幻の黒毛和牛ブランド「東京ビーフ」の魅力

海外で高まる和牛人気と、東京で育まれる希少な「東京ビーフ」
財務省の貿易統計によると、日本の牛肉輸出量は近年急増している。たとえば2016年では年間約1,900トンだったが2025年は12,000トン弱。9年で6倍強にまで増加した。輸出先ではアジア圏が堅調だが、とりわけ米国、欧州での輸出増が後押ししている格好だ。
実際、2026年4月に兵庫県姫路市で行われた「ジャパニーズ和牛ワールドオークション」では、欧米を中心に世界各国のバイヤーが集結し、とりわけ米国、ドイツなどの業者が高額で落札した。

そんな海外での和牛人気の高まりの中、東京都産肉用牛の高付加価値化などを目的に2020年に発足したのが、東京ビーフ生産流通協議会である。加盟する8牧場の一つで、東京都町田市郊外で40頭ほどの黒毛和牛を肥育しているのが有竹牧場だ。敷地は町田市と八王子市をまたぐゴルフ場に隣接している。
「もともとここはホルスタインという乳用牛を飼育する酪農場で、私は婿入りして後を継ぎました。そして1985年頃、国内でも関心が高まっていた黒毛和牛を業界関係者から勧められ、肉用牛の肥育に切り替えたのです。乳用牛だと搾乳の設備や人手もかかるけど、肉用牛ならうちの規模でも夫婦でなんとか世話ができる。もちろん、当初は飼料にしてもトウモロコシや麦などを買ってきて自分で配合の量を考えながら試行錯誤を繰り返し、失敗もあったりでそれなりに大変でしたが」
東京ビーフとは、2016年にブランド化された銘柄牛だが、もともとは伊豆諸島の青ヶ島や八丈島で生まれ、八王子市や町田市など多摩地域の牧場で肥育、出荷されていた。ただし現在は、協議会によれば、血統が明確であれば生まれた場所は問わず、「東京都内で肥育され、最長飼養地が東京都内であるもの」と定められている。かつては青ヶ島や八丈島でも出荷までされていたが、時代とともに後継者が減り、近年は生まれる子牛も青ヶ島で年に10頭前後、八丈島で20〜30頭ほどにとどまるという。

循環型農業で牛にストレスを与えない工夫
それを補うべく有竹氏は近年、群馬県渋川市にある渋川家畜市場で行われる和牛子牛せり市で買い付けてくる。
「だいたい生後8〜9カ月の子牛を買い付けます。8カ月だと約240日、1日1キロ増体したとして、この数字に生まれた時の体重30キロを足すと270キロ。これが黒毛和牛の雄の体重最低ラインで、このくらい発育しているとその後の成長も良いとされています。あとは毛の艶とか体つき、気性が荒そうかおとなしそうか、様々な観点で観察し、競り落としていく。いくら安く買い付けても、うちでは20カ月は育てるので、その間に育ちが悪ければ十分な評価を得られません。始めた頃には買い付けで失敗したこともありますし、良い子牛を見極めるにはやはり経験を積んでいかないと駄目ですね」
育てる上で最も気を使うのは飼料だ。飼料メーカー製が中心だが、牛が好む品種の牧草も与えているという。
「八丈マグサと呼ばれる牧草があって、もともとは八丈島や青ヶ島で牛馬の飼料として使われていましたが、これを刈り取るには草刈り機など使ったら駄目です。鎌で1本1本刈らないと次の芽が出てこない。人力ですから手間はかかりますが、牛の飼料にはこれがいいんです。まさに大地の恵みですね」
また広大な牧場敷地内には広葉樹も多く、大量の落ち葉は牛にとっても人にとっても恵みだという。
「牛床には落ち葉とおがくずを混ぜて敷き詰めています。フカフカしますから、牛たちがストレスを感じずに健やかに育つのではと思って工夫しているんです。使い終わった落ち葉は積み上げて牛ふんなどを混ぜ、時間をかけてじっくりと堆肥を作ります。その堆肥は牧草を育てるのにも使うし、近所の農家にも提供しますが、とても喜んでもらっています。牧場内の畑では自家消費用の野菜もいろいろ作っていて、やっぱり牛ふんを使った自家製の堆肥だと土も肥えてくるし、だからこそ野菜がまた美味しいんですよ」
見事な循環型農業が確立しているのだ。

輸入肉との味わいの違い
東京ビーフをはじめとした和牛の最大の特徴と言えば、やはりサシ。その美しさはスーパーなどで見かける輸入肉と見比べると一目瞭然だが、味の特徴を有竹氏に聞くと、
「我々がよく言うのは、輸入肉はタレを付けて、和牛は少しの塩かわさびでどうぞと。もちろん味の好みは人それぞれだし、カルビかサーロインかヒレかなど部位によっても違うでしょうが、この説明が肉質の違いをよく言い表していると思うのです」
防疫の観点から一般公開はされていないものの、最近では海外の観光客から、牧場の見学を希望されるほどの関心を寄せられているという。
「赤身肉に慣れた欧米の人たちも、サシの入った和牛を美味しいと思うように味覚が変わってきたのかもしれませんね。それにここは何と言っても東京。さすがに都会のど真ん中ではない郊外ですが、それでも観光で和牛牧場まで来れるのは東京ならではでしょう」
東京都内でありながら有竹牧場は広大な山林に囲まれ自然豊かだ。それでいて、東京という国際的都市の一大消費地に最も近いこの地だからこそ、東京ビーフの美味しさをもっと広く知ってもらいたいと願う有竹氏の奮闘はこれからもまだ続いていく。

有竹満次
写真/藤島亮
