「オーケストラの生の音を体感してほしい」|その思いが原動力となり、コロナ禍において『サラダ音楽祭』を開催し、成功させるまで。
都民のために誕生した『サラダ音楽祭』とは?
「本当に今年の音楽祭を開催できるのか、その不安は常にありました」
そう語るのは、東京都交響楽団(以下:都響)演奏統括部の舘岡吾弥さん。 9月に開催された『SaLaD(サラダ)音楽祭』の計画全体の進行管理や当日の運営管理を行った方です。
「まず『SaLaD(サラダ)音楽祭』について説明しますと、都民の皆さんにクラシック音楽やオーケストラをより身近に感じていただくために東京都と都響が、2018年から開催している音楽祭で、『SaLaD』は、Sing and Listen and Danceの頭文字をとっています。その名の通り、歌う、 聴く、 踊るをコンセプトに、オーケストラのコンサートを中心に、ワークショップなど誰もが「体験できる」プログラムを展開しているのですが、今回は新型コロナウイルス感染拡大の影響で予定していた内容を変更せざるをえませんでした。それでも赤ちゃんから入場OKの『OK! オーケストラ』を9月5日に、演出振付家の金森穣さんが率いる、日本を代表するダンスカンパニー『Noism Company Niigata(ノイズム・カンパニー・ニイガタ)』とコラボレーションした『音楽祭メインコンサート』を9月6日に東京芸術劇場コンサートホールにて開催しました」
どうしても思い出された東日本大震災のこと
多くのコンサートやイベントが中止や延期になる中で、舘岡さんは2011年の東日本大震災のとき、福島で働いていた頃のことを思い出したとおっしゃいます。
「感染症と大震災の大変さをくらべることはできませんが、震災が起こった直後は『音楽活動よりも、ショベルカーでも動かせた方がよほど役に立つのに』と音楽に携わっていることが無意味に思えてしまって。でもそのうち、状況が少しずつ回復していく中で、演奏や歌を聴いてくれた方々から、音楽を聴いている間は嫌なことを忘れられる、と言ってもらえるようになっていきました」
そうしたことで舘岡さんは、「音楽はやはり生きていくうえで必要なものなんだ」と思えたそうです。
ところが、今回のコロナウイルス感染拡大の状況に関しては震災と違う点を感じたのだとか......。
「震災のときは、被災地や避難所に『音楽を聴きたい』という方がいれば演奏会が成立しました。でも新型コロナウイルスの場合、接触できない、集まれないということですので、とにかく自粛するしかなくて......」
コンサート再開までの道筋を立てるため、まず試演会を6月に開催
自粛が続く中、「まずは何が安全で何がリスクなのかを知らなければ前に進めない」という思いから都響では独自に試演会を行ったそうです。
「オーケストラのパートそれぞれの飛沫や距離感などを検証するため、ホール(東京文化会館)やエアロゾル測定の専門家、感染症専門医らの力を借りて行いました。試演会は、感染リスクを検証するためのものでしたから、検証結果によっては予定しているコンサートは実施できないと考えていました。結果的に、オーケストラの演奏はさほど危険ではないと判断できたので、『サラダ音楽祭』に関しても9月開催に向けて動き出したんです」
※試演会に関する詳細はこちら
東京都交響楽団(都響)演奏会再開への行程表と指針 〜「COVID-19影響下における演奏会再開に備えた試演」を受けて〜 https://www.tmso.or.jp/j/wp/wp-content/uploads/2020/07/Guidelines_ver.2.0.pdf
組み立てては壊す、その繰り返しでした
しかし、新型コロナウイルス感染拡大の状況はどう変化するかまったく予想もできず、中止や延期と常に隣り合わせの状態で計画を進めていったそう。
「内容を組み立てては壊す、その繰り返しでした。都響の魅力は大人数大所帯のオーケストラ作品へのアプローチ。ファンの方もそう言ってくださる方が多いんです。なので、当初予定していた曲目も大編成の作品でしたが、今(の状況で)はそういうプログラムはできない。それで何ができるのか、編成、時間、人数を考えつつ何度も組み立て直しました」
リハーサルも今までのものとは違うところも多々あったそうで、まず手洗いや消毒、ソーシャルディスタンスを徹底したそうです。
「とにかく感染しない・させない。共演者もスタッフもそのことを第一に考えていましたが、リハーサルの間は、演奏家や舞踊家の皆さんは今の(新型コロナウイルス感染拡大の)状況を忘れているかのように、パフォーマンスに没頭していました。でもリハーサルが終わって、外食の制限等の注意事項を伝えたときに、コロナ禍にいるという現実に一気に引き戻されていましたね。今までにない、大変なお願いもたくさんしましたけれど、コンサートをやりたい、成功させたいという気持ちは皆同じだったのだと思います」
コンサート当日も1時間に1度は必ず消毒
「リハーサルがどんなにうまくいっても、その夜に感染者が出てしまっては中止せざるをえないわけで、常に覚悟をしながら細心の注意を払う日々でした。幸い感染者は出ず、本番の日を迎えられたわけですが」
コンサート当日はどのようなお気持ちで迎えられたのでしょうか?
「音楽祭を発信源としたクラスターを発生させてはならない、ということは常に頭においていました。感染症対策を徹底し、入り口ではサーモグラフィーによる検温も行い、チケットの半券はお客さまご自身で切り取ってもらうなど、できる限り接触の機会を減らしました。それに控室などの舞台裏も1時間に1度は消毒を行いました」
芸術と芸術がぶつかりあった完成度に感じた達成感
対策を徹底したこともあり、感染者が出ることはなくコンサートは無事に終了。どんな思いだったかを尋ねると、
「コロナ禍という状況を超越して、高いレベルの芸術と芸術のぶつかり合いにより想像をはるかに超えた完成度の高いコンサートとなったことに、言葉では言い表せない達成感がありました。これができたんだから次へも進める。注意をして計画を積み重ねればコロナ禍でもコンサートはできる、そのことを実証できたと感じました。ただ残念だったのは会場のキャパシティを半分以下にせざるをえなかったこと。一人でも多くの方に観て、聴いて、体感してほしい内容でしたので」
そう話しながらも確かな手応えは感じたと舘岡さん。開催してあらためて感じたこととは
「密にならないように、盛大にならないように、という今まで目標にしていたことを捨てなければならない状況での開催でしたので、正直、ただ開催しただけのイベントになってしまわないだろうかという不安はありました。しかし、ご来場くださったお客さまが本当に楽しそうな笑顔でお帰りになる姿を見て、我々が提供すべきものをしっかりと届けることができたと確信しました。このことは今後の活動への大きな一歩になったと思います。このままでは本当に文化的なイベントができなくなってしまうという危機感があったので、やり遂げられて本当によかったです」
オーケストラの生の音をホールで体感してほしい
では、『サラダ音楽祭』を終えて、これからの音楽コンサートのあり方や、可能性など、どのようにお考えでしょうか?
「今、ジャンルを問わずたくさんの方々がWEBやリモートを駆使して新しいことにチャレンジしていますよね。都響でも過去のコンサート映像や、無観客で行ったコンサートの様子を収録した『春休みの贈り物』といったコンテンツをYouTubeで配信し、『サラダ音楽祭』においてもWEBワークショップや記録映像を編集し、発信してきました。そういうものを観て、今までクラシックやオーケストラに興味がなかった方々にも『こんなに素敵なものなんだ』って知ってもらって、コンサートに行ってみたい、行ってみようって思ってもらえたら嬉しいです。
もちろんこうしたWEBコンテンツの普及や進歩は喜ばしいことですが、やはりオーケストラの生演奏の素晴らしさをぜひホールで味わっていただきたい。空間に一緒にいて、音に包まれる、風が吹く感じとでも言ったらいいか......。『音の震えを体感できる』アコースティックな響きというものは、やはり代わりのないものであり、実際にオーケストラから鳴る音のシャワーを浴びると、まったく別物なんだと実感できるので。WEBを活用したコンサートスタイルが成長すればするほど、それは一つの文化として確立されていくでしょうから、なおさらアコースティックな響きを限られた空間で共有する時間が重要視されていくのではないかと思います」
最後に来年以降の『サラダ音楽祭』に関して伺ってみると、
「ベストなパフォーマンスができるようにスタッフが準備し、出演者が発信して、それを受け取った観客の反応に呼応して演奏が深まり、さらにそれを感じて次回のステージングにスタッフが繋ぐ。このループが生のコンサートの大切な部分であり最大の魅力なのだと思います。『サラダ音楽祭』に来場されたときは、どうぞ自然体で感じ、楽しんでください。『オーケストラのコンサートだから......』などと身構える必要はありません。感じるままを受け取り、反応し、ループさせ、音楽祭を一緒に作っていければと思います」