康照卿(やすてるきょう)という人物が妻の着物の端切れと糊を使って繊細な布花を作ったのが始まりと言われています」と山下氏。意外にも、その後は東京が主な産地となっていった。東京の旧名である江戸にちなんで名づけられた、「江戸つまみ簪(かんざし)」は1982年、東京都により東京都伝統工芸品に指定されている。
しかし山下氏によると、「江戸つまみ簪」は、経済産業省が所管し、厳格な基準の下で指定・管理される国の「伝統的工芸品」には、まだ指定されていないのだという。国の指定には五つの要件があり、そのうち四つの要件は容易に満たしている。主として日常生活で使われること、製造工程の主要部分が手工業的であること、100年以上続く技術・技法で作られること、100年以上用いられてきた材料を主として用いることだ。
課題は、五つ目の要件である「一定の規模」の維持にある。原則として、少なくとも10社、または30人以上が製造に携わることが求められるが、現在の東京の職人数では満たせない。加えて、産地、つまり東京が主体となって申請する必要がある。山下氏は、伝統工芸と職人をより支えるため、今後は制度が柔軟になることを望んでいる。
山下氏は、伝統を尊重しながらつまみ細工を次世代へつないでいく上で、東京は最適な場所だと考えている。「江戸から受け継がれてきた美意識や技が、ここでは今も日々の暮らしに息づいています。同時に東京は、新しい表現や海外の視点にも、とても開かれています」と説明。さらに、「東京は、歴史と現代、ローカルとグローバルが共存する場所です。つまみかんざしを、より広い世界へつなげていくのに、東京ほどふさわしい場所はないと感じています」と語った。
山下知美
knot JAPAN
https://tsumami-kanzashi.com/写真/藤島亮
翻訳/田崎桃子





