ダイバーシティ&インクルージョンの実現は、すべての人を幸福にする----住友商事 唐澤圭

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 ダイバーシティ&インクルージョンが世界では"スタンダード"になっている。では、日本で働く女性はどうか?日本社会の現在地と課題について、住友商事人事部でダイバーシティ推進を含む組織開発を担当する唐澤圭さんに話を聞いた。
住友商事 人材開発部 唐澤圭さん
現在、育児休暇を取得中の唐澤さん。生後4カ月の長女と一緒にオンラインインタビューに応じた。

動き始めた「日本のジェンダー問題」

--世界経済フォーラムが公表している「ジェンダーギャップ指数」は、経済・教育・健康・政治という4つの分野で男女格差を計測する調査です。同調査の2021年版では、日本は世界156カ国中120位と低いレベルでした。日本の評価が低い要因は何でしょうか?

 内閣府の調査を見ると、日本でも共働き世帯が増加していますし、出産後も働き続ける女性が増えていることが分かります。それなのに、ワーキングマザーに話を聞くと「女性の方が家事や育児の負担が大きい」という家庭が多数です。私自身の実感としても、今も日本社会には「男性は外で働き、女性は家事や育児に専念する」という考えが根強く残っています。ですから、ジェンダーギャップ指数から見える日本は、実情に近いと言えると思います。

--そうした課題に対して、住友商事ではどのような取組を進めてきたのですか。

 私が入社した17年ほど前には、「ワーク・ライフ・バランス推進プロジェクト」に全社横断で取り組んでいましたが、近年では、2017年10月に社長直轄の諮問機関「ダイバーシティ推進プロジェクト」が発足しました。プロジェクトリーダーとして前者には人事部長を、後者には人材・総務・法務担当役員を据えることで、全社的な活動であることを社内外に広く伝えています。プロジェクトチームは約15名で構成していますが、1年ごとにメンバーを入れ替えながら取り組んでいます。各部門から1〜3名ほどのメンバーを選出し、現場から課題や意見を吸い上げ、現状分析と解決策を提言としてまとめています。私自身は人材開発チームのメンバーとしてダイバーシティ&インクルージョンの研修内容を立案するなどして関わってきました。

ダイバーシティ&インクルージョン

 「多様性」を意味するダイバーシティと、「包括」のインクルージョンを合わせた表現。それぞれに異なる人種、性別、年齢、国籍などの多様性を受け入れ、活躍できる場を用意(包括)することを指す。従来はそうした場を与えられていなかった女性や障がい者の活躍を推進したり、外国籍人材を積極的に雇用したりといった取組のほか、多様な働き方を推進するなど、社会・組織の制度変革も求められる。東京都の今後の取組は<「未来の東京」戦略>にまとめられている。

 こうした取組が住友商事の「Diversity & Inclusionの推進」というコンセプトにつながり、新人事制度の導入などの形で具体化されています。2030年度に女性取締役・監査役の比率を30%以上に、女性管理職を20%以上に、女性部長級を10%以上に引き上げるなどの数値目標を掲げています。

--ダイバーシティ&インクルージョンを実現するための秘訣は何でしょうか?

 複合的、かつ、総合的に取り組むことが大切です。住友商事では、2019年7月に「Workstyle Transformation 2019」(ワクトラ2019)という施策も始めました。これはテレワークの活用推進や、コアタイムのないスーパーフレックス制度を使った時差出勤の奨励などを主な柱としています。

 スーパーフレックス制度を導入するためには、柔軟な働き方を支援するだけでなく、リモートワークを推進するためのDX(デジタルトランスフォーメーション)の取組も欠かせません。様々な施策を複合的かつ総合的に立案実行しながら、常にプロジェクトをアップデートし続けていくことが必要なのです。その上で、すべての施策の中にダイバーシティ&インクルージョンというコンセプトを埋め込んでいくべきなのです。

ダイバーシティの実現は、すべての人を幸福にする

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長女をあやしながらインタビューに答える唐澤さん。

--「家事や育児は女性が担当するもの」という古い概念を社内で容認しないために、住友商事では社員にどのような働きかけをしていますか?

 先ほどのスーパーフレックス制度は、極端に言えば1日1時間でも働けば良いというものです。1日に何時間以上は働かないといけない、あるいは、何時間以上働いたから偉いんだ、などと時間だけで会社への貢献度を測る旧来の日本企業の慣習では、ワーク・ライフ・バランスも、ダイバーシティも、インクルージョンも進みません。ジェンダーに左右されず誰もが平等にチャンスを得られること、そして、時間ではなくパフォーマンスで成果が評価されることが大切です。

--最後に、ダイバーシティ&インクルージョンの推進はビジネスにどのような影響を与えるでしょうか?

 消費者の多様な要望に応じていくためには、様々な視点からニーズの発見に努めなければいけません。だからこそ、多様な人が平等に機会を得て、事業に関わることができるダイバーシティ&インクルージョンが求められているのです。

 新商品・新規事業を開発するには、単一のカルチャーで議論していても新しい発想は生まれません。例えば、男性中心の単一の発想だった新規事業・商品開発に女性の視点が加われば、新たな発見が生まれるでしょう。大手金融機関ゴールドマン・サックスのリサーチによると、ジェンダーダイバーシティの実現は「イノベーションや生産性の向上につながる」とも言われています。

 若手が会議で発言しづらいという声も、今でもよく聞きますよね。ダイバーシティ&インクルージョンを推進し、「チームのメンバーが自分の考えを自由に発言したり行動に移したりできる状態」、いわば、「心理的安全性」を確保することで、従業員は安心してディスカッションできるようになるでしょう。それが企業にイノベーションもたらすこともあるはずです。

 誰もが自分らしく生きられる場所は、個々のパフォーマンスを向上させるのはもちろん、すべての人の幸福度を向上させます。それがダイバーシティ&インクルージョンを推進する効果であり、意義だと思います。

唐澤圭

唐澤圭
 一橋大学卒業後、住友商事に入社。「人が好きだから」と人事を希望し、以来17年間人事関連業務に従事。仕事と平行してグロービス経営大学院でMBA (英語コース) を取得。米国CTI認定プロコーチCPCC (Certified Professional Co-Active Coach) で、「誰もが自分らしさを発揮できる社会を創る」ことをLife Purposeに掲げる。キャリア教育NPO法人JSBN (日本学生社会人ネットワーク) 理事。4歳男児と0歳女児の母。
取材・文/赤坂匡介