水害に強い東京に向けた分野横断的取り組み:大原美保|TMCトーク Vol.13

 本記事は2021年9月1日(防災の日)に東京都メディアセンター(TMC)が実施したTMC トークでの大原美保氏の講演を書き起こしたものです。
動画はこちら

 皆さん、こんにちは。大原美保といいます。今日は「水害に強い東京に向けた分野横断的取り組み」についてお話をさせていただきます。

 

 私は国立研究開発法人土木研究所水災害リスクマネジメント国際センター(略称 ICHARM)で防災やリスクマネジメントの研究に携わっています。ICHARMは、国立研究開発法人土木研究所の中にユネスコ後援の研究センターとして設置されており、水災害に関する研究や、政策研究大学院大学防災学プログラムと連携した能力開発や研修、ユネスコ等国際機関等との情報ネットワーク活動などを行っています。

20210909202318-b9211dad3bd82b5dfef8fbf602f8620a61355f7c.png

 約100年前の今日、1923911158分に関東大震災が起き、ここ東京は壊滅的な被害を受けたことから、91日は「防災の日」とされています。パラリンピックを開催中の、ここ首都東京は、現在人口約1404万人が住む巨大都市です。本日は東京の水害についての取り組みをお話させていただきます。

 東京都は東西で約90キロありますが、黄色の枠で示したような形をしています。東部地域にズームしてみますと、隣接する神奈川県との境には多摩川が、千葉県との境には江戸川が、埼玉県との境には荒川、東部地域には隅田川などが広がっています。東京は、これらの川が東京湾へと流れ込む河口のデルタ地帯に広がっており、水害のリスクにさらされています。世界には同様に河口部に立地した大都市が多数存在しており、水害に強い地域づくりは世界共通の課題と言えます。

20210916182817-75b13acd8e4872d27e7c319dad910d6e4670ff5b.png

 上の図は、東京都内の標高を示したものです。西部には標高の高い丘陵地が広がっていますが、東に行くにつれて標高が下がり、東京の東部には、海抜ゼロメートル地帯が広がっています。東部にズームしてみますと、さらによくわかります。特に、葛飾区、江戸川区、墨田区、江東区、足立区の東部5区には、右端の図でピンク色に示しました、東京湾の満潮面以下の地域が広がっており、水害リスクがあります。これらの地域には150万人が居住しており、いかにして住民の安全を守るかは大きな課題です。

 水害リスクを抱えた地域を守るため、様々な多重の防御、対策が講じられています。河川堤防や防潮堤はよく目にするかもしれませんがその他、ダム操作、水門の開閉による水位の制御、それを支えるリアルタイムでの水位観測や、CCTVカメラによるモニタリングなど様々です。これらが常に皆さんの安全を守っています。

20210916182846-02d1cd1ccbf1fb3f2f6a9fc3793f42683d309a38.png

 2019年10月に台風19号「Hagibis」が日本列島を襲いました。東京都などにも大雨特別警報が出され、東日本に甚大な影響を及ぼしましたので、「令和元年東日本台風」と名付けられています。豪雨により、荒川の水位が上昇し、上の図で黄色の星印の地点にある岩淵水門地点では、水位7. 17 mを記録し、観測史上3番目に高い水位になりましたが、幸いにも堤防により、浸水を免れています。

20210916182917-32e1cbaa39732563012195e1167c0f91c3358a07.png

 河川の断面で見ますと、7.17 mというのはこのレベルになります。上の写真はピーク後の写真なのですが、堤防ギリギリまで水がきている様子がわかります。荒川での治水整備は200年に一度の規模の大雨でも、出水しないよう計画設計されており、これは我が国では最も高い防御レベルの水準です。河川堤防だけではなく、荒川には水を貯留するための調整池も設けられており、この台風時には3,500万立方メートルの氾濫水を貯留し、下流の東京都内に水が流れるのを食い止めました。河川堤防、調整池、水門など多重の防御により、首都東京は守られています。

 しかしながら、万が一も考えた備えも重要です。日本では水防法により洪水ハザードマップの配布は市町村の義務です。先ほど荒川の治水整備の計画規模が200年であると話しましたが、その200年に一度の規模の大雨により、万が一氾濫した場合の浸水の深さを想定したものが、こちらの洪水ハザードマップです。

20210916182954-0f8db4849eea81b77f020322b1a84273cb65ae33.png

オレンジ色が浸水深0. 5から3 mで、建物の1階が浸水する地域。濃いオレンジやピンク色は3 m以上で2階も浸水する地域です。荒川の下流域に広く浸水が想定されており、特にゼロメートル地帯が標高は低いので、1階が水没して浸水が2週間以上続く地域が生じます。地下鉄や地下街にも、甚大な被害が生じる可能性があります。

 2011年311日に東北地方で発生した大地震は巨大津波をもたらし、死者約16,000人、行方不明者約2,500人という被害をもたらしました。私達はこの災害を忘れることはできません。東北沿岸の津波リスクは、認識はされていましたが、このような巨大な規模は想定されておらず、私たちは「想定外」をなくすということの大切さを認識しました。この災害後、日本の防災は最大規模の災害を想定した対策へと大きく転換しました。

 2015年には水防法が改正され従来からの計画規模を想定した洪水等に加えて、最大規模の洪水、高潮、内水位の想定を行うことになりました。先ほどご紹介した200年に一度の大雨のマップはレベル1マップ、この最大規模のマップは、1,000年に一度の大雨を想定したレベル2のマップとなります。レベル2では、着色した浸水範囲が大きく広がり、浸水が広く、深くなっていることがわかります。この浸水域には250万人が居住しています。

20210909204847-ba98067149dce2d92c3af7a5c444eb7f66e10b92.png

 もし本当に、この規模の大雨により洪水が発生する場合、浸水域内への「域内避難」では長期の浸水が続く中で、二次的な人的被害や健康被害も生じるため浸水区域外への「広域避難」を行う必要があります。しかしながら、浸水域内には約250万人が居住しており、これらの多数の人々の避難の実現はなかなか困難であり、大きな課題と言えます。

20210916183023-04aea476a7ef62d3a692ebe7cd1d26c469b3412f.png

 日本では1961年に制定された災害対策基本法に基づき、国レベルでの防災機関である中央防災会議が防災基本計画を策定します。私自身も中央防災会議に委員の1人として参加しています。また、指定行政・指定公共機関による防災業務計画、都道府県の地域防災計画、市町村の地域防災計画、地区レベルでの地区防災計画が作成され、災害対策が行われています。

 しかしながら、広域避難のように、市町村や都道府県をまたがるような災害に対しては、このフレームワークだけでは十分ではありません。最大規模の災害は、誰も経験したことがない未曾有の災害です。自治体だけでなく、河川管理者、気象台に加えて、消防、警察、医療機関、鉄道会社とマスメディア、企業など様々な機関が連携して、知恵を出し合い、最善の対策を考える必要があるのです。さらに現在では、水害時の避難先で新型コロナウイルス感染症に感染するリスクもあり、保健所や医療機関との連携も大変重要になっています。2017年には水防法が改正され、大規模氾濫減災協議会の仕組みが創設され、様々な機関が集まり議論できる場が導入されました。

20210909205425-f1c691aa86d6927088e5eea35802e8e4d338f593.png

 荒川水系においても、12の区が参加する大規模氾濫減災協議会が設置されています。また、市町村レベルでも、東京東部の5区による江東5区広域避難推進協議会があります。加えて、首都機能を守るために国レベルでの中央防災会議においても、洪水・高潮氾濫からの大規模広域避難の検討会が開催され、氾濫シナリオを設定した上での具体的な検討が行われまして、私自身も参加していました。その後は29の機関が集まり、組織、分野を超えた横断的な検討を行う広域避難検討会に発展しており、国、都道府県、市町村、関連機関が一丸となって最善の広域避難方法を検討しております。

20210909205556-3bf24dea6d3d8912d16141ed3c9915cdee244652.png

 このように検討が進んだとしても最後に避難するかどうかは一人一人の判断です。いざという時に適切に避難してもらうには情報を正しく理解して、命を守る行動ができる情報の受け手側のリテラシーが必須です。東京では台風が近づいているときなどに備えて、東京都は「東京マイ・タイムライン」という教材を開発して、教育委員会とも連携して、小中学校・高校などにも配布しております。

 これは、大雨が長引くときや台風が近づいているとき、短時間での急激な豪雨が発生するときに、自分や家族が避難情報や洪水の予警報に基づいてどのように対応すべきかをイメージして考えるための教材でして、私も監修者の一人として作成に参加しています。ワークシートになっており、このように、災害状況をイメージしながら、自分や家族がどう対応するかなどを書き込みます。

20210909210243-bb434ee163cf07042f99573d001b793acb3d9f84.png

 また、ITツールとの連携として、東京都は東京都防災アプリというアプリを開発して配布しています。洪水ハザードマップで浸水が想定される区域をチェックしたり、河川の水位、雨量、監視カメラなどのリアルタイムな情報を閲覧したりでき、一人一人の適切な判断を支えるための情報提供を行っています。

20210909210323-d3f5d930e78627503ccdadfadd3c4152435579b9.png

 浸水が想定される地域には、今も約250万人が住み、水害リスクと共に暮らしています。東日本大震災を機に、日本では最大規模の災害を想定して「想定外」をなくすための対策に取り組んでいます。誰も経験したことがない、最大規模の未曾有の災害に対しては、様々な機関が連携して知恵を出し合い、最善の対策を考えていく必要があります。

 そして何より、皆さん自身が災害時に正しい判断を行い、命を守る必要があります。日本では10月も台風が来ますので、ぜひ、今いる場所の水害リスクを確認したり必要な対策を考えてみたりしてください。

大原美保

 国立研究開発法人土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)主任研究員/政策研究大学院大学防災学プログラム連携教授専門は災害リスク評価・マネジメント。東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修士課程・博士課程で学んだ後、博士号(工学)を取得。東京大学生産技術研究所及び東京大学総合防災情報研究センター准教授を経て、2014年に国立研究開発法人 土木研究所 水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)主任研究員に着任し、国内外の災害リスク評価の研究に携わる。また、政策研究大学院大学防災学プログラム連携教授として、行政職員の教育・研修等にも従事。中央防災会議委員、内閣府 政府業務継続に関する評価等有識者会議、内閣府 防災スペシャリスト養成企画検討会委員、文部科学省 科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会防災科学技術委員会、日本学術会議連携会員等にも従事している

記事中の文言は、実際の発言内容と必ずしも一致するものではございません。