世界で同時にじわり広がる、都市生活者が自然や農を楽しむ半自給の暮らし方

出典元: Sustainable Brands Japan 2021年8月11日記事
 長引くコロナ禍の影響で、世界の都市生活者がある共通の暮らし方を志向している。デンマークでは、都市に住む人が週末を自然の中で過ごすための庭や菜園のあるコテージ「コロニーヘーヴ」がファミリー層だけでなく若者にも人気だ。ドイツでも同様に郊外の滞在可能な小屋付きの農園「クラインガルテン」で過ごす人が増え、園芸がブームとなっている。日本でも園芸用品の売り上げが好調で、リモートワークが普及するにつれ、二地域居住への関心も高い。米国でも都市のコミュニティガーデンが注目を集める。どの国でも、コロナ禍がきっかけとなり、コンパクトな生活圏で暮らし、かつ働き、野菜などを手作りして半自給を楽しむというリビングシフトの傾向がより顕著になってきている。
世界で同時にじわり広がる、都市生活者が自然や農を楽しむ半自給の暮らし方
米国で広がる学校の一部を農園にする「エディブルスクールヤード」

若者にも人気が広がる、デンマークの「コロニーヘーヴ」

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1区画に小さな小屋と庭(ヘーヴ)が5つ以上集まっている集合体(コロニー)が「コロニーヘーヴ」(写真:Jens H. Jensen)

 主に都市生活者が夏の週末や休暇に家族や友人と行って、野菜や果実を栽培したり、バーベキューを楽しんだり、自然をゆっくり楽しむ息抜きの場所として機能しているデンマークの「コロニーヘーヴ」はその歴史も古く、産業革命で都市の人口が増えた1800年代の終わりから作られ始めた。

 現在はコロニーヘーヴ協会が、国有地や私有地のうちコロニーヘーヴに指定されている土地や同協会が所有する土地を、個人に貸与する。コロニーヘーヴを使いたい人は、その権利を購入し、コロニーヘーヴ協会に管理費を支払う仕組みだ。

 土地を購入するのではなく、コロニーヘーヴの権利を売り買いするため、普通の住宅に比べると、10分の1程度の価格で権利を購入することができるという。所有者による家の改装も可能で、自分たちで手を動かして住宅の修繕をすることが習慣となっているデンマークの人たちは、自分たちで修繕や改装をしたり、庭を作って楽しむことが多い。

 但し、定住が許されるのは年金生活者などに限られ、一般的には住居は他にあることが条件であったり、冬は閉鎖されるところもある。

 このコロニーヘーヴ、以前は家族での利用が主流だったが、パンデミックを経て、若者の購入が増えているという。デンマークの国営放送でも、若者がコロニーヘーヴを購入することが増え、販売中の物件が売れるまでの期間が短くなったと報じている。

 この理由について、デンマークに住むガイド・通訳・コーディネーターのウィンザー庸子さんは「デンマークは昔から自然や環境を大切にする風潮があり、特にコロナ禍では、家族で集まったり、自然の中で過ごすことの大切さが再認識され、若者にもコロニーヘーヴを求める人が増えているのではないか」と話す。

ドイツでは「クラインガルテン」やコミュニティ農園が盛況

 ドイツでもドイツ語で「小さな庭」を意味する「クラインガルテン」が人気だ。こちらも200年の歴史がある農地や菜園のレンタル制度で、寝泊りができる小屋がついていることが多い。

 都市に住む人が近場に借りて、野菜や花を育て自然の中でゆっくり過ごして食事を楽しむ。コロナウイルスによる行動制限以降はクラインガルテンが市民の憩いの場となっているという。

 クラインガルテンを持たない場合もコミュニティ農園が数多くあり、そこでは野菜を育て、地域住民が交流し、土に触れながら自給率を高めることができる。ロックダウン時にドイツで最も売れ行きが伸びた商品の第2位が園芸用土となったことからもその傾向がわかる。

米国で広がる「コミュニティガーデン」と「エディブルスクールヤード」

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教師、そして近隣の人も参加して畑を作り、給食の材料にも使う「エディブルスクールヤード」(カリフォルニア州バークレイ マーティン・ルーサーキングJr.ミドルスクール)

 米国でもその傾向は明らかだ。ニューヨークやサンフランシスコなど大都市でもコミュニティ農園がブームとなっている。庭や栽培する環境がない世帯でも、市内の至る所に点在する「コミュニティガーデン」(地域農園施設)を利用することができる。

 たとえば、サンフランシスコでは市の公共施設「レクリエーション&パーク」が市内に40カ所以上あり、コロナ禍で利用者は急増しているという。土を耕し、オーガニックの野菜を育て、食べることができる楽しみに人々が目覚めているようだ。

 サンフランシスコ市内にはまた、学校内に子どもたちと地域の人が交流しながらオーガニック野菜を育て、それを教育にも生かしていく「エディブルスクールヤード」(食べられる校内菜園)が30年前から始まり、全米に広がっている。

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水の使用量を減らし、土を乾燥から守る農法を説明する手書きの看板(マーティン・ルーサーキングJr.ミドルスクール)

 これは、1990年、バークレーのレストラン「シェパニーズ」のオーナーで活動家のアリス・ウォータース氏が始めたもので、荒れた学校のコンクリートをはがして耕し、子どもたちに「食べ物はどこから来るのか、どう育てるのか」を学ぶ機会を提供した。今では野菜くずや鶏のフンなどからたい肥をつくり循環型の暮らしを学ぶなど、環境教育でも大きな成果をあげている。

日本でも、自然に親しみながら働くコンパクトな暮らし

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日本でもコロニーヘーヴを広げようと、神奈川県小田原市に2008年、デンマーク人のイエンス・イエンセンさんによってコロニーヘーヴのモデル「エノコロ」が作られた(写真:Jens H. Jensen)

 日本でもこの傾向はもちろん例外ではない。コロナ禍で、ホームセンターでは野菜・園芸コーナーがにぎわい、特に20代~30代など若年層の関心が高まり、初心者向けの栽培キットも売り上げが拡大した。

 首都圏や関西で約100カ所の貸農園を運営・管理する「アグリメディア」(東京・目黒)では、昨年5月の新規契約件数は前年比の約2倍となった。

 しかし、日本は公営の市民農園の整備について欧州ほどの規模はなく、活動する人も一部に限られている。そのため都市で暮らしながら地方にもうひとつの拠点をもつ「二地域居住」にも関心が集まる。

 リモートワークが普及したことも背景にあるが、国土交通省の二地域居住(デュアルライフ)への関心調査では、「日常を離れ、静かに暮らすことができる」「豊かな自然にふれあえる」ことが魅力として多く挙がった。

 世界各地の都市生活者の傾向に見える、土や自然と寄り添いながら都市で働くコンパクトな暮らし。そこには、コロナ禍という要因が引き金になりながらも、本当の意味での暮らしの豊かさを追い求める人々の共通の思いがありそうだ。このようなリビングシフトは今後も同時進行的に深まっていくムーブメントなのかもしれない。

箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

 環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。
 http://gogreen.hippy.jp/