東京2020大会を機に、スポーツ×テクノロジーはさらに加速し、感動を拡張する──DIAMOND SIGNAL 岩本有平 編集長

 時代を読み、読者に新たな知見を届ける編集者に「東京2020オリンピック・パラリンピック」が未来に残すレガシーを聞く。今回は「挑戦者」にフォーカスしたビジネスメディア『DIAMOND SIGNAL』岩本有平 編集長。
東京2020大会を機に、スポーツ×テクノロジーはさらに加速し、感動を拡張する──DIAMOND SIGNAL 岩本有平 編集長
岩本有平(いわもと・ゆうへい)
DIAMOND SIGNAL編集長。システムインテグレーターなどを経て朝日インタラクティブ『CNET Japan』編集記者。その後AOLオンライン・ジャパン(現:ベライゾンメディア・ジャパン)が運営する『TechCrunch Japan』で編集記者、副編集長を務める。2020年7月の『DIAMOND SIGNAL』創刊より現職。

──新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちの生活は激変しました。岩本編集長の中で、何か変化はありましたか?

 私は元々IT畑の編集記者ですし、個人的にもデジタル活用はしてきた方ですから、今回さまざまな業種で起こった業務のオンライン化には、特に大きな問題なく順応することができました。

 私が編集長を務める『DIAMOND SIGNAL』は、コロナ禍のなかでローンチしたメディアです。リモート主体のコミュニケーションでプロジェクトの準備を進め、現在もオンライン取材や業務効率の改善などでデジタルをフルに活用して記事を制作しています。

 そのなかで、「困ったことはあるか?」と聞かれれば、答えはひとつです。オンライン主体のコミュニケーションになり、「相手の思考を掴みづらくなった」ことです。対面取材では準備の時間の中で自然と雑談が生まれ、取材対象者とビジネス以外の話、たとえば趣味嗜好を知れたり、人間関係がわかったりすることがあります。対面とオンラインでは、同じ取材でも得られる情報量がまるで違うな、と思います。

 たとえば、Aさんとの取材時の雑談から、Bさんに取材しようといった企画が生まれる。そうした"企画が企画を生む"ような流れの構築が難しくなってしまいました。コロナ禍で、効率化を図るツールとしてデジタルは優秀だけれど、決して万能ではないことをあらためて実感しました。

yuhei-iwamoto02.jpeg

──DXの視点で捉えたときに、コロナ禍のなかで開催される今回の東京オリンピック・パラリンピックに期待していることは何ですか?

 デジタルを活用した「共有」ですね。たとえ会場に行けなくても、テクノロジーが補完することで臨場感や感動を「共有」できれば、"新たな価値"が生まれることになるのではないでしょうか。

 私が「共有」をキーワードにしたのは、音声SNSアプリ「Clubhouse」のムーブメントが2021年1月に起こったからです。その背景にあるのは、「時間や気持ちを気軽に共有したい」というユーザーインサイト(利用者自身も気づいていないような願望)だと感じたからです。ただし、Clubhouse以前のSNSは多くの人に情報を共有することを前提にしており、短期間で流行を作るのは得意なサービスですが、意図しない炎上を誘発したりトラブルに巻き込まれたりすることも起きるようになりました。その結果、SNS上での情報発信を恐れる人々も出てきたのです。その点、Clubhouseは音声でコミュニケーションするアプリなので、その時、その場にいなければ会話の内容を十分に知ることはできません。また、音声を文章に直すのは労力が伴いますから、特に注目される会話でもない限り、会話をわざわざテキスト化するような人はいません。そうすると、テキスト主体の検索サービスでは音声コンテンツをデータとして蓄積できないため、後から意図しない形で炎上することもないのです。つまり、「時間や気持ちを気軽に共有したい」というインサイトで今こそ注目すべきは、"共有"ではなく"気軽に"という点にこそあるのです。

 コロナ禍で利用者を伸ばしたデジタルテクノロジーは「会えなくても、気軽に人とつながりたい」という欲求に応えたアプリだった、ともいえるでしょう。Clubhouseの盛り上がりは一段落しましたが、今回の東京オリンピックでは、"3密"を避けることになるでしょうから、自宅のテレビで試合を見ながら、音声SNSで誰かと気持ちを共有する、といった現象が起こる可能性も十分あると思っています。

 TwitterなどのSNSに感想を投稿する人もいると思いますが、双方向のSNSでないと、多くの人と同時に"いま"は共有できません。今回のオリンピックを機に、音声SNSが一気に普及する可能性もあると個人的には考えています。

yuhei-iwamoto03.jpeg

──今回の東京オリンピック・パラリンピックは、さまざまな形で歴史に刻まれる大会になると思います。どのようなレガシーを今後に残せる大会になると思いますか?

 やはり"テクノロジー"ではないでしょうか。現在、すでに次世代移動通信システム「5G」を活用したスポーツのマルチアングル視聴が実用化されています。一人ひとりが自分の見たい映像を選び、楽しむことができる。インフラ整備という課題は残っていますが、臨場感あふれる映像体験が可能となれば、テクノロジーによって感動は拡張されることになります。

 同様に、手などに振動や超音波を当てることで、あたかもそこに物があるかのように感じさせる触覚技術「ハプティクス」を使えば、見知らぬ誰かとテクノロジーを介してハイタッチしながら喜びを分かち合うことだって理論的にはできるはずです。

 コロナ禍という制約があるからこそ、誰もが「会場に行けなくても楽しむ方法」を模索し、テクノロジーを使った新たな感動体験が生まれるのではないでしょうか。スマホ同様、一度味わって便利であれば定着しますから、テクノロジー×スポーツが加速するきっかけの大会になる可能性も秘めていると思っています。

 オリンピックは多くの人々が関心を示す一大イベントなので、テクノロジーの実証実験の場としても活用された歴史があります。1964年の東京オリンピックでは衛星生中継で世界各国に開会式の模様が放送されましたし、2018年の平昌冬季オリンピックでは1200機を超えるドローンによる光のショーが開会式に花を添えました。今回の東京オリンピック・パラリンピックでは選手村を巡回するバスとしてトヨタの自動運転車「eパレット」を利用することになっていますが、これもその例のひとつでしょう。うまくいけば、今後オリンピックで自動運転車を活用することが"当たり前"になっていくはずです。

 人類はそうやってオリンピックを機に新しい一歩を踏み出してきた歴史があります。今回のオリンピックも賛否両論ありますが、数十年後に振り返ったときには、さまざまなレガシーを残しているでしょう。例えば、本大会で達成された世界記録が、数十年にわたって塗り替えられない大記録として残るかもしれません。あるいは、大会期間中に選手のコロナ感染を抑えられれば、それもきっと後世に残る偉業になるでしょう。

yuhei-iwamoto04.jpeg
文/赤坂匡介 写真/鷲崎浩太朗