バスケットボール元日本代表・岡田優介が東京から描く、誰もが挑戦できるインクルーシブな未来
デュアルキャリアで、コートの外での価値を磨く
学生時代を含めると約30年、プロとしては18年間の現役生活を送った岡田氏。「人生のほぼ全てをバスケットボールに捧げてきた」と振り返る一方で、2010年には公認会計士試験に合格し、デュアルキャリアの先駆者としても知られてきた。
「現役時代にバスケと勉強を両立させていた時も、引退した今も、時間の絶対量は変わらず1日24時間です。両方をやっていたからこそ、時間を工夫して作り出し、それぞれの場所で集中力を高めて効率的に打ち込むことができた。自分にとっては、複数のわらじを履いている方が性に合っていたんだと思います」
当然、プロの世界は厳しく、努力だけでは越えられない体格や才能の壁が存在するシビアな弱肉強食の場だ。だからこそ岡田氏は、コート内での競技力向上はもちろん、コート外での人としての価値を高める向き合い方を重視してきた。
「プロ選手としての価値は、プレーのうまさだけではないと思うんです。コート外での活動や発信、人としてのあり方を含めて、ファンの方々から『応援したい』と思われるかどうかが大切です。コート内の活動も、コート外での経験や人間性を伝える活動も、同じ熱量で向き合うことで、アスリートとしての真の価値が高まると考えて戦ってきました」
暗黒時代のバスケ界に投じた一石
2014年、岡田氏は3人制バスケットボールチーム「TOKYO DIME」を立ち上げる。当時の日本バスケットボール界は、2016年に設立した「Bリーグ」の発足前。NBLとbjリーグの二つのプロリーグに分裂し、国際舞台からの制裁を受けるなど「暗黒時代」と呼ばれた時期だった。
「5人制バスケットボールでは選手同士の仲が良いにもかかわらず、所属リーグが違うだけで同じコートで戦えない歯がゆさがありました。だからこそ、新しく立ち上がる3人制のプロリーグの舞台で、NBLやbjリーグ、さらにはストリート出身など多様なバックグラウンドを持つ選手たちを集め、同じチームでプレーする姿を見せたかったんです。『選手は一つだ』というメッセージを込め、バスケットボール界全体を盛り上げる波紋を呼び起こしたかったんです」
拠点に選んだのは渋谷だった。母校の青山学院大学があるゆかりの地であり、ストリートバスケの聖地である代々木公園や代々木第二体育館を擁する街だ。スタートアップカルチャーが花開く渋谷の疾走感は、立ち上がったばかりの3x3という新たなカルチャーと強く共鳴した。
「チーム名の『DIME』は、バスケのスラングで『見事なアシスト』を意味します。1人の力だけではなく、チームで喜びや悔しさを分かち合えるのがバスケの魅力です。物理的なパスだけでなく、隣の人をハッピーにすること、人と人をつなぐことも全て『アシスト』です。自分本位ではなく、仲間が気持ちよくプレーできるように声を掛ける。この『アシストの心』を、経営でもスクールの指導でも最も大切にしています」
東京発の3x3が秘めるグローバルな可能性
3x3の大きな特徴は、クラブチーム単位でダイレクトに世界大会へとつながっている点にある。国内リーグを制した「TOKYO DIME」は、初代グランドチャンピオンを獲得後、幾度も「TOKYO」の名を背負って世界各地の国際大会に挑んできた。
「都市名で世界に出ていくため、海外でも『TOKYO』の存在感は抜群です。外国籍選手を獲得する際も、『東京のチームでプレーしたい』と集まってくれる強いブランド力があります。言葉やカルチャーの壁を越えて、海外の選手を受け入れられるコミュニティの豊かさは、東京ならではの強みですね」
東京2020オリンピックを経て、この3x3を取り巻く環境や人々の意識も大きく変化した。大会を通じて「初めて3x3を観戦してファンになった」という人々が増え、競技の魅力が一気に全国へ浸透。東京2020大会が遺した最大のレガシーは、アリーナのような施設に縛られず、駅前やショッピングモール、オフィス街など「人が集まる日常の場所」をコートへと変貌させられるスポーツ文化が根付いたことにあると岡田氏は感じている。
「買い物や通勤で行き交う日常の空間に、突如として激しいバスケの試合という『非日常』が持ち込まれる。通りすがりに立ち見で観戦でき、誰もがカジュアルにファーストタッチを持てる。敷居の低さと臨場感こそが、アーバンスポーツとしての3x3の大きな魅力です」
部活動以外の場を求める子どもたちの居場所を作りたい
引退後、岡田氏が情熱を注ぐのが次世代育成だ。2024年からは3x3のU15・U18女子ユースチームを、2026年にはU15・U18男子チームを新設するなど、活動は拡大を続けている。この取組の原点は、ある1人の高校生の女子選手との出会いだった。
「強豪校を退学し、行き場を失っていた17歳の女の子が、私のスクールを訪ねてきたんです。『もう一度高いレベルでバスケがしたい』という彼女のために、即席で同世代のメンバーを公募してチームを作り、大会に出場したら全国大会まで勝ち進むことができました。学校の部活動という決められたレールから外れてしまったり、環境が合わずに悩んだりしている子どもたちが全国にたくさんいると痛感したんです」
部活動の地域移行が進む中で、子どもたちがバスケットボールを続け、もう一度輝ける「居場所」を作ること。それがユースチーム設立の強い動機となった。
「プロになれるのはごく一握りです。だからこそコート上の技術以上に、目標に向かって努力することや、仲間と共に泣き笑う経験を大切にしてほしい。私たちが大切にするアシストの心を持った人間として育ってほしいので、この理念に賛同できない場合はチームメンバーとして受け入れるのは難しいと、ハッキリと伝えるようにしています。挫折を経験した雑草魂を持つ子たちが、ここでもう一度夢を描いて挑戦してほしいんです」
誰もが挑戦し、つながれる街へ
岡田氏は地域との草の根的なつながりも広げている。渋谷区本町に新設されたコミュニティセンターを拠点に、3歳から参加できる「DIMEスクール渋谷ほんまち校」を開校。子どもたちだけでなく、保護者同士の懇親会やランチ会を開催するなど、ファミリー層を巻き込んだ温かい地域コミュニティを生み出している。
「今や子どもたちから『校長先生!』と親しまれています(笑)。スポーツを通じて親御さん同士が安心してつながり、地域全体で子どもたちを応援できる環境ができてきたと感じます」
さらに岡田氏は、自身の息子に障がいがあることから、発達障がいや知的障がいのある子どもたちのための「DIMEスマイル運動教室」も展開する。
「当事者の子どもはもちろん、サポートする保護者やご家族のケアが本当に大変であることを、私自身も身をもって感じてきました。スポーツを通じて子どもたちが体を動かす楽しさを知り、ご家族もホッと安心できるような居場所を作っていく。自分だからこそできるインクルーシブな支援にも、これから力を入れていきたいですね」
現役を退き、新たなキャリアを歩み始めた岡田氏。描く未来の根底にあるのは、「恩返し」と「縁」への感謝だ。
「これまで出会った人たちやバスケットボール界への恩返しとして、自分が関わる事業やスクールをより良いものに成長させていきたい。5人制のBリーグが大きく発展している今、3x3の業界全体もさらに引き上げ、より大きなインパクトを社会に残していきたいです。東京・渋谷という街から、スポーツの多様な可能性とワクワクする未来を発信し続けていきます」
岡田優介
TOKYO DIME
https://dime-3x3.com/写真/藤島亮
