「オンライン能」で日本語の力強さや言霊、 そして"香りたつ品格"を感じていただけたら。
なかなか大変そうだな、と思っていたら
2020年の予定が、まるまる延期に。
――2020年の1月に新型コロナウイルスが確認され、世界的に感染拡大する中で、自粛期間なども経てきました。
友枝さんご自身にはどのような影響がありましたか?
まず、2月くらいからなんとなく舞台にも影響が出るのかもと感じ、実際3月くらいから舞台公演が止まりはじめ、年度が終わるころには夏先までの公演がどんどん中止や延期になりました。それから自粛期間になって、まず感じたことをひとことで言えば「こんなに世の中って止まってしまうんだな」と。
今までにない経験でしたから、それはもういろいろなことを考えました。
舞台活動というものが止まるということが今までありませんでしたから、あらためて舞台に立つ、能を舞うということに自分なりに向き合い、結果的には潤沢に自分の時間ができたので、ある意味、研鑽の時間にもなりました。
自粛期間中は、約1時間かけて
稽古場へ徒歩で通っていました。
――お稽古にも変化はありましたか?
これまでは公演に向けていい舞台を作るための稽古がほとんどでしたけれど、それとは違う表現者としての向き合い方、時間の使い方になりましたね。
あと、自粛期間は公共交通機関を避けていたので、自宅から稽古場まで毎日約1時間かけて歩いて通っていました。都内を散策しながらというか、知らない道に迷い込んだり、ぽっかりと景色が開くように「ああ、こんなところに神社があったのか」というような発見があったり......。
そんな風に過ごす時間にもいろいろ考えるもので、こういう経験は私だけではなく2020年を生きている人には平等に訪れているわけです。
なので、まず思ったのは、マイナスになりがちですけど、プラスに変える方向にしないといけないな、そのためには何をすればいいか、ということはすごく思っていました。
たとえば野球を家のテレビで
観戦するイメージに近いでしょうか。
――そういった時間を過ごす中で「オンライン能」をやろうと思いつかれたのでしょうか?
実は、以前から映像配信をしたいとは考えていたんです。でも、舞台活動を日々行っている中では、なかなか時間がなく、先送りになっていました。
それで今回、新型コロナウイルスのことがあり、海外の方も来られなくなった状況の中で、アーツカウンシル東京の方々とも「今こそ日本の文化を海外に向けて発信しよう」という話になりまして......。
以前から私がイメージしていたことは、たとえば野球観戦ですと、球場に行って観戦するのと、家のテレビで観る2つのスタイルがありますよね?
実際に球場に行くと目の前で同じ人間とは思えないような速い球を投げて、それを打ってホームランにしちゃうわけで、その臨場感や迫力は生観戦でしか得られないものだと思うんです。
一方、家のテレビで観戦すると、球種まで分かったり、選手の表情も見えたり、解説者が分かりやすく説明までしてくれて、さらにはリプレイやスローモーションなんかも見られて、そうすると技術の高さがより分ったりもするわけです。
「オンライン能」は、この後者に近い感覚とも言えるでしょうか。
たとえば能が大好きで最前列で観てくださる方へも客席からはどうしても観られない部分を映像で撮って、尚且つ編集することで能の新たな見方を提案できるのではないかと。
もちろん今までもテレビで能の舞台は放映されてますけど、それとは違うもっと距離が近いものにしたくて、今回は舞台の上にもカメラを入れて撮影しました。
結果、今までの能舞台の放映番組とは違う迫力を感じていただける、映像作品として完成度の高いものになったと思っています。
演目に「船弁慶」を選んだ理由は、
分かりやすさとダイナミックさ。
――舞台の上にカメラが入るのは珍しいことですか?
そうですね。今まで舞台の宣伝用のダイジェスト動画を舞台の上で撮影したり、というようなことはありましたけど、一時間強、一曲の能を通しで撮るというのは(私は)初めてですね。映像は残るものですので演者としては確かな技術がないとみっともないことになりますから相当な覚悟がないとできません。
それと同時に動きのダイナミズムがないと映像として飽きられてしまう可能性もあると考えました。
「オンライン能」を実施するにあたり、能を初めて観る方でも楽しんでもらえる演目がいいと思いまして、「船弁慶」にしました。
「船弁慶」は薙刀(なぎなた)も使いますし、動きもダイナミックで内容的にも分かりやすいと思いますし、何より昔から人気が高い演目です。
能は「難しい」とか「敷居が高い」とか思われがちですけれどそんなことはなく、現代や日常と繋がっているという点も見ていただきたいですね。
そのあたりは映像監督とも話をしました。
洋服で舞っている姿も
映像に含まれています。
――映像監督の方とは長いお付き合いなのですか?
5~6年ですね。大槻聖志さんという方で、毎回ちょっと驚くような要望をされるんですけれど(笑)、出来上がった映像を観るとこちらの意図を汲み取ってくれていることが分かるんです。今回も「洋服を着て舞って」という注文があり、実際に撮影したんですけど、約700年もの歴史がある能を現代人が芸術性を持って舞っているというところにフォーカスしているんでしょうね。ぜひそのあたりにも注目していただきたいです。
選び抜かれた言葉の繋がり。
その中で生まれるもの。
――それはぜひ観たいです。では、能を初めて観る方や外国の方に向けて能の楽しみ方のアドバイスなどありますでしょうか。
まずは、観たまま、感じたまま、第一印象を大事にしてください。
観て、そして聴いているうちに独特な言葉選びに気づくと思います。
能は、言葉というか"言霊(ことだま)"を大切にしていまして、選び抜かれた言葉の繋がりと、言霊、声、お囃子の音、掛け声、そういったいろいろなものが折り重なって、それが結果として音楽になっているものなのです。
言葉を大切にしているという点で、今回は日本文学を翻訳なさっている専門の方に字幕をお願いしています。英語圏の方にとっても日常ではなかなか使わない単語も多いと思いますし、言語を超えるということは難しいことですけれど、いろいろな方のお力を得て、 言葉の意味や響きが伝わるように工夫しています。
ですので、その言葉の中になんというか"香りたつ気品"があると思うので、映像と共に感じていただけたら、この上ないよろこびです。
粛々と乗り越えながら
新しい場所へ行きたいと思っています。
――"香りたつ気品"、美しい表現ですね。では、舞台芸術に関わるお立場として今後の舞台活動をどのようにお考えですか。
まず能は前述したとおり、約700年続いてきました。
時代が変わっていった中で長い間残ってきたのは「残っちゃった」のではなく「残してきた」のだと思うんです。だから今、さまざまなことに直面しているけれど、500年前、600年前に生きていた方々もそれぞれそれなりに直面してきたはず。なので私たちも同じように粛々と乗り越えて何もなかったかのように伝えていけたら。
伝わるものとは、そうやって淡々としていればいいと思っています。
とはいえ、今までになかった緊張感も実際ありまして、それは逆にいうと与えられた課題みたいなもので、乗り越える価値のあるものだとも思っているんです。そういう意味で試行錯誤は続けていきたいですし、先を読んだり、いろいろしていく上で判断を誤ることもあるかもしれない。
でもそれも含めて模索したり試行錯誤したりすることに生活の価値を見出せればいいですね。舞台に関わっている立場に限らず、みなさん一緒だと思っています。
人類がどこまで続くのか分かりませんが、700年ずっと続いてきたものを私の世代で、新型コロナがあったからってトーンダウンさせては絶対にいけない。
それはあってはならないことだと思っています。
いつの日かぜひ舞台を観に来てください。
「オンライン能」がそのきっかけになれば。
――最後に動画を楽しみになさっているみなさまにメッセージがあればお願いします。
舞台というのは、平和でなければ成り立たないし、表現するものとしては、その表現を観て感じてくださる方々がいないと成り立たないわけです。まだまだ危険と隣り合わせになりながら日常を少しでも取り戻そうとしている段階ですけれど、そういう状況において「オンライン能」の映像が、少しでもほっとできるお役に立てればうれしいです。
そして、能のおもしろさを感じていただけたら、ぜひ舞台にもいらしてください。やはり生の人間が目の前で演じている、それを観ていただきたいので。映像もいいですけれど、舞台もぜひ観ていただき、日本の伝統芸能の本質に触れていただきたいですね。
「オンライン能」が、そのきっかけになれば本当にうれしいです。
「オンライン能『船弁慶』―伝説の英雄、日本文化の波動を東京から世界へ―」特設ページ
http://www.tokyo-tradition.jp/2020/program/010/
※本編映像の配信は終了しました。
友枝雄人(ともえだ・たけひと)
1967年 東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。故友枝喜久夫の孫。伯父友枝昭世の養子となる。
喜多流十五世宗家故喜多実に入門、友枝昭世に師事。
1970年 初舞台「鞍馬天狗」花見、1977年「経政」にて初シテ。
1994年「猩々乱」、2002年「道成寺」、2005年「石橋(赤獅子)」、2010年「翁」を披く。
「五蘊会」主宰。「觀ノ会」参与。
2009年 小学館白洲賞受賞。
公益社団法人能楽協会会員。
一般社団法人日本能楽会会員。
重要無形文化財保持者(総合認定)。