伝えたい気持ちから始まる、やさしい日本語

 東京に暮らす外国人が急増している。2026年には80万人を超えた。約190の国・地域から人が集まっており、それぞれの母語で生活に必要な情報を伝えることは、現実的に難しい。こうした状況の中、東京都が多文化共生社会づくりや共助社会づくりを推進する団体として設立した公益財団法人東京都つながり創生財団は、「やさしい日本語」の普及を進めている。
「やさしい日本語」の普及に尽力する、東京都つながり創生財団の井上伸子氏

多国籍化が進む東京で高まる需要

 同財団の井上伸子氏は、やさしい日本語について「相手が理解しやすいように、言葉や表現を調節した日本語です。日本語を母語としない人だけでなく、小さな子どもやお年寄り、障がいのある方などとのコミュニケーションにも役立つ、ユニバーサルな言語としても注目されています」と説明する。

 「やさしい」には二つの意味が込められている。一つは易しい(easy)、もう一つは優しい(kind)だ。単語の選び方や文章の作り方を工夫することで、言葉は格段に伝わりやすくなる。同時に、相手に伝わるように思いやりをもってコミュニケーションを取ることも重要だ。

自治体や企業などでの実践内容を紹介する事例集

 「外国人への情報提供なら英語でいいのではないか、という意見もあります。しかし東京に住む外国人の約8割はアジア地域の出身で、英語が得意ではない人も多くいます」

 また出入国在留管理庁の調査では、日本に住む8割以上の外国人が日常生活に困らない程度に会話できるレベルであると回答している。こうした背景から、やさしい日本語の需要が高まっているのだ。

 やさしい日本語を実践するためのポイントは三つのSで説明される。短くする(short)、簡単にする(simple)、曖昧な表現を避ける(straight)ことだ。「短くする」は、一文で伝えることは一つだけにして文章を短くすること、「簡単にする」は、漢語や敬語などを避けて簡単な表現にすること、「曖昧な表現を避ける」は、伝えたいことをはっきり伝えることだ。

 敬語の難しさは多くの外国人が訴える。「予約という言葉を知っていても、ご予約と言われると理解できません」という証言もある。

 文章を短く、表現を平易にすることで、翻訳ツールにかけたときの誤訳が減るという利点も見逃せない。

 写真やイラスト、ジェスチャーなど視覚から伝わるようにすることも重要だ。さらに、話すときはゆっくりと相手の理解を確認しながら話し、書くときは漢字にふりがなを付け、文節ごとにスペースを入れるなどの工夫を加えることでより伝わりやすくなる。

 「ただし日本語がまったくわからない方には使えませんから、多言語翻訳も必要です。この二つは両輪の関係にあると考えています」

やさしい日本語実務研修での参加者と外国人トークパートナーである留学生のやりとり Photo: courtesy of 公益財団法人東京都つながり創生財団

命を守るために生まれた言葉

 やさしい日本語が最初に注目されたのは、防災の分野だった。きっかけは1995年の阪神・淡路大震災で、多くの在住外国人が犠牲になったことにある。「命を守るために必要な情報が、外国人住民に伝わりにくかった」ことが出発点なのだ。

 やさしい日本語の例を紹介しよう。通常の日本語で「高台に避難してください」は、やさしい日本語では「高いところへ逃げてください」となる。「余震」は「後から来る地震」だ。

 「災害に関する情報には、専門用語や行政用語が多く含まれていて、もともとわかりやすいとは言えません。また、日本人なら当然知っているようなことを知らない在住外国人の方々も少なくありません。例えば、地震や台風にはどのような危険があるのかが想像できない。避難所とはどんな場所でどんなサービスが受けられるのかも知らない人がいるのです」

 災害時の情報は、できるだけ相手が理解しやすい言葉で発信したい。一方で多言語による情報発信には限界もある。

 「災害時のパニックの中で、翻訳し、さらにそれを確認する作業には時間もかかります。それを何カ国語もとなるとかなり難しい。だからこそ、まずやさしい日本語で情報を出すことが大事だと思っています」

暮らしの現場に広がる活用

 やさしい日本語は防災にとどまらず、さまざまな分野へと広がっている。多くの自治体が窓口対応や情報提供にやさしい日本語を活用している。新型コロナウイルスの流行後は、医療・福祉の現場でも、積極的にやさしい日本語を取り入れる機関や施設が増えた。さらに、外国人の多くが困ったこととして挙げる銀行口座の開設やスマートフォンの契約手続きなどでも、やさしい日本語の活用が始まっている。

 「観光や文化といった分野でも、やさしい日本語が使われていますし、地域で開催する防災訓練や、町会の餅つき大会のようなイベントの告知ちらしなどにも取り入れられるようになっています」 

都庁の総合案内コーナーもやさしい日本語に対応 Photo: courtesy of 公益財団法人東京都つながり創生財団

 あるファミリーレストランでは、外国人スタッフ募集の告知を、やさしい日本語で行ったところ応募が増えたという事例もある。

 来日半年ほどの外国人留学生からはこんな声が届いている。

 「自分が話す日本語が本当に通じるのかと不安でした。でもやさしい日本語を知っている人は、ゆっくり話を聞いてくれて、ジェスチャーなど言葉以外の方法でも何とか伝えようとしてくれるから、うれしかったです」

 在住外国人との交流のために新たに外国語を習得するのは大変だが、やさしい日本語は、日本語を母語とする人であれば、ちょっとしたポイントに気を付けるだけで、誰でも使える。

 「日本人の方には、困っている外国人を見かけたら、まずは日本語で声を掛けてみてほしいと思います。外国人の方にも、上手でなくても構いませんので、日本語で話すことをためらわないでほしいです。大事なのは、伝えたいという気持ちです」

 やさしい日本語は、人と人との距離を縮める。それが、誰もが暮らしやすい社会につながっていく。

井上伸子

(公財)東京都つながり創生財団 多文化共生課 課長代理。(一財)自治体国際化協会認定「多文化共生マネージャー」。2009年から地域国際化協会に勤務し、外国人向け生活情報の発信に携わる中で、「やさしい日本語」に出会う。2021年4月からは同財団で、やさしい日本語の活用と普及に取り組んでいる。

公益財団法人東京都つながり創生財団

https://www.tokyo-tsunagari.or.jp/

東京都多文化共生ポータル

https://tabunka.tokyo-tsunagari.or.jp/

取材・文/今泉愛子
写真/藤島亮