タイラー・ブリュレとの東京談義 | TOKYO Comparison Vol. 2

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 「今すぐどこかに行けるとしたら、日本に行きたい」と話すほど、タイラー・ブリュレにとって日本は特別な国。雑誌「Monocle」編集長兼会長の彼が考察する、東京という街とは。

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タイラー・ブリュレ


 タイラー・ブリュレは90年代半ばに「Wallpaper*」誌を創刊し、その後2007年に、世界的なライフスタイルマガジン「Monocle」を立ち上げた。まさにメディア界の大御所だ。世界各地に6つのオフィスを構えるほか、多くのショップやカフェを展開し、拠点のひとつを東京に置いている。日本を訪れた回数はすでに100回を超え、自身を「古株」と呼ぶブリュレは、パンデミックで旅することが難しなっているからこそ余計に、日本への想いがこれまで以上に強まっているという。今回、ジャーナリストで起業家でもある彼が、メディアの現状に切り込むユニークな洞察、日本のお気に入りスポット、そして、日本でのビジネスを考えている人々へのアドバイスを語ってくれた。

--これまで様々な都市に住み、世界中たくさん旅をされてきましたが、他の都市と比べて東京はどういった点でユニークだと思いますか?

 なによりもまず、いまだに極めて均一性のとれているグローバル都市であることです。非常に国際的な都市で、あらゆる国の人々を受け入れ、多様性あふれる一方で、根底には日本特有のものがある。これこそ、東京が独特な場所であり続けている理由だと思います。家族で代々と伝わることであれ、ビジネス上の慣習であれ、ゆるぎない伝統の価値が存在しています。伝統というものは大きな力を秘めていて、これからも大切にすべきものだと私は思いますね。

 建築物を保護したり、職人技を継承したり、先祖代々伝わってきた教えを守ろうとしたりする組織がたくさんありますよね。一方で、全てを均一化しようとするグローバリゼーションのものとも対立しています。この非常に微妙なバランス感が、日本の衰えない魅力の要素のひとつを担っています。あらゆるものが便利で、飛び抜けて機能性の高い街であると同時に、日常生活には日本のオリジナリティが各所にあふれています。グローバル化した世界でこうしたことを実現するのは、とても難しいことでしょう。

--日本のメディア事情については、どのように見ていますか。

 日本人は海外への関心が非常に高く、外からの刺激を受けながら様々なものを取り入れつつも、それを自分たちのやり方で再解釈し、洗練させ、完成させて、レベルアップさせていく傾向にあると思います。メディア、とくに雑誌について言えば、日本の出版社は印刷の質、複雑なページレイアウト、情報の深みなどにこだわります。こうしたものは日本以外ではまず見られないので、いつも驚かされますね。日本で夜に雑誌・新聞売り場や書店に出かけて行き、様々な日本のタイトルの本を読んだり買ったりして過ごすと、ものすごく刺激を受けます。日本の人々は世界でも極めて稀な方法で、出版の「限界」に挑戦しているんです。

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2020年5月に出版された「The Monocle Book of Japan」。

--日本への情熱に火がついたきっかけは何でしたか?

 いきなりパッと情熱に火がついた瞬間があったわけではなく、何度か訪れるうちに、徐々にハマっていきました。初めて日本を訪れたのは90年代初頭で好感を持ちましたが、すぐに衝撃を受けるほどではありませんでした。その後、仕事で行くことが増えた結果、のめり込んでいったのです。年を重ね、旅を重ねるほどに、気付くことも増え、日本がいかに特別かを分かり始めました。

 2020年はじめ、パンデミック前最後に長距離の旅行をしたのは日本でした。それでも今、シドニーか、ロサンゼルスか、リオか、それとも東京か、どの街に行きたいか、と聞かれたら、真っ先に東京だと答えますね。今すぐ日本に行きたいです。今まで日本を訪れた回数は100回を超えていますが、今のように旅行が制限される状況になると、それがいかに大切かを実感します。旅することは多くのビジネスの上でたくさんのインスピレーションを与えてくれ、また世界の見方を教えてくれましたね。

--外のメディアで取り上げられる日本の姿についてどう思いますか?

 東京にオフィスを構えて15年になりますが、私たちはいつも、日本の話題を違う視点で取り扱うよう意識してきました。様々なビジネスや起業家に焦点を当て、日本のあらゆる側面をくまなくカバーしてきたんです。日本を偏った視点で取り上げる海外メディアも多く、大きなニュースや自然災害、あるいは大衆文化の「奇妙な」流行にスポットを当てて、この国を歪んだ形で紹介しがちです。もちろん事実も含まれていますが、見過ごされているものが非常にたくさんあるのです。日本は間違って伝えられていることがかなり多いと思います。実際に日本に飛び込んで体験してみれば、イメージと違うことが分かりますよ。

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2021年6月号東京オリンピック特集の「Monocle」。

--東京に来たことのない人に対して、東京という街をどのように説明しますか?

 東京は、いたるところに驚きがあふれる、世界最大の「村」といったところでしょうか。東京全体を見渡してみれば、ほとんどの建物が2、3階建ての低層で、一部の人が想像するような高層ビルが密集したような場所ばかりではありません。もちろん、高層ビルが立ち並ぶエリアもありますが、多くの地域は、家族経営のビジネスや、こじんまりした素晴らしいレストランがありふれていて、驚くほど静まり返っていることも。地元の理髪店、郵便局、小さな書店など、「村」らしい機能がすべて揃っているのも素晴らしいところですね。それらの多くが独立経営で、欧米のようにチェーンストアに取って代わられてはいません。

--東京での完璧な休日の過ごし方を教えてください。

 普段は新宿に滞在するので、渋谷の代々木公園周辺をランニングして1日を始めます。富ヶ谷で美味しいコーヒーショップに立ち寄ったりしますが、なかでも「キャメルバック」というお店は素敵ですね。それから渋谷にある「シブヤ パブリッシング アンド ブックセラーズ」をぶらぶらと見て回ったあと、銀座の「資生堂パーラー」で美味しいカレーランチを食べたくなります。ここは世界中にある私のお気に入りのレストランのひとつです。銀座を散歩したあと、夕食は、お気に入りのレストランのひとつ、神泉にある「チニャーレ・エノテカ」にします。ベーシックなイタリア料理ながらも、日本人経営で日本の食材が使われていて、世界で最も洗練されたイタリアンレストランのひとつです。そのあとは、深夜のバー巡り。新宿か銀座のお気に入りのバーを巡りながら、翌朝、日が昇るまで飲み歩きたいですね。東京はナイトシーンも盛んで、充実した夜を過ごすことができますから。

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「Monocle」は、東京のトラベルガイドも発行している。


--ロンドンと東京では、ビジネスの空気感はどう違いますか?

 一日の始まりが遅いですね。東京は早起きな都市ではなく、朝食文化もありません。でも、夜の会合の習慣はあります。クリエイティブ業界では、夜10時のミーティングでもみんな平気です。夕食後に誰かと会うこともできますし、私はそれが好きですね。これは日本特有のものだと思います。日本に来て、東京オフィスで仕事をしていると、生活のリズムが全く違う。欧米の都市にはない、一日の始まりの気楽さがあります。

--東京でビジネスを拡大、あるいは始めようとしている人には、何とアドバイスしますか?

 まず、辛抱すること。日本において、物事は思っているほど早く動きません。私はもうだいぶ慣れてしまったと思いますが、それでもいまだに驚かされることがあり、そうした出来事から学ぶことも、ストレスを感じることもあります。日本で投げられる変化球に対応するのは、とてもやりがいのある、前向きな体験になりえます。日常のビジネスが同じように機能している街は世界のどこにもありません。自発性を求めてもダメで、物事には時間がかかります。実行するなら、長い目で見る必要がありますね。そういう心構えで取り組めば、非常に豊かな経験になるでしょう。

文/ヨハンナ・カムラド、写真(タイラー・ブリュレのポートレート)/アラタ・スズキ