マネーツリーCEOのポール・チャップマンが語る、NYやロンドンに負けない東京のマーケットポテンシャル|TOKYO Dream Vol. 2

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 グローバルな視点で捉えたとき、東京にはどんな魅力や可能性があるのだろうか。東京で暮らす在留外国人の方に、東京を選んだ理由や達成したい夢について聞く連載。第2回は、複数の金融サービスが持っている異なる金融データを一元管理できる個人資産管理アプリ「Moneytree」や、金融機関や企業が提供する金融サービスをAPIで連携可能にする金融データプラットフォーム「Moneytree LINK」を提供する、マネーツリー株式会社の代表取締役、ポール・チャップマンさん。
ポール・チャップマン
 オーストラリア メルボルン出身。高校卒業後、日本語を学ぶために、静岡県沼津市に1年間留学。その後、豪モナシュ大学ビジネス経済学部に入学。在学中に、埼玉大学に1年間留学。大学卒業後に、豪メルボルンで、採用管理ソフトの開発を行うスタートアップ「cvMail」を起業。急成長を遂げたのち、売却。2006年、エン・ジャパンの子会社「en world」でIT部長に就任し、東京で勤務。2012年、東京発ベンチャー「マネーツリー」を創業。日本社会に貢献できる企業を目指し、成長し続けている。

小さい頃から、生活の中に「日本」があった

 日本全体で見ると、外国人社長は「珍しい」存在だ。それもそのはず、日本国内には357.8万社(2016年6月時点)の企業が事業を展開しているが、うち外国人社長(経営管理ビザの取得数)は2万7249人(2019年時点)。全体の約0.76%ほどになっている。

 日本全体の在留外国人の数は288万5904人(2020年6月末)だが、日本の起業家に占める外国人起業家の割合はわずか2%だという。その数少ない起業家のひとりが、東京でベンチャー企業を起業し、日本に根を張るマネーツリー株式会社でCEOを務めるポール・チャップマンさん。彼にとって日本は幼少時代から「関心の的」だったそうだ。

 「小さい頃から、生活の中にソニーがあり、セガがあり、任天堂がありました。さらにドラマ『西遊記』がオーストラリアでも人気となったことで、私の日本への興味関心はさらに高まっていきました」

 入口は、技術(ゲーム)とエンターテインメント。しかし日本語を学ぶことを決めた理由は少し意外なものだ。

 「祖父は、5カ国語を話すんです。なのに自分は英語しか話せない。それが単純に悔しくて、あえて欧米人にとって難しい言語、日本語に挑戦しました」

 欧米人にとって、漢字の読み書きは非常にハードルが高く、日本語の習得が難しいと言われるのもそのせいだ。しかしポールさんは、高校卒業後に1年、大学在学中に1年、計2年間の留学と、持ち前の「語学習得に向いている生まれつきの才能」によって、その壁を乗り越えた。

 「大学時代の留学中、初めて東京を訪れました。高層ビルと、街を行き交う多くの人々。活気あふれる姿は、いまでもよく覚えています」

 その光景は、オーストラリア出身のポールさんにとっては、驚きに満ちていた。なぜならオーストラリアの国土は日本の約20倍あるが、一方で人口は日本の5分の1程度、2500万人強にしか過ぎないからだ。

「決して広くないはずの東京には、何でもありました。食も教育もビジネスも、多様な選択肢が存在する。知れば知るほど、その魅力に魅了され、いつしか日本で起業したいと思うようになりました」

日本の市場規模に見出した、商機

 グローバル都市は他にもあるが、ポールさんの目には、東京の方が魅力的に映ったそうだ。

 「まず、治安がいいですよね。それに東京は、ニューヨークやロンドンよりも、さまざまな面で選択肢が豊富です。つまり、自分の望むライフスタイルをデザインできる環境がある、ということです。ライフワークバランスという言葉がありますが、仕事と家庭、どちらかを選ぶのではなく、どちらも大切にする。そういう生き方が日本ならできると思いました」

 そこでまずはビジネスの経験を積むために、オーストラリアで起業し、その後、事業を売却。日本企業に就職し、人材紹介企業のIT部長として業務に従事しながら、「お辞儀」や「名刺交換」などの日本独自のビジネスマナーを学んだ。日本で起業するために必要なのは、残すはアイデアだけだった。

 「2008年にiPhoneが発売され、世界を席巻しました。これからはスマートフォンが生活の中心になる......そう感じ、アプリ開発に商機を見出しました」

 しかしなぜ、個人資産管理アプリ「Moneytree」の開発を選択したのだろうか?

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「Moneytree」アプリの画面。

 「日本はひと昔前まで、銀行のATMは夕方以降使えなくなってしまい、銀行残高すら調べられない状態にあるなど、世界に比べると、デジタル化が遅れていました。一方で、日本は銀行の数が多く、マーケットは巨大。つまり金融系のアプリで成功すれば、大きなインパクトを生み出せると考えたんです」

 家計簿は、日本人にとって身近な存在だが、日本人に資産管理のためのアプリが受け入れてもらえるかどうかは、別問題だった。

 「日本には"おもてなし"という考え方がありますが、私たちのアプリは同じ精神を持って開発されています。ひとつは、シンプルで使いやすいこと。ここには、小さな頃から触れてきたソニーや任天堂のゲーム製品に共通する、直感的で使いやすいUIの特徴が反映されています。次に、プライバシー問題への配慮。最後に、ユーザー目線ですべてを構築することです」

 結果、セキュリティに配慮されていて、広告表示もなくて使いやすい、ユーザビリティの高いアプリが誕生した。リリースした翌年には、Appleが選ぶアプリのアワード「Best of 2013」にも選出された。

 「まさか受賞できるとは思っていなかったので、大変光栄でした。受賞を聞いた瞬間は、あまりに驚いて、動けなくなったほどです」

ビジネスを支援してくれた、優しい日本人の存在

 しかし、外国人がCEOを務める東京発のベンチャー企業は当初、大手企業となかなか接触の機会を得ることはできなかった。

 「それでも認めてくださる方はいて、多くの優しい日本人が私たちを支えてくれました。大手金融機関の担当者を紹介してくれたこともありましたし、さまざまな面でサポートしていただきました」

 支援に乗り出した日本人がいたのは、アプリ「Moneytree」には、個人が利用する金融機関アカウントと接続し、利用明細などをアプリ上でチェックできる機能があるが、そのシステムを構築することが容易ではなかったことも大きい。加えて、技術力が評価されただけでなく、その独自技術をプラットフォーム「Moneytree LINK」として開放したことも、支援者を増やすことにつながった。

 「日本の人たちが、私を外国人だと思っていることがわかっています。それでも、自分は日本に対して"外の人"ではなく、自分は"中の人"だと思っている。だから日本のために貢献したい、誰かの役に立ちたい、と常にそう思っています。ですからマネーツリーもプラットフォームとして、オープンにすることで、市場やビジネスの拡大に寄与できたらと考えたんです

マネーツリーを成長させることで、日本に恩返ししたい

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 現在、社員の半数は外国人。誰もが「日本社会に貢献したい」という高い志を持って働いているとポールさんは話す。

 「東京で働く外国人は誰もが、"東京に夢"を抱いているのではないでしょうか。私だって、そうです。自分の夢は、もっと多くの人に、マネーツリーを認知してもらうことで、日本の人たちに、この国に貢献したいと本気で思っている外国人がいることを知ってもらいたいのです。それほど、この国、そして東京は可能性と魅力のある場所です」

 その背景には、自身の体験が影響しているという。「"外国人だから"という理由で日本での物件探しに苦労した経験があります。そのとき、問題解決の第一歩は、まず外国人である自分がどういう人たちなのかを知ってもらうことだと思いました。お互いをより理解できれば、日本で起業しようと考える外国人はもっと増えていくはずですし、すべての人々にとって幸せですよね」

 「日本人の妻に出会い、2人の子どもに恵まれたというプライベートのできごともそうですし、日本、そして東京に感謝することが多くあります。そのため、マネーツリーを成長させ、人々の生活をより快適なものにすることは自分にとって日本への恩返しでもあります。これからも東京発のベンチャー企業として、前進し続けていきたいですね」

取材・文/赤坂 匡介