防災アナウンサーが説く、今日から始める「おうち防災」

東日本大震災で痛感した、備える大切さ
東京都出身の奥村氏は、大学卒業後に広島県の放送局に入社し、2008年に宮城県の放送局に移った。そして2011年3月11日に起きたのが、東日本大震災だった。奥村氏は自宅で被災した直後、アナウンサーとして緊急災害報道に携わり、その後も長く続く災害報道を担う中で、大きな無力感を覚えたという。
「停電によってテレビが見られない状況にあった方も多くいらっしゃいました。どれだけテレビを通して『逃げてください』と呼びかけても、届かないんです。災害が起きてからでは、本当に何もできないんだと痛感しました」
中でも大きな転機となったのが、東日本大震災である幼稚園の園児が犠牲になった出来事をめぐる取材だったという。その過程で奥村氏は、防災マニュアルが子どもたちの命を守る先生たち全員には共有されていなかったことを知った。
「このような悲しい思いをする人が二度と出ないように、備える大切さを伝えていきたいと思い、活動を続けています」
一人の被災者として、そして報道者として災害現場を間近に見てきた経験から、奥村氏は「災害が起きる前の今日できること」に目を向け、この15年間、防災の啓発活動を続けてきた。
大切な人を守るための「おうち防災」
奥村氏が提唱する「おうち防災」とは、個人が大切な家族を守るために取り組む自助の備えを指す。一人ひとりが自分自身を、そして大切な家族を守る意識を持ってほしいという思いを込めて、「おうち防災」と名付けた。
「仕事や子育てなど目の前のことで忙しい中、非常時のために備えることは、どうしても優先順位が後回しになってしまいます。そういった私たち人間の特性を理解した上で、『もしものときに、大切な人を守るためにどうしたらいいだろう?』と思いを馳せていただくことが、結果的に備えることにつながると思っています」
だからこそ奥村氏は、被災地でのリアルな体験談を伝えることを重視している。災害時の生活環境の変化により、体調を崩して救急搬送された妊婦さんの話。慣れない環境の中で、健康管理に苦労した高齢者の話。具体的なエピソードを通じて、備えの有無が命に直結するイメージを持ってもらうことを心がけているという。

妊婦や高齢者など、それぞれ直面する困りごとや必要な備えは大きく異なる。こうした多様な視点は、行政の取組にも取り入れられている。「災害から命を守り、安全・安心・快適に過ごせる社会」を目指す東京都は、女性や子ども、高齢者、外国人など多様な視点から備えを解説する防災ブックを発行している。暮らしの中で取り組める防災行動を紹介した「東京くらし防災」と、さらに詳しい知識を掲載した「東京防災」の2冊で、いずれも英語版、中国語版(簡体字・繁体字)、韓国語版が用意されている。
日常と非日常をつなげるフェーズフリーという発想
奥村氏が提唱するもう一つの考え方が、毎日使えて災害時にも役立つものを備える「フェーズフリー」という発想だ。奥村氏自身もフェーズフリーの普及を目指し、防災工学の専門家らが2018年に設立した民間団体が主催する「フェーズフリーアワード」の審査員を務めている。
「普段使っていないものは、災害時にもうまく使えないことが多いです。これは、ほぼすべての被災地取材で得た教訓です」と奥村氏は話す。特に子どもや障がいのある方、高齢者の場合、食べ慣れていない非常食を食べられないケースも多いという。
そこで奥村氏が勧めるのが、「プラ1備蓄」である。常温で長期保存できる食品を一つ多く買うようにして、使ったらまた買い足すというものだ。

特に子育て世帯では、「日常を守ることが防災になる」と奥村氏は考えている。
「非常時に子どもにとって特につらいのは、『普段と違う』状態です。いつも食べているお菓子を一つ多く備蓄しておく、お気に入りのおもちゃをママバッグや防災リュックに入れておくなど、災害時こそできるだけ『いつもと同じ』日常を保てるようにしてあげることが、子どものメンタルケアにもつながります」
子育て中の親であれば、使い慣れないものを詰め込んだ防災リュックよりも、毎日持ち歩くバッグをそのまま持ち出すほうが、非常時にずっと役に立つという。そのためには、「出かける前ではなく、外出から帰宅してすぐにバッグの中を補充しておくことがポイント」と奥村氏は話す。
また、停電時に自動点灯する蓄電機能付きの電球や、電動自転車のバッテリーで代用できるポータブル電源など、日々の暮らしを便利にするアイテムを備えることで「無意識のうちに備えられている状態」をつくることができる。
優先順位を大切に、一人ひとりに合った防災を
奥村氏が伝える備えには、明確な優先順位がある。まず自宅の耐震性を確認し、地域のハザードマップで津波や土砂災害、洪水、液状化などのリスクを把握した上で、家の中を安全な状態にする。自宅に留まっても安全な場所に家がある場合は、自宅で避難生活を送るための備えを整え、避難しないと命が守れない危険な場所に住んでいる場合や火災に備えて、防災リュックを準備する、という順序だ。
「家がつぶれてしまえば、中にどれだけ備えがあっても取り出せません。まず家の安全性を確認し、次がハザードマップです。それによって、在宅避難ができる家なのか、避難所に行かなければならない家なのかがわかります」
この「まず自宅を安全にする」という考え方は、東京都の取組とも重なる。 都は安全性の高い建物においては、在宅避難も避難の選択肢の一つとなるとして、安全・安心に在宅避難ができるように、「燃えない」「倒れない」「困らない」の三つの柱を軸に、在宅避難推進の取組を発信している。特に、大地震後に発生する火災の約6割は電気が原因といわれていることから、地震発生時の電気による出火防止対策として、地震を感知して自動的にブレーカーを落とす感震ブレーカーの設置を勧める。一部の区と市では、感震ブレーカー設置費用を補助するなどして拡充を目指す。
また、多くの人が見落としがちなのが、自宅以外の場所の安全性の確認である。自分や家族の勤務先、子どもの学校や通学路、習い事の教室など、日常的に過ごす場所のハザードマップも家族で確認しておくことを勧める。
家族構成や家庭の状況によって、一人ひとり必要となる備えは大きく異なる。奥村氏が監修に携わった株式会社KOKUAのパーソナル防災サービス「pasobo」では、オンライン防災診断の結果を基に、一人ひとりに合った防災セットを提案している。

また、2026年9月には、奥村氏が代表を務める未来プラス株式会社より「おうち防災力診断」もリリース。オンラインで10の質問に答えるだけで、自宅の防災力を判定し、優先的に取り組むべき備えをアドバイスしてくれるサービスだ。
子どもと離れているときに被災した場合に備え、奥村氏は「SOSカード」の作成も勧めている。連絡先や避難場所、災害時にサポートしてくれそうな知人や親戚の連絡先などを1枚のカードにまとめ、ランドセルなどに携帯させておくというものだ。
「言葉で伝えられなくても、このカードを近くの信頼できる大人に見せれば、救う方法が見つかります。年に1回、内容を更新することもお勧めしています」
そして、非常時の行動ルールを事前に決めておくことも大切だという。保育園に迎えに行けなかったときは待機してもらう。下校して自宅に誰もいなければ学校に戻り先生に相談する。自宅に戻れず離れ離れになってしまったときの集合場所と集合時間を決めておく。日常的な家族のルールとして共有しておくと、非常時でもパニックにならずに行動ができるはずだ。
奥村氏が勧める「迎えに行けなければ待機する」というルールは、むやみに移動しないという行政の方針とも通じる。東日本大震災で多くの帰宅困難者が発生したことから、都は災害時の帰宅困難者対策の取組も展開している。東京都帰宅困難者対策条例では、職場や学校など安全な場所にとどまることを呼びかけ、GPS情報を利用して災害時に最寄りの一時滞在施設を検索できる「東京都帰宅困難者対策オペレーションシステム(キタコンDX)」も提供している。キタコンDXは、令和8年3月より英語、中国語(簡体字・繁体字)、韓国語でも運用が始まった。
子どもに関する備えは母親が中心になりがちだが、奥村氏は「パパにしかできないこと」を特別に用意するよりも、日頃から子どものことを両親で共有し、協力し合えるコミュニケーションを大切にしてほしいと話す。
「習い事の曜日や場所、仲の良い友達、好きな遊びや食べ物など、子どもの日常を夫婦のどちらもが把握しておくことが大切です。どちらか一方にしかわからないことがあると、いざというときに困ってしまいます」

未来のためにできることを一つずつ始めよう
環境省森里川海プロジェクトのアンバサダーとしても活動している奥村氏に、自然環境の保全と防災のつながりについても伺った。
「地球温暖化の影響で、夏の記録的な酷暑や豪雨の激甚化など、災害が起きやすくなっています。少しでもCO2排出量を減らすためには、電力を再生可能エネルギー由来のものに切り替えたり、自家用車よりも公共交通機関を使ったり、雨水を再利用したり。一人ひとりにできることが必ずあります」
防災についても、「1週間分の水を備蓄する」「家電や家具を固定する」など、「目の前でできることを一つずつ増やしてほしい」と話す奥村氏。
「防災は、未来の自分や子どもたちへのプレゼントです。贈り物を準備する気持ちで、少しずつ備えてもらえたらうれしいです」と語った。
奥村奈津美
奥村奈津美 公式サイト
https://natsumiokumura.com撮影/藤島亮
