「学校教育として積極的に扱いたい」現役校長が伝える、パラリンピック教育の魅力と必要性
では実際の教育現場では、どのようにパラリンピック教育が活用されているのだろうか。今回は愛知県・武豊町立富貴小学校の杉江桂校長先生に、自身がこれまで取り組んできた活動と、学校教育におけるパラリンピック教育の意義について伺った。
「自立」と「共生」について考えるパラリンピック教育
――オリパラ教育にかかわるようになったきっかけは何ですか?
杉江桂先生(以下、杉江) 平成26年度から3年間、愛知県の教育委員会・保健体育スポーツ課に勤務したことです。オリンピック・パラリンピック選手の強化事業や、生涯スポーツの事業にかかわっていました。この頃出会った日本福祉大学の藤田紀昭教授や、各競技団体の方々には、のちに学校現場に戻ってからも大変お世話になりました。
――学校教育の枠を越えて、スポーツを広い視点でとらえる仕事をされていたのですね。学校現場に戻られてからもスポーツやオリパラ教育にかかわりを持ち続けたのでしょうか?
杉江 学校現場に戻ったときに、ちょうど『I'mPOSSIBLE』日本版(以下、『I'mPOSSIBLE』)の第一弾が全国の小学校に配布されました。その年、教頭として赴任した学校が愛知県のオリパラ教育推進校に指定されたため、積極的に発信していく立場になりました。その後、校長として赴任した現在の小学校も同様に推進校となったため、気づけば長いことオリパラ教育にかかわっていることになります。
――オリパラ教育にかかわることについて、率直にどうお考えですか?
杉江 オリパラ教育、特にパラリンピック教育は、学校現場で扱う意義の大きいテーマだと思っています。学校とは何をするためのところかという大きな話になってしまうのですが、私は、「自立」と「共生」がキーワードだと思っています。子どもたちの自立を支援し、人との共生を学ぶ。パラリンピック教育の中には、この「自立」と「共生」について考える題材がたくさん詰まっています。もちろんこれはとても奥の深いテーマで、簡単に答えが出るものではないでしょう。でも、だからこそ子どもたちに投げかけることが必要なのです。
――「自立」と「共生」について考えることが、パラリンピック教育の意義だということですね。
杉江 そうです。これからの時代は自分さえよければいいという考えでは社会が成り立ちません。自分を大切にする、人を大切にするとはどんなことか、そして、互いの個性を認め合ってともに生きていくにはどうすればよいか。それを考えさせるきっかけとなるのがパラリンピック教育だと考えています。
――パラリンピック教育を入口にして、人として大切なことについて考えるのですね。
杉江 子どもに何を問いかけるのか?というのはとても大事なことです。スポーツ体験をして、楽しかったかと問いかければ、子どもたちは楽しかったと答えるでしょう。では、スポーツのルールの話から派生して、社会のルールはどうなっているかと問いかければ子どもたちはどうするでしょうか。自分の頭で考えるのではないでしょうか。答えのない問いに対して一生懸命考えることをくり返していくことで「主体的、対話的で深い学び」が実現していきます。パラリンピック教育はとても大切なテーマをたくさん含んでいますから、学校教育としては積極的に扱っていきたいものです。
「座学+実技」の組み合わせがおすすめ
――具体的にどのような形でパラリンピック教育を学校現場に取り入れてこられたのでしょうか?
杉江 現場に戻って1年目は国際理解の観点で、元キャビンアテンダントの方を講師としてお招きし、海外から来た方に対してのおもてなしや海外と日本の文化との違いなどについて、4年生から6年生に向けて道徳の授業をしました。このように、最初はパラリンピックに特化した内容ではなかったのですが、1年やってみて、パラリンピック教育に目を向けた方とのふれあいが子どもたちの見方や考え方を広げるきっかけをつくることになると考え、徐々にパラリンピックに焦点を当てていきました。2年目は、4年生でボッチャやパラバドミントンを体験する授業を行いました。パラバドミントンの選手を呼んで実際に子どもと対戦してもらいましたが、選手の強さに圧倒されていましたね。ほかにも、名古屋市のスポーツセンターから競技用の車いすを借りてきて、本物の道具に触れさせる体験学習もやりました。
――選手に来てもらう(または 選手のプレーを見る)、競技用車いすに乗ってみるなど、本物を体験することは子どもたちの心に残りそうですね。
杉江 やはり本物に触れることで感じるものは大きいようです。ただ、せっかくそこまでやるのに、「楽しかった」「難しかった」で終わらせてしまうのは、とてももったいないなとも思うようになりました。パラリンピックの競技には、「できない」を「できる」にする工夫がたくさんあります。「どうしてそういうルールになっているのか」「競技を極めていくまでの努力は」など、そこから学べること、考えられることがたくさんあるからです。そこでもう一歩踏み込んだ展開にするため、「座学+体験」のセットで授業を行うことにしました。
――座学と体験では、それぞれどのようなことを行うのですか?
杉江 座学では、『I'mPOSSIBLE』を教材として担任が授業を行いました。スライドや指導案、声かけ例なども書かれた授業ガイドなどがセットになっているので、それに沿って進めていくことで、パラリンピックとは何かという基本理解ができます。併せて、具体的な競技の内容やルール、選手の努力、ルールを決めるときの公平性についてなど、バランスよく伝えていくことができます。座学での授業を行う中で、子どもたちからも自然と「その競技をやってみたい!」という声が上がりました。昨年は、授業時数の関係で座学と体験は別の学年で行うことになってしまったのですが、やはり座学で学んで「やってみたい!」という主体的な気持ちが出た上で競技体験を行うと、興味や集中力も全く違いますし、学びの吸収力もよくなります。体験では、ボッチャやゴールボールを実際にやってみましたが、知識と体験とをつなげていくことで、主体的に取り組み、学びや気づきを広げたり、深めたりしていくことができるんだなと感じました。そして、パラリンピックの金メダリストと実際に交流し、体験できたことは、とても大きな財産になったと感じています。
――座学と体験をセットで行うことで、それぞれがより生きてくるのですね。
杉江 今年は、ぜひ同じ学年で座学と体験をセットで展開していきたいです。パラリンピック教育は、道徳科・学活・体育・総合的な学習の時間など、取り扱う教科を柔軟に設定しやすい内容だと思います。いろいろなことに関連づけられるので、学年に応じてうまく授業の中に組み込んでいけるのではないでしょうか。
『I'mPOSSIBLE』は共生社会について学べる宝のような教材
――座学は担任の先生が授業を行ったとのことですが、現場の先生方の反応はどうでしたか?
杉江 はじめは、外部講師の方をお招きして授業をしていただくほうがいいんじゃないかという声もありましたが、担任が子どもとともに学ぶことに意味があると思い、あえて担任の先生に任せることにしました。実際にやってみると『I'mPOSSIBLE』は、とても使い勝手のよい教材で、指導案や映像資料も充実しているので、それほど教材研究や事前準備の時間をとらなくても授業ができたようです。教員もすべてのことに詳しくなって教えようと身構えるのではなく、知らないことがあれば子どもたちと一緒に考えたり学んだりしていくという姿勢でよいのではないでしょうか。大人も子どもも、これからは答えのない社会を生きていくわけですから、そうした姿勢を見せていくことも大事だと思います。
――教材としてよかった点はどんなところですか?
杉江 テーマ設定が絶妙ですよね。中高生版の教材にも目を通してみましたが、修学旅行で車いすの生徒がいるときに、どこで食事をするか、どうやって決めるのかなど、いろいろな人が共に生きていくために大切なことを考えさせてくれます。誰かが合わせるのではなく、みんながハッピーになれる選択肢を考えて話し合っていく。これは多様な個性を認め合って生きていくためになくてはならない視点です。障がいの有無やパラリンピック教育という枠を越えて、すべての人にとっての生きやすさを考えることにつながっているのがすばらしいですね。
――先生方も学びながら、授業にもすぐに使える教材があるとパラリンピック教育も取り入れやすいですよね。
杉江 学校でパラリンピック教育に取り組むときのベースになりますね。担任がこういった授業をゼロから組み立てようと思ったら、たいへんな労力です。『I'mPOSSIBLE』なら授業に必要なものがすべて準備されていて、誰でも、どの地域でもすぐに授業を行うことができます。学校独自の工夫をしたいと思ったら加えることもできます。せっかく配布された貴重な教材ですから活用しない手はありませんね。本当にありがたい教材だと思います。子どもたちに「共生社会」について学んでもらうための原点ともなる宝物のような教材であり、これからを生きていく上で、大切にしてもらいたいことがたくさん詰まっています。パラリンピック教育で得たことは、子どもたちが将来を生きていく上で、きっと心の支えになるでしょうね。
――パラリンピック教育を行ってみて、先生方や児童には何か変化がありましたか?
杉江 授業づくりにかかわった教員は、パラリンピック教育の大切さに改めて気づいたようです。そして、子どもたちには、「共生社会実現のために、自分たちに何ができるか」という意識が芽生えはじめました。九州での豪雨や東北での地震があったときも、「何かできることをやりたい」という声が子どもたちから上がり、子ども中心に募金活動を展開しました。コロナ禍において自粛生活や行動制限などがある中、社会福祉施設へのマスク寄附プロジェクトや富貴小マスコットキャラクターの誕生など、自分たちにできることを考えて創り出していこうという意識が行動になって表れていることに手ごたえを感じています。共に生きるために、他者とどうかかわっていくかということを積極的に考えている様子の一例ですね。
――これからの時代を担う子どもたちに、「人と共に生きる」という意識が芽生えているのはうれしいことですね。これからパラリンピック教育がどのように広がっていってほしいと思われますか?
杉江 自分の学校で取り組みをすることももちろん大事ですが、ほかの学校にも発信して波及させていくことが大切だと思っています。ほかの学校や地域の人たちにも取り組みを積極的に発信したり、授業を見せ合ったりして交流していきたいです。リモート会議などを使えば、研修会も簡単にできるということが武豊町の学校体育部会の取り組みで明確になりました。現場の体育主任の先生から学校へ、学校から町へ、というふうに広がっていったらいいと思います。そのお手伝いが少しでもできたらいいなあと思っています。
「人が好き」「一人ひとりを大切にしたい」という思いを胸に、それぞれが安心して生きていける社会を作りたいと語る杉江先生。人のために行動を起こすことを意識し始めた児童たち。それぞれが感じるその確かな手ごたえ、変化は、パラリンピック教育がこれからの多様な時代を生きていく子どもたちにとって大切な学びであることの証なのではないだろうか。
国際パラリンピック委員会公認教材『I'mPOSSIBLE』日本版
活用事例と教材ダウンロードはこちら
https://www.parasapo.tokyo/iampossible/