日本古来の文化をみなおし、未来を紡ぐ「リシンク」:舘鼻則孝|TMC トーク Vol.10

 本記事は2021年8月29日に 東京都メディアセンター(TMC) が実施したTMC Talksでの現代美術家、舘鼻則孝氏の講演を書き起こしたものです。
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日本古来の文化をみなおし、未来を紡ぐ「リシンク」|TMC トーク Vol.XX

 舘鼻則孝です。よろしくお願いします。「日本古来の文化を見直し、未来を紡ぐ」というテーマで、日本文化における現代の新たな価値に焦点を当て、現代美術家である私の視点から、本日はお話をしたいと思います。

 古くから受け継がれる伝統と、革新を続ける最先端のカルチャー。その2つが共存し、新たな価値をエネルギッシュに生み出す東京において、どんなに素晴らしい文化、伝統であっても、国内外で認知され普及しなければ 廃れていってしまうのも事実であります。私が考えるアーティストの活動とは、そのような新たな価値を現代に定義することだと考えています。また、東京において、そのようなことに思いを巡らせることは、「Old meets New」という文化的背景を理解することに始まります。

 アーティストである私自身の創作活動の概念を「Rethink」という言葉で表現しています。「Rethink」とは、日本古来の文化を見直し、未来へ向けて新たな文化を紡ぐことを意味しています。それは脈々と積み重ねられてきた古来の文化の延長線上に、現代の文化があり、そのさらに先に未来の伝統文化があることを示しています。歴史上、様々な変革期があった中でも、途切れることなく継承され続けている文化や伝統は現在でも東京に息づいています。

 写真は私の代表作でもある「Heel-less Shoes」という靴の作品です。本作も、日本の伝統的な履物である厚底の下駄を「Rethink」して生まれた作品です。

 東京には江戸時代から100年以上続く老舗が3000社以上も存在します。そこには様々な技、文化、そして伝統が息づいています。そのような事柄を継承し続けることは容易ではなく、経済発展の中で失われてしまった匠の技も多く存在します。しかしながら、それと同時に、新たな価値感やライフスタイル、またテクノロジーによって進化を続ける分野があることも事実であります。

 時代は変わっても、変わるべきでないもの、時代が変わるからこそ、変わるべきものを見極め、「新しいことにチャレンジすることが未来の伝統になる」。私がアーティストとして取り組んできた活動はこのような日本東京の、東京の積み重ねられてきた価値観が礎となり、この中で育まれてきたクリエイティビティとも言えるでしょう。新しいチャレンジをすることによって生まれてくる新しい価値観はたくさんありますが、そのような新しい価値は生まれた瞬間から広く認められることはありません。しかし、そのようなチャレンジをする人がいなくなってしまうと何も前に進まなくなってしまいます。

 私自身、東京藝術大学で卒業制作として発表した作品、「Heel-less Shoes」は学内では高く評価されることはありませんでしたが、後に米国歌手のレディーガガさんに見出されたことで国内より先に海外で評価を得ることになりました。卒業制作のみならず日本の伝統工芸を専攻していた学生時代の作品までもが、海外の美術館に永久収蔵されることになりました。

 自分は常にトップランナーとして走り続け、次の100年に生きる新たな伝統を作り、その素晴らしい魅力を東京から世界へ伝えていきたいと思っています。また、そのような活動を通して新たなチャレンジで生まれる多様な価値観が受け入れられ、認められる世の中を作っていきたいと思っています。先だってお話をしましたが、私自身の創作活動の概念を、「Rethink」と表現しています。それは、日本古来の文化を見直し、未来へ向けて新たな文化を紡ぐことを意味しています。また、作品自体にどのような意味を付与して表現するかということを、作家としてのテーマとして追求し続けています。

 大学時代には東京藝術大学で伝統工芸技法の染色を専攻し、中でも友禅染を、友禅染の技法研究という観点から、着物を制作したり、日本の履物である下駄を制作していました。中でも私が着目したのは、江戸時代の前衛的なファッションとも言える花魁の装束でした。そのようなことをきっかけに、江戸時代の大衆文化から公家、武家の文化、また、明治時代の文明開化など、日本独自の文化や衣装を研究対象としたことが「Rethink」の活動に繋がっています。

 江戸時代の花魁の「高下駄」から着想を得た「Heel-less Shoes」を卒業制作として発表したことが、現在の活動の出発点となっていますが、伝統的な履物である江戸時代の「高下駄」を、そのまま現代によみがえらせるのではなく、西洋の履物である「靴」を通して見ることができる、現代のファッションという視点を重ね合わせました。写真の浮世絵は、作品の参考とするため、実際に私が蒐集している江戸時代の貴重な資料です。足元の「高下駄」や、たくさんの「かんざし」が特徴的です。

 戦後の経済成長とともに急激に洋装化が進んだ日本でありますが、そのような変革期を経た現在でも、洋装の中に見ることができる日本の独自性を現代的な意味として付与しました。「下駄のような厚底の靴」は海外で「Heel-less Shoes」と呼ばれるようになり、日本人である私の厚底という視点と、海外からのヒールをレスした、取り去ったという双方の視点からの違いが伝統文化を内包する核心的な価値感を表しています。他にも日本の伝統文化から着想を得て、現代的な意味を付与した作品を発表してきました。

 写真は、歴史の転換の中で、現在では用途を放棄し、美術品として扱われる日本刀。その日本刀の拵え(こしらえ)と呼ばれる外装の鞘(さや)を最新テクノロジーを用いて、アクリル樹脂で制作した彫刻作品です。 次の写真は武士の潔い生きざまを主題とし、私の故郷でもある武家の古都、鎌倉の椿をモチーフとした彫刻作品。伝統的な鋳物の技法で制作されています。

 私が、推進委員を務めている東京都「江戸東京きらりプロジェクト」について、ご紹介します。東京都では、2016年に「江戸東京きらりプロジェクト」をスタートしました。「Old meets New」をコンセプトに、新しい分野に挑戦する意欲ある「老舗」を磨き上げ、新たな伝統の形として紹介することにより、東京の魅力を国内外に伝え、未来に繋げるプロジェクトです。

 私は2021年3月にオンライン展覧会「江戸東京リシンク展」のディレクターを務め、このプロジェクトで支援をする職人と協働する機会を得ました。私自身は展覧会ディレクターとして、展覧会全体の監修や会場の演出など、展覧会構成を担うとともに、作家として東京都の伝統産業に従事する職人との職人の匠の技とコラボレーションして、作品を創作しました。

 このプロジェクトのコンセプトである「Old meets New」は私の創作活動の概念でもある「Rethink」とも共鳴する概念で、これまで途切れることなく続いてきた「日本の歴史」や「伝統」という時間軸の途上にある「現在」に、現在なりのマイルストーンを置く作業として、「江戸東京リシンク展」ではコラボレーション作品を発表しています。特に「東京くみひも 龍工房」「刃物うぶけや」、「小町紅 伊勢半本店」とは、各工房が継承し続けている文化的に価値のある要素から着想を得て、作品を生み出しました。

 写真を順番に説明していきます。江戸の男性たちの羽裏から着想を得た表裏で異なる2色を用いた組紐の作品。生け花で用いる刃物である鋏を新たな生命を送り込む要素として昇華させた花ばさみの作品。紅の赤い色と雷の共通の意味合いである「魔除け」に焦点を当てた紅の作品。古くから受け継がれる伝統と革新を続ける新たな文化が共存する東京において、過去を振り返ることは、未来へ前進することに他ならず、それは現在でも止まることなく繰り返されるクリエイティビティのアップサイクルとも言えます。

 私は、この東京で「東京2020大会」が開催されることを誇りに思い、世界の方々が東京で「新たな価値観」と出会うことを願っています。

舘鼻則孝(たてはな のりたか)

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 1985 年東京生まれ。東京藝術大学の卒業制作で江戸時代の花魁の高下駄から着想を得た 「ヒールレスシューズ」を制作。この試みが、米国のアーティストであるレディー・ガガの目 に留まる。 「リシンク」を創作活動の概念に掲げ、日本文化のコンテクストを再創造する作品群は世界 的に高く評価。今まで花魁、人形浄瑠璃文楽、刀剣、日本人の死生観といった伝統的価値観 に、現代的な意味を付与することで今の時代に表現する試みを続けてきた。その作品は、米国 メトロポリタン美術館、英国ヴィクトリア&アルバート博物館などに収蔵されている。 「江戸東京きらりプロジェクト」の推進委員も務める。
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