東京発、宇宙×ヘルスケアへの期待

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 宇宙に興味を持ったのは息子の影響だろうか。息子はロケットの設計士になるのが夢だと答える。家族でアメリカ西海岸を旅行した時もディズニーランドにも行ったが、息子の記憶にはカリフォルニア科学センターで見たスペースシャトル「エンデバー」が強く残っている。
東京発、宇宙×ヘルスケアへの期待
(カリフォルニア科学センターにて筆者撮影)

宇宙ビジネスの興隆

 2016年には約35兆円規模だった宇宙ビジネスは、2040年代には100兆以上の規模になるという試算もある。イーロン・マスクやジェフ・ベゾスが宇宙事業に多くの投資を行なっていることからも自明であるように、民間企業の参入により宇宙ビジネスはより大規模に、より身近になっていくだろう。

宇宙を起点としたヘルスケア分野のプロジェクト

 宇宙ビジネスというと、宇宙へ行くための技術(ハード面)に注目されがちだが、宇宙における体感・体験サービス(ソフト面)も今後注目され、特にヘルスケアにおけるイノベーションの可能性があると感じている。

 宇宙×ヘルスケア事業の一つは、日常的に宇宙空間へ行き来する際の人体への影響のコントロールだ。無重力空間における筋力低下、メンタルヘルスの問題、快適に過ごすための食事、地上生活とは異なる視点で解決しなければいけないことが多い。

 もう一つは、地球とは異なる無重力空間、地球とは異なる惑星を活用した研究開発だ。地球にはない環境・物質の利用可能性を考えると夢は広がる。

未来に向けた東京発の試み

 宇宙への取り組みはアメリカ、近年では中国を取り上げられることが多いが、日本でも東京の企業とJAXAがコラボレーションするなど、さまざまな取り組みがスタートしている。

 その一例として、「THINK SPACE LIFE 宇宙生活の課題から宇宙と地上双方の暮らしをより良くするビジネス共創プラットフォーム(JAXA) 」が挙げられる。宇宙飛行士の宇宙空間におけるQOL向上へのノウハウを以て、地上生活をより豊かにするためのアイディアに結び付けている点に、宇宙と地上でのライフサイエンス領域のシナジーの可能性が感じされる。身近な例では、現在、新型コロナウィルスの影響による"リモートワーク疲れ"が話題となっているが、宇宙空間という活動に制限のある閉鎖空間でのノウハウを活用することにより、精神的な疲労を和らげることができるのではないだろうか。

 また、創薬関連では、JAXAとSpace BD株式会社による、国際宇宙ステーション「きぼう」における高品質タンパク質結晶生成実験事業が進んでいる 。本プロジェクトは、地上実験では得られない高品質なタンパク質の結晶生成により、タンパク質の立体構造をより詳細に解明し基礎科学の発展を実現するものである。さらに、この情報を基にした新たな分析・設計により、創薬分野への応用が期待されている。既に、本実験を活用した抗がん剤ターゲットの研究筋ジストロフィー進行軽減薬開発の可能性が確認できていることからも、地球上の研究では実現しえなかった医薬品開発と実用化に注目したい。

東京発の宇宙ビジネスへの期待

 20年から30年後の世界は、宇宙は日常の一部になっているだろう。海外旅行に行く感覚で宇宙が身近になっている時代には、宇宙での新しい物質の発見により、現在は治療が難しい病気が治癒できるようになっているかもしれない。地球空間では実現できていなかったヘルスケアイノベーションをはじめとして、新たなWell-beingの実現に向けた人類の選択肢が増えているであろう。

 過去の人類の切磋琢磨の結果が今を創っている。次世代を豊かにするために宇宙への取り組みは欠かすことはできない。子供たちが心を躍らせ興味を持つ宇宙、そして、映画やアニメの中の世界は必ず実現されてきたのではないだろうか。世界をリードするような東京発のさらなる試みに期待したい。

西上 慎司

 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員。ライフサイエンス & ヘルスケアディヴィジョン所属。民間シンクタンクを経て現職。製薬、医療機器メーカーを中心に、マネジメント変革、グローバル組織設計、海外進出支援等のプロジェクトを手掛ける。最近はデジタル戦略・組織構築などDX関連の案件を多数支援。主な著書:「ファイナンス組織の新戦略」(共著)など。
文/西上慎司
構成/松尾智子