Correspondents' Eye on Tokyo:
東南アジアへ届ける東京の物語
最初はただ圧倒的、そして尽きることのない魅力
シム氏が初めて日本を訪れたのはシンガポールの南洋理工大学をコミュニケーション学の学位で卒業した2012年のことだった。当初、東京の規模の大きさと複雑さに衝撃を受けたという。「シンガポールで育った私にとって、東京は当初、勝手がつかめず圧倒されました。シンガポールはとても小さな国で、コンパクトで移動もしやすいです。私も、東京を初めて訪れる人の多くと同じように、かなり迷いました。特に電車は本当に大変でした」
シム氏が東京で通えるレストランができた頃には、次第に街に親しみを感じるようになっていった。「シンガポール人はシンガポールの食べ物が本当に大好きなんです」とシム氏は笑う。「それでも、東京の食の素晴らしさに即、感銘を受けてしまいました」
言葉の壁は、想像以上に大きかったという。シンガポールでは多言語が行き交い、英語(地元では親しみを込めて「シングリッシュ」とも呼ばれる)が、多文化社会の共通語として機能している。シム氏は英語に加え、中国語(標準語)も堪能である。「東京では、周りにいる多くの人たちとコミュニケーションが取れず、それは不思議な感覚でした」と語る。「それでも、日本語の単語をいくつか覚えることはできました。言葉が通じたときは、本当にうれしかった」
東京で刺激を受けたシム氏は、シンガポールに帰国後、日本語の学習を始める。それが将来を左右する決断となる。大学卒業後すぐにThe Straits Timesの記者として採用され、シム氏は主にシンガポール国内の犯罪と政治を担当することになった。2016年頃、同紙はアジアを代表する国際的なニュース発信を担う存在になることを目指し、各地域へ海外特派員を派遣することで、報道範囲の拡大を図った。
実は、シム氏の趣味は社内でもよく知られていた。「ええ、私が日本語の勉強をしていたことは知られていましたね」と笑う。「それで、日本特派員の仕事を打診されたのです。少しばかり気後れもしました。なにより東京では一人で取材しなければなりませんし、日本語もまだ十分ではありませんでしたから。それでも挑戦すると決めました。日本にはまだ、知りたいことがたくさんあり、それらの答えを見つけたかったからです」。
東南アジア全域で日本に関する新たな対話が始まる
赴任当初は負担も大きかった。東京での日常生活に慣れるだけでなく、唯一の日本特派員として、どのようなテーマを追うのかも決めなければならない。特定の部署向けに記事を書く担当が割り当てられていたシンガポールとは異なり、今回は、自分自身が理解し始めたばかりの日本について、その国全体を取材することになったのだ。
「シンガポールでの仕事は政治や外交が中心でしたので、日本でも当初はそこに焦点を当てていました」とシム氏は説明する。「赴任したばかりの時期は、少しでもなじみのある分野から始めるのが助けになったのです。日本と東南アジアの結びつきは強く、The Straits Timesの読者の多くは、日本政府の政策、とりわけASEAN地域に影響する政策に関心を寄せています」
当初は通訳の助けを借り、英語で取材していたが、そのことが自身の日本語力を高めていくモチベーションになったという。「実務面では、通訳を介してやり取りすると、面談時間の半分近くが訳に費やされてしまうこともあります」とシム氏は語る。「でも、それ以上に、現地の言葉で直接話せるようになりたかった。もちろん、身の引き締まる経験でもあります。間違いも自分で引き受けなければならないからです」
ジャーナリストである以上、真実を伝える責務もある。「海外特派員として、特に物議を醸す内容や、日本に批判的と受け取られかねない記事を書く場合、どのような反応が返ってくるのか、最初は見当もつきませんでした。困難はあったものの、東京の政治家や政府機関は海外メディアの記者にも、次第にオープンに応じてくれるようになったと感じています」。シム氏は、東京都知事の小池百合子氏をはじめ、日本を代表する要人に数多く取材してきた。
東京で暮らし、働き続けるうちに、シム氏の扱うテーマはさらに広がっていったのだという。「ここで読んで、見て、体験することが増えるほど、日本についての、さまざまな切り口の記事を伝えたくなりました。東南アジアの読者が、日本の文化や社会を、より多面的で奥行きのある姿として捉えられる記事を求めていることも感じました」
例えば2024年には、大相撲の力士の日常に深く迫る、充実したマルチメディア記事を制作した。競技をめぐる近年の不祥事や入門者数の減少も包み隠さず伝える一方で、相撲独自の歴史や伝統を丁寧に描き、将来にも目を向けている。「日本について、人々がすでに知っていること、あるいは知っていると思うことから入り、そこから広げていくのは良い方法だと思っています。相撲のような題材でも、思っている以上に学ぶことはたくさんあるのです」
日本のあまり知られていない側面を扱った記事も、読者の支持を集めている。例えば、東京が洪水対策として整備してきた大規模な地下調節池の仕組みに迫ったリポートだ。「あの記事に、これほど多くの人が関心を示すとは驚きました」とシム氏は語る。「でも、水を調整し管理する点で同じような課題を抱えるシンガポールや東南アジアの各地にとって、こうしたイノベーションは確かに重要です」
東京は、アイデンティティを失うことなく、よりグローバルな都市へ
シム氏の日本滞在期間は、そのまま東京自体の目に見える変化と重なっている。外国人居住者は着実に増え、日常の中で多文化共生を実感する場面も広がっている。シム氏は、東京が国際都市としての地位をさらに確かなものにするには、必要な進化だと捉えている。「今、問われているのは、東京が多文化共生の都市になるかどうかではなく、どのような多文化共生を築くのかです。こうしたことを形にするには時間がかかるのです」
開かれた姿勢と継続性の両立は、東京が特に力を発揮できる領域だと考える。変化には不安が伴うことを認めつつも、東京のアイデンティティは批判的な人々が想像するよりも、強靭だと主張する。「未知のものを不安に思うのは人間の性(さが)です。東京が大きく様変わりし、独自性を失うのではないかと懸念する人もいます。でも、多文化共生が東京のアイデンティティを消し去るとは思いません。むしろ、今あるものに、さらに層が重なるだけです」とシム氏は語る。
こうした「層が重なっていく魅力」は、海外から見た東京の評価にも表れている。近年、東京は世界的な都市としての評価を高め、森記念財団が毎年公表する「世界の都市総合力ランキング(GPCI)」でも高い評価を得ている。2025年には総合で初めてロンドンに次ぐ2位となり、居住分野で1位、文化・交流分野で2位を記録した。こうした評価は、シム氏が記事で伝えてきた東京の姿とも重なっている。都市として成長し変化しながらも、持ち味を失わないという特質である。
今後、シム氏は、特に地域協力を通じて東京がアジアの未来を形作る上で主導的な役割を果たすと見ている。「2026年、シンガポールと日本は外交関係樹立60周年を迎えます」と説明する。「両国には、高齢化、出生率の低下、環境問題、経済の不確実性など、共通の課題が多い。協力して取り組めば、未来はより明るくなると思います」
余暇には、探偵役となって目的地を目指したり、謎を解いたりする「謎解き」と呼ばれるゲームを楽しんでいる。デジタルでも遊べるが、本人が好むのは、近年広がっている、クエスト型のゲームを実際の場所に落とし込み、現地を歩きながら挑戦するスタイルだ。東京メトロなども独自の謎解きを展開し、参加者があまり知られていない街の一面を訪ね歩けるよう後押ししている。共有することが好きなシム氏は、The Straits Timesで、謎解きをテーマに綴った読み応えのある記事も執筆した。
「いつも新しい発見があり、伝えるべき物語が尽きません。それが東京のすごいところです。」
ウォルター・シム
写真/穐吉洋子
翻訳/田崎桃子





