炭素制約の時代に向け、海運業を再定義

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 海運は日本で最も古い産業の一つである。しかし今、世界が急速に変化する中で、脱炭素化と事業の再構築を迫られている。
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商船三井が運航するLNG(液化天然ガス)燃料自動車船「Cerulean Ace(セルリアン エース)」は、大規模な海運における排出削減の取組を象徴している Photo: courtesy of MOL PLUS

基幹産業から未来のプラットフォームへ

 島国である日本にとって、海運は一つの選択肢というより、必須の産業だ。戦後の経済成長期のはるか以前から、海上輸送は、産業発展の原動力となるエネルギーや原材料の輸入を可能にしてきた。全長400メートルに及ぶものもある巨大な船舶が、きょうも海を渡って鉄鉱石、石炭、自動車、各種産品を運搬しており、グローバルサプライチェーンの根幹を成している。

 しかし、何十年にもわたる経済成長を可能にしてきたこのシステムは今、気候変動に関する議論の中心に置かれている。大型船舶は絶えず燃料を燃やし、温室効果ガスを排出している。さらに、その船舶が運ぶ物資もまた二酸化炭素排出に影響している。脱炭素化の圧力が高まる中、海運業が変わるかどうかではなく、どのように変わるかが問われている。

 この問いに答えるために東京に設立されたのが、商船三井グループのコーポレートベンチャーキャピタル株式会社MOL PLUSである。既存事業の最適化だけに注力するのではなく、スタートアップ企業に投資し、それらの企業と連携して、炭素制約時代にふさわしい新たな海運事業の構築を目指している。

 「海運業は日本の基幹産業の一つです」と、MOL PLUS代表取締役CEOの阪本拓也氏は語る。「しかし、基幹産業であるからといって、ずっと変化をしないというわけではありません」

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Tokyo Venture Capital Hubにて、取材に応じるMOL PLUS代表取締役CEOの阪本拓也氏。この拠点は、MOL PLUSがスタートアップ企業と連携し、海運の未来を築く場となっている

長期課題に取り組むための長期資本

 MOL PLUSの大きな特徴は、ファンドの期限を設けていないことである。阪本氏によれば、この仕組みは、同社が支援する技術の特性を反映したものだという。「当社が出資するスタートアップの中には、核融合エネルギー、宇宙技術、ディープテックによる産業革新など、10年以内に商業化に至らないものもあります」と彼は説明する。「一般的なベンチャーキャピタルのサイクルに縛られてしまうと、こうした長期的な開発課題に対し、安易なアプローチを求めたくなるかもしれません」

 MOL PLUSは、短期間でのイグジット(投資回収)を優先するのではなく、長期的なパートナーの役割を担っている。商船三井が世界で運航する船舶と運航ノウハウを背景に、資金だけでなく、実地での試験の機会も提供できる。世界第2位に相当する935隻を世界各地で運航する商船三井グループには、他の金融投資家がまねできないプラットフォームがある。

 投資先の一つであるVFlowTechは、大容量蓄電用の長寿命電池システムを開発している。港湾は24時間稼働しているが、再生可能エネルギーの生産、とりわけ太陽光発電はそうはいかない。そこで、昼間に発電した電気を夜間のピーク需要時に利用できるよう蓄電することで、港湾運営をカーボンニュートラル化できる可能性がある。「脱炭素化は、船舶の効率を向上させるだけの問題ではありません」と阪本氏は話す。「船舶だけでなく、港湾、物流拠点、それらを取り巻くエコシステム全体へと視野を広げることが必要です」

サステナビリティを具体化する

 サステナビリティという言葉は企業の間で一般的になってきたが、阪本氏はその使い方には慎重だ。「『サステナビリティ』という語は抽象的になりすぎることがあります」と彼は言う。「当社にとって、脱炭素は具体的な問題です。温室効果ガスを排出する産業に携わっているという事実が、私たちの果たすべき責任を明確にしています」

 海洋保全もまた重要な課題である。例えば、投資先であるリージョナルフィッシュは、ゲノム編集技術を用いて、より少ない飼料で大きく成長する養殖品種の開発を進めている。飼料の使用量を削減することで、海面養殖においても陸上養殖においても環境負荷を軽減することができる。「私たちは海に依存しています」と阪本氏は述べる。「海をビジネスの場として利用するならば、それをどう守るかも考えなければなりません」

 他にも、水素製造、船上CO2回収、洋上再生可能エネルギー、衛星による海上通信、さらには再使用型ロケットの洋上回収プラットフォームなどにも投資を行っている。ロケット回収においては、商船三井の海上インフラが、ロケットの打ち上げ後に地球へ帰還するブースターの回収を支援できる可能性がある。従来の海運業の範疇を超えたシナリオである。「10年前だったら、船舶がロケットを回収するなど想像もしなかったでしょう」と阪本氏は振り返る。「しかし今では、貨物の運搬をはるかに超えた可能性が見えています」

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東京で開催されたアジア最大級のグローバルイノベーションカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2025」でイノベーションについて話す阪本氏 Photo: courtesy of MOL PLUS

ボーダレス産業における東京の役割

 海運は本質的にグローバルな産業であるが、東京はMOL PLUSのエコシステムにおいて戦略的な役割を果たしている。同社は、独立系ベンチャーキャピタルとコーポレートベンチャーキャピタルが集積する専用施設「Tokyo Venture Capital Hub」に拠点を置いている。「日本に進出しようとするスタートアップにとって、このビルは多くの投資家に一度にアクセスできる場です」と阪本氏は説明する。「このように一つの場所に集まっていることが重要なのです」

 MOL PLUSの投資先企業の約半数は海外を拠点としており、海運ビジネスのボーダレスな特性を物語っている。また、東京都などが主催するSusHi Tech Tokyo 2025のようなグローバルイノベーションカンファレンスへの参加は、同社の国際的な姿勢をより確かなものにしている。阪本氏は、このような場で自社の活動を紹介することだけでなく、多様な起業家や投資家と交流することに価値を見いだしている。「海運業には国内市場がありません」と彼は言う。「すべての取引が国境を越えて行われます。ですから、私たちの考え方も常に国際的でなければなりません」

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フィンテックにおけるイノベーションと連携をテーマとする国際会合「Japan Fintech Week 2025」のオープニングパーティーで発表する阪本氏 Photo: courtesy of MOL PLUS

評価と機運

 MOL PLUSはまた、東京金融賞2024のサステナビリティ部門で表彰されたことがある。この賞は、グローバルな課題に対応した金融分野のイノベーションの推進を目的として、東京都が主催する取組の一環である。

 「売上は簡単に測定できます」と阪本氏は話す。「しかし、長期的な脱炭素の取組を評価するのは難しいことです。第三者による評価は、短期的な財務リターンがまだ表れていない事業に信用を与えてくれます」

 構造転換の途上にある産業にとっては、そのような信用力が、前進する機運を高めることになり得る。新しい市場には、資本だけでなく確信も必要である。「成果が現れないうちから、その方向性に意義があることを、人々に納得してもらわなければなりません」と阪本氏は語る。「一緒に山に登ってくれるパートナーが必要なのです」

海運の新たな形を目指して

 今後について阪本氏は、現在の実験的なプロジェクトが独立した事業へと成長し、ジョイントベンチャーや統合事業として商船三井グループ内で持続的な収益を生み出すようになる姿を思い描いている。「現時点では、多くのプロジェクトがまだ進行中の段階です」と彼は語る。「それらが継続的な事業として確立した時、海運の新たな形が実現したと言うことができるでしょう」

 そのような未来においては、海運は単に貨物を輸送する産業ではなくなる。エネルギーシステム、物流インフラ、海洋テクノロジー、そして海そのものから生まれる新たな産業をも包含するようになるだろう。

 「海運は昔からずっとグローバルな産業でした」と阪本氏は言う。「今後はそれに加え、世界規模でより革新的かつ責任ある産業へと進化しなければなりません」

阪本拓也

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商船三井のコーポレートベンチャーキャピタルである株式会社MOL PLUSの代表取締役CEO。海運業で10年以上経験を積んだ後、MOL PLUSを設立し、スタートアップへの投資および協業を通じた新しい中核事業の創造を目指す。東京を拠点とし、脱炭素技術、ディープテック、新興の海洋関連分野における世界規模の共創に注力している。

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Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo は、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
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取材・文/リサ・ワリン
写真/穐吉洋子
翻訳/喜多知子