日常の中で備える: レジリエンスを日々の暮らしの中に
非常時のコストを日常生活での価値へ
「災害への備えは、緊急時にだけ思い出すものであってはならない」と考える近藤氏は、「もし普段の生活で使われる製品やサービスが、非常時にも役立つように設計されているならば、日常生活の質を向上させながら、万が一の時への備えができるようになるのです」と語る。
この考え方は、近藤氏が「フェーズフリー」と表現する概念の基盤となっている。平時、非常時のいずれの場合でも機能するよう設計された仕組みやツールのことを指す。災害への備えを、災害発生まで遊休化する埋没費用と見なすのではなく、日常生活に組み込むことで、継続的に価値を生み出すことが狙いなのである。
近藤氏は身近な例を挙げている。最近、交通拠点や公共空間で見かけるようになった蓄光式誘導標識は、電力は不要だが、暗い環境でも視認性が高い。平時であれば、安全性と利便性の向上につながる。そして非常時である停電時には、避難を促す手掛かりとなる。「改めて使い方を変える必要などありません。それらはそのまま機能し続けます」
多くの組織内で今、同様の変化が進んでいるのではないかと近藤氏は見ている。かつて災害対策といえば、特定の部署が担うものであった。だが昨今は、レジリエンスを経営課題として捉え、人や業務、そして長期的な事業の存続を守るための取組の一部に位置付ける動きが強まってきている。「大企業は長年にわたり、事業継続計画に取り組んできています。そして変化してきた点は、より多くの組織が『後から復旧する余裕はない』と感じるようになったことです」
その変化を、後押ししている要因は二つ。一つは、気候変動に関連するものを含めた、極端な事象発生数の増加。もう一つは、組織の構造的な要因である。とりわけ中小企業では、経営層の高齢化が進んでいるが、後継者問題については、不透明なことが多い。何らかの大きな打撃を受けた場合、その後の再建が現実的ではなくなるということも少なくない。「以前であれば、いずれ立て直せる、という考え方がありました。ですが今は多くの組織が、後から事業を立て直すだけの時間もリソースも残されていないと感じているのです」
また近藤氏は、現代のリスクは自然災害にとどまらないとも指摘している。グローバルなサプライチェーンの下では、混乱の引き金が日本から遠く離れた地域で生じることも珍しくないからだ。「人々は地震や暴風雨などを思い浮かべがちですが、国際的に見れば、地政学的な不安定さもリスクに含まれます。全てつながっているんです」と語る。
実証済みの解決策を実社会での活用につなげる
このような幅広いリスク認識を具体的な行動へと落とし込むことこそが、SAKIGAKE JAPANの役割である。
2023年設立のSAKIGAKE JAPANは、日本発の災害対策・気候変動適応ソリューションが国内外で広く導入されるよう、普及を後押しする取組を進めている。
「私たちは、製品を売るだけの会社ではありません。市場調査からポジショニングの整理、ターゲット設定、実行まで、パートナーを支援します。包括的な伴走を求める企業もあれば、必要な部分に絞った簡易的な支援を求める企業もあります。ニーズに応じて柔軟に調整しています」と近藤氏は語る。
SAKIGAKE JAPANが紹介するソリューションの多くは、提携先企業や研究チームが開発したものである。同社の価値は、そうした技術を実社会の文脈に合わせ、どこで生かせるのか、どうすれば効果的に展開できるのかを組織が理解できるよう後押ししている点にある。
これらの取組は、東京という都市そのものから影響を受けているのだと近藤氏は語る。
「検証の場」と「モデル」の両面を持つ東京
東京は、こうした課題を鮮明に浮かび上がらせる街だ。「あらゆる意味で高密度。人口もインフラも商業もです。ひとたび何かが起これば、影響はすぐに広がり得ます」と近藤氏は語る。
その一方で、東京の安全への向き合い方は極めて洗練されているとも語っている。建築基準や交通システム、さらには細部のデザインに至るまでが、人々がリスクと向き合いながら移動し、行動する在り方を、静かに形作っている。海外からは、圧倒的な規模ときめ細かな配慮を併せ持つメガシティとして見られることが多い。
今後、東京が取るべき次のステップは、分散型の機能強化だと近藤氏は考える。そうすれば、ある地区が影響を受けても、他の地区が稼働を続けバックアップを提供することができる。「渋谷が影響を受けても、新宿は機能し続けられるというようにです。システムが同時に全て停止しないことで、レジリエンスは向上します」
このバランスこそが、東京を優れたモデル都市たらしめている。ここで有効性が確かめられた解決策は、世界の他の高密度都市にも応用できる。さらに東京は臨海部や離島も抱え、条件が大きく異なる環境でレジリエンス戦略を検証できる多様な実験場となっている。
こうした考え方は、SAKIGAKE JAPANが世界に向けて発信した際、大きな関心を集めることとなった。
SusHi Tech Tokyoで見えてきたこと
その関心の高さは、SAKIGAKE JAPANが初めて出展したSusHi Tech Tokyo 2025で、はっきりと表れている。近藤氏は「私たちのブースはずっと人で埋まっていました」と振り返る。
気候関連のソリューションが世界のイノベーションイベントでは一般的になりつつある一方、防災テックはまだ比較的小さなカテゴリーにとどまっていると近藤氏は指摘する。そしてその希少性が、かえって追い風になった。「単なる緊急対応だけにとどまらず、災害への備えというものが、ようやくイノベーションの領域として見られるようになってきたのだと感じます」
国内外からのブース来訪者の中では、アジア各地からの参加が目立ったほか、中東や欧州からも関心が寄せられた。特に、備えのためのツールが日々の業務も支え得るという点が共感を呼んだ。「これらのツールが日常でも役立つものとわかると、人々の受け止め方が変わります」
厳しい暑さ、より予測しにくくなる都市に備える
SAKIGAKE JAPANが紹介するソリューションの一つに、天候と浸水リスクを可視化するAI・クラウドベースのプラットフォームがある。近藤氏は突発的で局地的な豪雨がインフラを一気に圧迫し得る東京において、特に意義が大きいと見ている。「特定の地域がどの程度の浸水リスクに直面しているのかを把握するのに役立ち、より早い段階での備えや計画の精度向上、現実的な訓練などにもつながります」
また防災計画の盲点として、大規模災害は冬に起きるという想定に基づき、対策が組まれがちな点も挙げている。「いま夏に大きな災害が起きて冷房が止まれば、命に関わる事態になりかねません」
そのギャップを埋めるのが、モバイルコールドチェーンによるソリューションだ。可搬式の冷蔵ユニットは、平時にはイベントや物流を支え、非常時には避難所での食料や飲料、医薬品の保冷支援へと役割を切り替えられる。移動できるだけでなく、外部電源が失われた状況でもオフグリッドで稼働できるため、交通やライフラインが寸断された際も、より迅速で地域に即した対応を可能にする。
可搬式ヘリポートも、別のフェーズフリーの解決策だ。恒久的な設備を整えるほどではない場所でも着陸先の選択肢を広げ、都市部の各地区と遠隔地の双方でアクセス性を高める。
一人ひとりに寄り添うレジリエンス
近藤氏は、レジリエンスは生活者の実感に合ったスケールで機能しなければならないと強調する。東京には、子どもや高齢者、家族世帯、一人暮らし世帯、そして多様な文化・宗教的背景を持つ人々が暮らしている。「答えは一つじゃないんです。置かれた状況は一人ひとり違うのですから」
身近さも重要であろう。災害への備えが負担に感じられたり、抽象的に思えたりすれば、人は関心を失ってしまうからだ。反対に、日常に組み込まれ楽しさすらあるならば、継続できるに違いない。
「災害への備えを特別扱いせず、好奇心や遊び心を持って取り組めば、備えは毎日に役立つ習慣になります。それが本当のレジリエンスです」と近藤氏は述べている。
近藤宗俊
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Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo は、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo
写真/藤島亮
翻訳/田崎桃子




