コロナ禍における「学びのサードプレイス」とは? 東京都文京区にある「中高生の秘密基地」の苦悩

出典元: サステナブル・ブランド ジャパン 2021年3月1日記事
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 "中高生に、学校でも家でもないサードプレイスを提供する――"。居場所を作り、ともに活動する仲間や憧れる先輩・大人との出会いを創出して、探究学習の後押しを行う「ユースセンター」と呼ばれる施設は近年、全国に増えている。だが新型コロナウイルスの感染拡大で学校の臨時休校が長引いた昨年に続き、現在も不要不急の外出自粛が叫ばれている。「場」自体が失われてしまった今、東京・文京区にある中高生の活動拠点「b-lab」は新たな形のサードプレイスを模索している。
コロナ禍における「学びのサードプレイス」とは? 東京都文京区にある「中高生の秘密基地」の苦悩



中高生が主役の「ステージ」、自治体やNPOが創出

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 b-lab2015年に開館した文京区青少年プラザ(文京区湯島)の愛称で、地域の中高生が自ら名付けた「Bunkyo Laboratory」の略だ。文京区が事業として立ち上げ、認定NPO法人カタリバ(東京)が運営を委託されている。テーマは「中高生の秘密基地」。区内在住、在学、または在勤の中学生・高校生が無料で利用することができ、これまでにのべ約137000人が利用してきた。

 訪れる中高生の活動は、勉強をしたり、楽器演奏をしたり、フリーペーパーを発行し区内の学校に配布したり、時にはパラスポーツの体験会を地域と協働して企画したり――と、まさに多種多様だ。放課後の活動を支援するこうしたユースセンターはフィンランドなど北欧で先進的に設置され、国内でも首都圏を中心に数が増えている。

 これまでのb-labは、中高生が館内のイベント運営を自ら担う「中高生スタッフ」と呼ばれる制度を生かし、職員のサポートを受けながら、中高生が自分の興味を軸に企画を作り上げ、実行まで遂行していくなど、「リアルな場」として機能してきた。区児童青少年課の担当者も「中高生が自主的な活動を行い、達成感を得ることで、自立した大人へ成長していく。いずれは地域の担い手となり、区全体の活性化にもつながる」と手ごたえを語る。米田瑠美館長も「最初は居場所として利用していた中高生が、施設を『ステージ』として自ら活躍していく。今後はさらに多くの中高生に利用してもらい、より多彩なステージへ送り出していきたい」と明るい未来を確信していた。

直面したコロナ禍――

 しかし、2020年度は新型コロナウイルスの感染拡大により、状況が一変した。学校の臨時休校に伴って同年3月に休館が決まり、年間250以上のイベントを行ってきた場が突如失われた。開館以来、年末年始以外は一日も休まずに中高生を受け入れてきたb-labにとって、臨時休館は初のこと。「日常の居場所が無くなり、中高生の意欲の低下につながるのでは――。そもそも、この閉館はいつまで続くのか」。文京区の担当者と米田館長は同じ不安を抱えていたという。

 「それでも、b-labを止めてはいけない」。使命感もあった。そもそもこの事業は、文京区の基本方針である「文の京総合戦略」の基本政策1として位置付けられている「子どもたちに輝く未来をつなぐ」の中に置かれている重要事業。「歩みを止めてはいけない。やれることをやる」という思いの中、休館中も中高生と対話していくために、手探りでオンラインイベントを打ち出した。

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 休校により友達にも会えていない中高生は、オンラインで雑談を楽しんだり、職員らから勉強を教わったりするなどし、リアルな場の代替手段として一定のニーズを満たした。中高生らがそれぞれの自宅で料理を作り、画面越しの仲間と一緒に食べるという「オンラインごはん部」などのイベントに加え、従来年間3回実施していた「フェス」と呼ばれる、音楽ライブや各種企画を盛り込んだ一大イベントもオンラインで開催するなど、次第に「ステージ」としてのオンラインの方向性も見えてきた。

 緊急事態宣言解除後の6月には、人数制限を設けつつも再び開館することができた。館内では、感染防止を念頭に置きながらも、オフラインイベントを行うようになった。ここでは、NPOカタリバと区との間で、着眼点・役割の違いも浮き彫りになったという。区の担当者は「まずは感染対策を最優先にするべき。その上に、青少年の自主性などの理念がある。もし施設内でクラスターが発生したら、施設を開館し続けることができず、歩みがまた止まってしまう」と指摘。事実、利用者が通う学校内にも、感染者が散見される状況が続いていた。

 一方カタリバとしては、年度の変わり目である36月に休館となったことで、利用者間でのバトンの受け渡しができていないことを危惧し、「以前のb-labを知らない中学1年生を交えながら、どれだけ以前の活発なコミュニティに戻していけるか」を考えていた。

 感染防止策とのバランスを考慮しつつ運営を続けると、次第に、児童小説作家の指導の下で中学生が小説を書きあげて新人賞に応募したり、別の中学生が北欧発のスポーツ「モルック」の練習会を企画したりするなど、かつての活気が戻りつつあった。臨時休館明けから利用するようになった中学1年の男子生徒も、「いろんな人がb-labに愛着を持てるように」と、新規来館者に対し館内を案内するなど、積極的に動く姿を見せている。中高生の自主性への働きかけをカタリバが提案し、区が感染対策の観点からルール作りを進める、といった役割分担も定着し、米田館長は「コロナ禍を通して、ある意味では区との連携をより強化することができた」と振り返る。

若者が集い活動する「場」を守る――求められるあり方とは

 活動再開の手応えを感じ始めた矢先の今年1月、緊急事態宣言が東京都など10都府県で再び発令された。昨年と大きく異なる点は、中学・高校が休校しておらず、b-labも開館を続けている点だ。とはいえ「多くの学校で部活動が中止となる中、中高生が放課後にb-labで自由に過ごす、というわけにはいかない」(区の担当者)。館内でのイベントはすべて中止とし、音楽スタジオや運動スペースの利用も制限、ボードゲーム等の貸し出しも取りやめて、中高生が向かい合わないような机の配置で「自主学習目的でのみ利用可能」と打ち出した。

 しかし「常連」の中高生は、いつものように仲間や職員とおしゃべりをしたい。ホワイトボードを囲み、勉強を教えあっている中高生もいる。それを、止めるべきか黙認すべきか。「グレーゾーンの判断が求められる」と米田館長。区の担当者も「いつ休館を決断してもおかしくない状況。でも、昨年からの経験と実績があるからこそ、開館を継続する方法を模索できている」と話す。

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12月に開催されたイベント「冬フェス」では利用者の中高生自身も「b-lab」の今後のあり方を話し合った

 現在もオンラインイベントの開催を続けながら、中高生が活躍できるステージを用意することと、感染防止策とのバランスをめぐり、日々議論が続いている。コロナ禍で急遽用意してきたオンラインでの中高生との結びつきも、今後は、中高生のチャレンジを全国へ発信するためのステージとして、事業の中心に据えて発展させていく予定だ。

 文部科学省によると、2020年に自殺した小中高生の数が過去最多の479人にのぼるという。特に高校生の自殺が多く、また夏休み明けの8月は、前年同月の2倍超と突出していたことから、コロナ禍での長期休校などにより、心身に不調をきたす生徒が多い可能性が指摘されている。その意味では、コロナ禍だからこそ、中高生が自分をさらけ出し、自由に過ごすことができるサードプレイスの価値はより高まっていると言える。米田館長は「b-labでは自分の『やってみたい』を発揮して、仲間を作っていける。その経験がその後の人生を支えるはず」と、中高生を見守っている。

横田伸治(よこた・しんじ)

 東京都練馬区出身。東京大学文学部卒業後、毎日新聞記者として愛知県・岐阜県の警察・行政・教育・スポーツなどを担当、執筆。退職後はフリーライターとして活動する一方、NPO法人カタリバで勤務中。