蔵前で書く楽しさと、ものづくりへの愛を届ける店

 蔵前の裏通りにひっそりとたたずむ「カキモリ」は、人々の書くことへの関わり方を変えようとしている。スタイリッシュで落ち着いた雰囲気の店内では、さまざまな文具がずらりと並んだ棚を、のんびりと見て回りたい気分になる。同店の代表取締役を務める広瀬琢磨氏に、店の歴史や、絶えずインスピレーションを与えてくれる蔵前という地域について、興味深い話を伺った。
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擦りガラスから着想を得たペン「Frost」は、カキモリの看板商品の一つだ。トランスルーセント、アンバー、バイオレット、モス、グラファイトの5色展開

群馬から東京の蔵前へ

 伝統的なものづくりの歴史が息づく一方で、現代的なセレクトショップが立ち並ぶ蔵前は、ニューヨークのブルックリンに例えられることもある。東京でもひときわ魅力的な地域の一つだ。モダンなコーヒー焙煎所やチョコレート店が職人の工房と軒を連ね、歴史的な神社仏閣が点在するこのエリアは、買い物や散策をしながら過ごすのにぴったりだ。

 カキモリは雰囲気のある店で、店舗正面は、格子状の鉄の装飾を施した、人目を引く大きなガラス窓になっている。書くことが好きな人なら、ぜひ訪れたい場所だ。店内の温かみのある木製の棚や柔らかな照明は通りからもうかがうことができ、道行く人が思わず足を止め、中をのぞきたくなる。書くことにそれほど熱心でない人でも、色とりどりの文具やインク、つけペン、ノート、紙製品などユニークな品揃えを前に、何か書いてみたくなるかもしれない。

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駅前の小さな店を現在の広々とした店へと拡大した、カキモリ代表取締役の広瀬琢磨氏

 広瀬琢磨氏によれば、この店のルーツは、彼の故郷、群馬県高崎市にある。戦後の貧しい時代に、人々がペンを買う場所として、祖父が高崎に文具店を開いた。祖父のもとで店は繁盛したが、父は家業に対して祖父と同じだけの情熱を持っていなかったという。広瀬氏も当初は同様で、実際に別の分野で働くことを選んだ。「家族経営の事業ではよくあるパターンです」と彼は振り返る。

 2006年、広瀬氏は父親が買収した、東京の神保町の法人向けオフィス用品販売会社で働き始めた。やがて変化を求めた彼は、2010年にカキモリを立ち上げ、紙製品に特化することで家業を発展させていった。手書きというコンセプトも広めた。社会のデジタル化が進む中で、手書きの重要性を感じていたためだ。

 「誰もが自分だけのノートやペンを持ち歩くようになったらすてきでしょうね」。当初の発想を思い出し、広瀬氏はそう話す。

ものづくりを通じて地域のつながりを発見

 広瀬氏は、家賃が安く、地理的にもなじみがあったことから、まずは蔵前に店舗を移転し、自身のビジョンの実現に取りかかった。

 「東京の西側にも私の事業コンセプトに合う店舗はたくさんありましたが、群馬県出身の私にとって、東京への入口といえば上野とその周辺だったのです」と彼は話す。「実際、こういう東側の下町に会社を構える方が、ずっとイメージしやすかったです」

 「蔵前は交通の便が良く、紙製品を加工する町工場があるのも魅力的でした。職人さんもたくさんいるので、一緒にお客さんを探すのも面白そうだと思いました」と語る広瀬氏は、東京のいかにも現代的なエリアとは対照的な、蔵前の歴史的な雰囲気についても触れた。

 広瀬氏は、知り合いもつてもないまま蔵前にやって来たにもかかわらず、とても温かく受け入れてもらえたという。

 「この地域の新しい店のオーナーは、どこか他の場所から移ってきた人たちですが、ものづくりという共通点を通じて、コミュニティを築いてきました」

 地域、そして東京の下町にいる人々全般の寛大な気質について、彼はこう語る。「地方では、地域の行事に参加しないと、あれこれ言われたりしますが、東京の下町では、参加したくなければしなくても問題にはなりません。逆に参加をすれば、昔からの住民の方とも親密になれます。自由だけど温かみを感じる場所です」。そうした温かさと自由こそが、彼にとって東京が特別である理由の一つだ。

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店内は紙製品やさまざまな筆記用具であふれている

書くことへの愛を通じた会社の発展

 「書くことの楽しさ」という店の基本コンセプトは、実店舗に並ぶ、わくわくするような多彩な商品をはじめ、会社のあらゆる面に見てとれる。この精神は、同店の日英2カ国語対応ウェブサイトにも生きている。従来のデジタルフォントと手書き文字を織り交ぜたこのサイトでは、詳しい説明と充実したストーリーによって、商品に命が吹き込まれている。

 カキモリはサステナビリティにも積極的に取り組んでおり、オーダーメイドノートの中紙交換サービスや、革の端切れを新たな製品にアップサイクルする「ハギレプロジェクト」のほか、使用済みの紙を紙袋として再利用するなど、廃棄物問題に対応する画期的なプログラムを提供している。

 今では客が店の外まで列をつくることもあるが、開店当初、広瀬氏は自分のコンセプトがうまくいくかどうか全くわからなかったという。

 「開業初年は、ほとんどお客さんがいませんでした」と彼は振り返る。しかし、国内メディアで徐々に取り上げられるようになったことで状況が変わっていった。2015年頃になると、『タイムアウト』や『モノクル』など海外の出版物でも特集記事が掲載されるようになった。

 店舗はもともと蔵前駅近くの小さなスペースにあったが、2017年に現在の場所へ移転した。すると、「文具女子」と呼ばれる日本の若い女性たちの間でいわゆる「ブーム」が起きたという。

 「数年の間、男性は店に入りづらい状況でした」と彼は笑う。もっとも現在では、あらゆる年代や性別の客が訪れているそうだ。

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カキモリの店内いっぱいに並ぶ文具は、彩りも質感も豊かだ

 コロナ禍には来店客が減少し、店のビジネスモデルを根本から見直す必要に迫られた。広瀬氏は、日本のものづくりを世界の顧客に届けることに力を入れることにした。この変革は成功し、現在、カキモリは約30カ国の外国企業に商品を販売しているという。

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個性的な表紙からデザインのアクセントになる小物まで、あらゆるものを自分で選べるカキモリのオーダーメイドノート

ノート作りと街歩き

 カキモリの代表的な店頭サービスの一つに、ノートのオーダーメイドがある。来店客は棚を見て回り、好みの表紙と裏表紙、中紙、リングのほか、角金やイニシャルの箔押しといった追加の装飾を選ぶことができる。その際、必要に応じて、知識豊富な店員がアドバイスしてくれる。そして、店内にある機械や工具を使って、一冊ずつノートが仕立てられる。

 ノートが仕上がるのを待つ時間は、カキモリの店内を引き続き見て回る絶好のチャンスだ。店の棚には、文具のほか、地域のイベントを紹介する魅力あるパンフレットや、Frostシリーズのペンをはじめとする看板商品を取り上げた薄手の新聞も置かれている。また、蔵前の見どころを紹介したきれいな手描きのイラストマップも無料で手に入る。このマップは、包装紙のような独特の質感の薄紙に印刷されている。

 マップを頼りに蔵前ならではのスポットを巡るのも、ノートを待つ時間を過ごすのにうってつけだと広瀬氏は話す。

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カキモリに来店した際には、つけペンやさまざまな色合いのインクなど、ここでしか手に取ることができないユニークな商品を試してみるのがおすすめだ

 「この辺りのコーヒー焙煎所に行ってから、三筋湯という地元の銭湯を訪れてみるのもよいかもしれません。富士山の絵のある、昔ながらのすてきなお風呂屋さんです」と彼は語る。「海外から観光で訪れる方々は、日本の入浴の作法を理解し、現金で支払う準備をしておく必要がありますが、銭湯の人たちは、蔵前の他の人々と同様にとても親しみやすく、温かく迎えてくれます」

 東京にはさまざまな風情の街並みが存在するが、蔵前の魅力は、伝統と現代の要素が融合し、セレクトショップと歴史的建造物が並んでいる点にあると広瀬氏は指摘する。さらに、大手チェーン店ではなく、小規模な個人経営の店が数多く集まっている。この地区では、財布や子どものおもちゃ、花火などのほか、おしゃれな傘を専門に扱う店が特に人気だという。こうした新旧の調和が蔵前の特徴であるのに対し、他の地域では、古いものと新しいものが単に共存しているだけの場合もあれば、時間とともに全く別のものへと進化していくこともある。このように、東京は新旧がさまざまな形で生き続ける都市なのだ。

 近年、この地域では文具の卸売業者の数が減少しているものの、東京には文具文化が深く根付いており、世界の他の大都市に比べ、文具を手に入れるのがはるかに容易であると広瀬氏は言う。

 「東京は世界有数の文具都市と言っても過言でないと思います」

 あらゆる製品の背後には、金属であれ、紙やインク、その他の素材であれ、製品に組み込まれる部品を作るために工房や工場で働く職人がいる。広瀬氏は、何よりもそのことを人々に理解してほしいと思っている。

 「もちろん、店に来てくださるのはうれしいですが、それだけでなく、当社のウェブサイトもご覧いただき、商品の背景にあるストーリーを知ってもらえたらと思います」と彼は語る。「日本のものづくりは、驚くほど奥深いのです」

Movie: 東京都

広瀬琢磨

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1980年群馬県高崎市生まれ。2006年に東京へ移る。2010年、書くことに特化しつつ日本のものづくりを世界に向けて発信する店として、蔵前にカキモリを開業。

カキモリ

https://kakimori.com/

取材・文/キンバリー・ヒューズ
写真/穐吉洋子
翻訳/喜多知子