東京の伝統を味わう:100年続くおでんの老舗

※取材対象者の肩書と内容は、取材時点(2026年8月)の情報です。

 創業100年以上の歴史を持つ老舗「お多幸」。大根や豆腐、練り物などの具材をうま味たっぷりのだしで煮込んだおでんを、世代を超え、東京の人々に提供してきた。東京駅にほど近い日本橋お多幸本店では、しっかりと味が染み込んだ同店ならではのおでんが、独自の進化を遂げた東京の伝統の味わいを伝えている。
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野菜や豆腐、卵、魚介、さまざまな練り物が一緒に煮込まれたお多幸のおでん鍋

東京で愛されて100年

 お多幸の歴史は1923年にさかのぼる。創業家に代々伝わる記録によれば、店名の由来は創業者の太田幸(こう)氏の名にあるという。1925年に銀座で店を構えて以来、都心で長年親しまれる存在となり、2002年に現在の日本橋へ本店を移転した。

 同店の記録によると、太田氏は四角いおでん鍋を使い、客が具材を見ながら好きなものを選べるように配置していたという。およそ100年が経過した現在も、そのおでん鍋は同店での体験を演出する影の主役として、うま味豊かなだしの風味をまとった野菜や豆腐、卵、魚介、練り物など、季節ごとに変化するさまざまな具材を楽しませてくれる。

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創業者である太田幸氏がおでんを提供する写真

「おでん」を知る

 初めておでんに出会う人々にとって、それは和食の基本となるうま味豊かなだしで具材を丁寧に煮込んだ、日本で広く親しまれている料理に映るはずだ。しかし、そのルーツをたどれば、印象は大きく変わる。一般におでんの起源は、串に刺した豆腐に味噌を塗って焼いた豆腐田楽とされる。江戸時代、田楽は手頃で人気のファストフードとして庶民の間に広まった。そして明治時代以降、たっぷりのだしでさまざまな具材を煮込むスタイルに変化し、今日親しまれているおでんの形に近づいていった。

 おでんが各地へ広まるにつれ、地域ごとのスタイルが生まれていった。東日本では伝統的に、濃口醤油で味付けしたかつおだしのおでんが主流となり、深みのある色合いと濃い目の味が定着した。一方、西日本では昆布だしを基本とした、淡い色合いのだし文化が発達した。この違いは、地域全体の食文化の違いを反映している。18世紀以降、江戸周辺で醤油の主要な生産拠点が発展したことで濃口醤油が普及し、都市へと発展する江戸の街で、はっきりとした濃い目の味付けが料理の定番となった。

 しかし、お多幸は東京の中でも異彩を放つ存在だ。その色合いと風味で強烈な印象を与える独特のだしは、マネージャーの山﨑裕昭氏(当時)が同店で働き始めた時に驚きを覚えたほどである。それまで東京の他店で見慣れていたのは、もっと透き通った明るい色のだしだった。「ここに来て、初めてこの濃い色のだしを見た時はちょっと驚きました」と山﨑氏は語る。

 醤油がその強烈な個性に一役買っているのは確かだが、最終的な味の決め手となるのは具材そのものだと山﨑氏は言う。「大量の具材をだしで煮込むことで、具材のうま味を引き出します。そういうふうにして、うちのだしの味が出来上がっています」

 コクがあり、味わい深いおでんはこうして完成する。一つのだしが、味や食感が異なる多様な具材を見事に調和させている。

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その日によって内容が変わる8種の「盛り込み(おまかせ)」。写真の一皿には大根やはんぺん、つくね、ごぼう巻といった定番の具材が並ぶ

おでんに秘められた無限の可能性

 おでんの親しみやすさは、具材のバリエーションの豊富さにもある。定番の味を楽しみながら、新しい具材に挑戦することも自由だ。大根やゆで卵と並んで欠かせないのが、魚のすり身に味付けをした練り物の数々。ふんわりと柔らかな白いはんぺんもあれば、油で揚げた歯応えのあるさつま揚げもある。一見珍しく思えるかもしれないが、いずれも海外でsurimiとして親しまれているカニ風味かまぼこなどと同じ魚肉練り製品であり、外国人旅行者にとってもなじみやすいはずだ。

 初めて店を訪れる人も、注文する前にすべての具材を完璧に理解しておく必要はない。食感が異なる具材をいくつか選んでみるだけでも、おでんを十分に楽しむことができる。

 意外な具材もある。たこやツブ貝と一緒に、ソーセージやトマトといった変わり種がお品書きに名を連ねている。トマトに関しては、山﨑氏も当初懐疑的だった。「最初は『本当にトマト?』と思いましたね。でも実際に食べてみたら、思いのほか美味しかった」と言う。お多幸のお品書きには、常に新しい味を受け入れる懐の深さがある。嗜好の変化に合わせて、長く続いた伝統が進化を重ねるという東京らしさを象徴している。

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おでんのだしで丸ごと煮込んだ「とまと」。お多幸の濃厚な醤油の味わいに、爽やかでほのかな甘味のコントラストを添える

「まかない」から生まれた看板メニュー

 数あるメニューの中でも、とりわけお多幸の代名詞として知られるようになった一品がある。おでん鍋で煮込んだ大ぶりの豆腐を、茶飯の上に乗せた「とうめし」だ。

 同店に伝わる話によれば、とうめしはもともと従業員のまかない飯だった。まかないを食べる従業員の姿を目にした客から、「自分たちも食べてみたい」と声が上がり、やがて正式なお品書きに加えられることとなったという。

 とうめしに使われる豆腐は、同店のために特別に用意されたものだ。昼の営業前に1時間ほどおでんのだしで煮込み、外側にしっかりと味を染み込ませながら、中心部に豆腐本来の柔らかな優しい風味を残している。

 この対比こそが、シンプルな組み合わせを特別なものにしている。外側の濃厚なだしと内側に残る繊細な味わいを、その下でつゆを受け止める茶飯と一緒に堪能できる。今日、とうめしはお多幸の定番ランチメニューの一つであり、注文に迷った人が選ぶべき最初の一品に最適と言える。

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おでんのだしが染み込んだ大ぶりの豆腐を茶飯の上に乗せた「とうめし」

お酒と一緒に楽しむ

 おでんの魅力は、それが伝統的に親しまれてきた季節とも切り離せない関係にある、と山﨑氏は言う。「寒くなってくると、温かい食事と一緒にお酒が欲しくなりますからね」

 最初はビール、そして日本酒や好みの酒へと飲み進めるのも良いだろう。おでんを単なる食事として捉えるのではなく、酒と一緒にそれぞれの具材を少しずつ味わい、最後はとうめしで満足して締めくくる。それが山﨑氏の考える、おでんの自然な楽しみ方だ。

 おでん屋の中には、熱々のおでんだしを日本酒に注ぐだし割りを提供する店もある。しかし、お多幸のだしは非常に味が濃い。「うちのだしは味が濃すぎて、だし割りには向きません」と山﨑氏は笑う。

 お多幸が東京で積み重ねてきた歴史は長いが、同店のおでんが都内すべての標準というわけではないことを、改めて気づかせてくれるエピソードだ。その個性的なだしは、お多幸にしかないものだ。東京ほどの大都市では、おでんのような身近な料理でさえ、そのスタイルは実に多種多様である。店ごとに違うこだわりがあり、東京の食文化の多様性を物語っている。

おでんの季節到来

 店内の雰囲気は季節ごとに変化する。夏場は比較的落ち着いているが、11月頃から徐々に客足が伸び始め、寒さが最も厳しくなる時期に繁忙期を迎える。

 日本橋本店では、複数階を店舗に利用している。1階のカウンター席ではおでん鍋のすぐそばで食事を楽しむことができ、大人数のグループには上階の席が用意されている。注文には多言語に対応したQRコードシステムが導入されており、海外からの旅行者も自身のスマートフォンでお品書きを確認することができる。

 しかし、冬の開店直後は会話を交わす余裕すらほとんどない。山﨑氏によると、開店直後の1時間は、次々と訪れる客の注文をさばき続けるだけで過ぎてしまうという。

 その多忙な仕事を支えているのが、入念な仕込み作業だ。大根などの具材はほとんどの調理を事前に済ませておき、必要に応じておでん鍋に補充していく。鍋の具材がなくなったら、すぐに次の具材が用意される仕組みである。

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1階のカウンター席では、鮮やかな手際でおでんが提供される様子を間近で楽しむことができる

おでんは直感で選ぶ

 100年以上の歴史を誇る老舗のマネージャーを務める山﨑氏だが、おでんの楽しみ方に「正解」を求めないという。初めて来店した人に何を勧めるかと尋ねたところ、返ってきた答えは実に明快だ。「好きなものを選んで楽しむ、それが一番ですよ」

 例えば、じっくり煮込まれた大根から始め、ふんわりと柔らかなはんぺんを味わってから、トマトや海鮮などの具材に挑戦し、最後にとうめしで締めくくる。そのような楽しみ方をする人もいれば、同じおでん鍋から、まったく違う具材を選んで組み合わせる人もいるだろう。

 この自由さこそ、人々に長く愛されてきたおでんの魅力なのだろう。お多幸の店内では、さまざまな世代の人たちが湯気を立てる同じ鍋を囲みながら、思い思いの形で老舗の味を堪能している。

日本橋お多幸本店

https://a439400.gorp.jp/
取材・文/リサ・ワリン
写真/藤島亮
翻訳/鈴木英介