「未来の東京」にむけてー自治体がSDGs達成に取り組む理由

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 地球環境戦略研究機関(IGES)の都市計画専門家フェルナンド・オルティス-モヤ氏が、より良い都市づくりにおけるVLR(Voluntary Local Review:自治体による自発的なSDGsレビュー)の役割を解説し、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた東京の取り組みを紹介します。

 VLR (Voluntary Local Review:自発的自治体レビュー)という言葉を耳にしたことのある人はほとんどいないでしょうし、東京都が2021713日にVLRを発表したことを知っている人はさらに少ないでしょう。しかしVLRは、東京などの都市の今後10年、そしてその先の開発に重要な役割を果たすものです。

「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の初心者向けガイド

 まずは基本的なことから説明しましょう。「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は、2015年に国連の全加盟国により承認され、同アジェンダの中で17の持続可能な開発目標(SDGs)が設定されました。SDGsとは、環境面では持続可能性、社会面では公正さ、そして経済面では豊かさの実現に向けての目標を描いた青写真です。

 持続可能な開発に関する国連の主要会合である「ハイレベル政治フォーラム(HLPF)」では毎年、多くの国がSDGs達成の進捗状況を報告します。これらの報告は各国のVNR(Voluntary National Review:国による自発的レビュー)という形式でまとめられています。今年は日本を含む42カ国がVNRを提出し、日本のVNRは新型コロナウイルスのパンデミックの影響について振り返り、政府と若者グループを含む市民社会との間の幅広い関係に主眼を置くものとなっています。なかでも、誰一人取り残されることのない未来の実現を目指した取り組みについての記述は注目に値します。

 残念ながら、各国の多くの指導者は、このような野心的な公約を行動に移そうとするのに苦労しています。本来、SDGsの17の目標の6割以上は各国政府や地方自治体の責任において実現すべきものなのですが、皮肉なことにVNRが地方自治体をうまく巻き込むことができないという状況がこれまでに多々ありました。とはいえ、このような状況にゆっくりとではありますが、改善の努力が行われつつあり、日本、マレーシア、ドイツなどを含むいくつかの国の2021年のVNRでは、各国における自治体の取り組みに言及しています。

地方自治体が持続可能な開発の最前線に立つ

 HLPFは、各国政府向けの会合ですが、近年、地方レベルの行政機関の行動が注目を集めるようになってきています。2018年のHLPFでは、日本の北九州市(福岡県)、下川町(北海道)、富山市(富山県)、アメリカのニューヨーク市などが先頭に立って、地方自治体での活動や進捗状況を自発的に報告し、SDGsの達成に向けて得られた教訓を共有しました。これらの報告をもとにして自治体による自発的なSDGs進捗レビュー(VLR)が生まれました。各自治体はVNRにおける国のレビューに倣ってVLRを作成しています。VLRはまだ公式に認められたものではありませんが、今では世界中の自治体がVLRを巡るこの動きに加わり、それぞれのSDGs達成戦略を進めるためのロードマップとしてVLRを利用しています。

 VLRはまちづくりに対する包括的なアプローチであり、社会・経済・環境の各側面の開発を結びつけるという大きなメリットを有しています。気候変動の軽減や適応、社会的格差やジェンダー間格差の縮小、コロナ禍からの回復など、今後私たちが直面する困難の大きさを考えると、このメリットは大変重要なものといえるでしょう。これらは国家レベルでも非常に重要な問題ですが、人々が働き、遊び、互いにつながり、自然環境と触れ合い、行動を起こす最も基本的な場は自分達の住む街なのです。

 VLRの強みは、それが包括的であるという点にとどまりません。私は最近のレポート「State of the Voluntary Local Reviews 2021: From Reporting to Action(2021年自治体による自発的レビューの現状:報告から行動へ)」(英語)をまとめるにあたり、世界中の都市の担当者と話し合い、VLRを巡る彼らの実体験を聞く機会を持ちました。例えばロサンゼルスの担当者は、作成したVLRそのものよりも、VLRを作成する過程(市民と話し合い、政策の行き届かない点が分かるなど)が重要であると強調していました。VLRを作成している都市が実に多様であることを考えると、各自治体はVLRによって高い自由度をもって、2030アジェンダをカスタマイズし、(SDGsの役に立つ都市ではなく)都市の役に立つSDGsを考えていくことができるでしょう。

 また、VLRの作成は各都市にとって、日々の活動に新しい意味を見出すチャンスにもなります。VLRを作成する過程で、自治体の担当者は市民と一緒にSDGsの観点から政策を見直し、「誰一人取り残さない」という2030アジェンダのモットーに沿って働くことができます。例えば、意識啓発キャンペーン、自治体規模での調査、いろいろなグループが参加するワークショップなどの形で、マイノリティ、弱者、権利を奪われている人々がまちづくりに関わることのできる場を提供することができるのです。

 持続可能性に関するグローバルな議論のなかで、VLRを巡るこのような動きがますます重要になってきているということは、都市の役割に関して一般的に語られる常識が変化しつつあることを示しています。歴史的に見ると、都市はその時々の危機の震源地として描かれてきました。例えば、温室効果ガスの排出や社会的格差などは、本質的に「都市の」問題とされてきました。しかし今、都市はより良い未来に向けた変化の担い手と捉えられています。軽快で、構想力に富んだ対応をとることができる、高い持続可能性を実現できる存在として評価されているのです。

SDGs達成を目指す東京のアクション

 東京も、SDGs達成に向けた行動を取っている多くの都市の一つです。東京の新たなVLR「Tokyo Sustainability Action」(英語)では、コロナ禍からの回復、脱炭素化、社会の超高齢化・人口減少への対策、自然災害に対する強靭化、気候変動の影響軽減など、様々な難題の解決に向けて東京がとるべき戦略の概要が示されています。東京はこの報告書の中で、2030年、2040年、さらにその先の将来まで見据えた野心的な中長期的のビジョンを明らかにしています。

 SDGsの達成に向けての東京の取り組みは、「人」を中心に置いているという点で好ましいものであるといえるでしょう。取り組みの主たる目標は、人が輝くインクルーシブな都市の実現です。東京を世界で最も素晴らしい都市にするのは「人」であるという考えが現れています。つまり、東京のVLRは、人が輝く、持続可能な生活を送ることができるインクルーシブな都市をつくるという東京都のビジョンを反映したものになっています。

 東京都のVLRのベースとなった都の基本計画未来の東京戦略をみると、例えば「女性の活躍推進戦略」では指導的立場におけるジェンダー平等の実現や、女性が自らの希望に応じた生き方を選択できるようにすることが掲げられています。また、都が策定する「ゼロエミッション東京戦略」では、2030年までに再生可能エネルギーの利用割合を50%程度まで高めることが表明されています。

 「未来の東京」はすでに実現に向けた歩みを進めています。東京はこれまでも強さと創造性をもって献身的に都民をエンパワーメントしてきました。SDGs達成に向けた東京の戦略は、東京が持つこれらの資質を反映しており、持続可能で公平で豊かな「未来の東京」実現に向けやアクションへの道を開くものとなるでしょう。ビジョンの実現に向けて人々と行政が手を携えて進んでいくことを願っています。

フェルナンド・オルティス-モヤ

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 人文地理学を学んだ建築家であり都市プランナー。世界の都市システムの変容、特に縮退都市に焦点をあてた研究を行い、衰退に起因する問題についての各国の反応を分析する。縮退都市の研究では映画という視点からのアプローチにも取り組み、映画というメディアが人工的環境に生ずる変化をどう描いているかの分析などもおこなった。近年は、気候変動に対する都市の取り組みを研究。中国の寧波諾丁漢大学での勤務を経て、現在は、日本の地球環境戦略研究機関(IGES)に政策研究員として従事。東京大学で建築学の博士号を、エディンバラ大学で都市研究分野の修士号を、マドリード工科大学で建築・都市計画分野の建築学修士号を取得。
文/フェルナンド・オルティス-モヤ 写真/Getty Images