混沌とした労使関係:日本の視点から

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 不確実性かつ混沌とした世界で労使関係がどのように進化することができるのか。今後、不確実な未来で成功するには労使関係の道筋をどう付けるべきかについて、説得力のあるビジョンを持つことが重要である。

1. 流動的な労使関係

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、労使関係に緊張と試練を与えています。企業は、労働者の健康、生活、尊厳を支援することをかつてないほど求められており、その成否がますます厳しく問われるようになっています。その結果、何年もかけて起こるような労使関係の変化が、数カ月の間で起こるようになりました。最近の調査によると、日本の労働者の63%が会社を辞めようと考えており、そのうち37%が積極的に転職活動をしています。その一方で、80%の企業が自社業界の人材不足を懸念しており、テクノロジー企業の48%は、スキルと人間的能力を適切に併せ持つ人材の確保について「非常に懸念している」と答えています。パンデミック以前の労使関係について私たちがどう考えていたにせよ、現在の労使関係が流動的であることは間違いありません。

 しかし、労使関係が今後どのような形になるのか、それが日本の労働者と企業にどのような影響を与えていくのかについては、あまり明らかではありません。デロイトの「Deloitte's 2021 Human Capital Trends Special Report」では、不確実性をはらむ混沌とした世界で労使関係がどのように進化し得るのかを探るとともに、今後、不確実な未来で成功するためには、労使関係の道筋をどう付けるべきかについて、説得力のあるビジョンを持つことが重要であることを強調しています。

2. 人材供給と政府の影響力:労使関係の鍵となる文脈

 この調査では、労使関係がどのように進化し得るのかについて、最も影響を与える可能性の高い要因を考察しています。経済成長、ビジネスにおけるテクノロジーの活用、予期せぬ災害、気候変動、教育・富・健康などへのアクセスに関する社会的格差など、さまざまな要因を検討しました。調査の結果、将来の労使関係に最も大きな影響を与える可能性があると考えられたのは、人材の供給と政府の影響力という2つの要因でした。

2.1. 人材供給

 高齢化社会を迎えた日本では、人材の供給が長年の懸案事項となっています。OECDの報告書によると、日本はOECD加盟国の中で最も高齢化が進んでおり、2050年までに65歳以上の割合が79%に上昇し、その結果、人材供給が2000万人減少すると予測されています。人材供給の減少による最も顕著な影響は、適切なスキルを持った労働者を確保することや就職の難易度に応じて、組織や労働者がとるさまざまな行動に表れます。例えば人材供給は、組織が再教育に投資する可能性があるかどうかや、労働者がどの程度まで企業やキャリアの変化を求めるか、組織が必要とするスキルや能力にアクセスするために代替労働力をいかに活用するか、組織が労働力の代替、増強、協力のためにテクノロジーをどの程度利用するかに影響を与える可能性があります。

2.2. 政府の影響力

 パンデミック後の世界における政府の行動において、一貫性、スピード、効果は、いずれも労使関係の変化に影響を与える可能性があります。政府が効果的に社会変革を推進するとともに、雇用と賃金を保護し、セーフティーネットと福利厚生を強化し、教育へのアクセスと再教育への投資を増やす公共政策や規制を定めれば、労働者はこれまでほど企業に依存することなく、これらの支援を受けられるようになる可能性があります。日本では、政府が非常に高いレベルで労働者を解雇から法的に保護しており、解雇には、法的な解雇要件を満たしているかどうかを精査する必要があります。実際、世界経済フォーラムによると、日本は世界で最も企業による正社員の解雇が制限されている国の一つであり、これは、労使関係が伝統的に終身雇用で定義され、労使双方の強い忠誠心と安定感に基づいている日本の文化に由来しています。

3. 労使関係に考えられる4つの未来

 調査結果に従い、人材供給と政府の影響力という2つの要素を用いて、日本における労使関係がどのように進化し得るかを示す4つの潜在的な「未来」を探ります。
 
  • ファッションとしての仕事:「ファッションとしての仕事」の未来では、企業は労働者の感情、競合他社の行動、市場の動向に振り回され、それらの行動を持続可能な労働力戦略に結びつけることなく、常に動き回っています。
  • 人材間の戦争:「人材間の戦争」の未来では、企業は労働者を交換可能で簡単に取り替えられるものと見なし、一方で労働者は企業との関係の質よりも、仕事をめぐって互いに競争することに関心を持ちます。
  • 仕事は仕事:「仕事は仕事」の未来では、労働者と企業はそれぞれ仕事上のニーズを満たすために相手に依存していますが、双方ともに労働者は仕事以外のところで意義や目的を見出すことを期待しています。
  • 解き放たれた目的: 「解き放たれた目的」の未来では、目的を共有することが労使関係の基盤であり、両者を結びつける最も重要な絆であると労使双方が考えています。
図1:可能性のある4つの未来が示す労使関係のシナリオの幅

 なお、これらの4つの未来は包括的なものではなく、解説を目的としたものです。それぞれの未来は共存することになり、これらに優劣はありません。また、好ましい未来というものもありません。それぞれの未来では、労使双方が自らの選択に基づいて特定の強みを発揮できるようになるとともに、管理すべき特定のリスクが発生します。組織は、労働者のニーズと期待、業界、地域、コミュニティー、そして事業を行う法的枠組みに応じて、これらの未来の組み合わせに身を置くことになります。

3.1. ファッションとしての仕事

 「ファッションとしての仕事」の未来では、企業は常に労働者の感情、競合他社の行動、市場の動向に振り回されます。労使関係における対応が後手に回り、企業は労働者の好みや競合他社の動きにその場で対応しなければならないと感じているものの、それらの行動を持続可能な労働力戦略と結びつけることはありません。これは、ブランドが季節やサイクルに合わせて新しいコレクションを発表し、消費者の一瞬の関心や欲求を引きつけるために、ランウェイから小売店へと迅速に展開させるのと同じく、一過性で絶えず変化する未来です。

 人材の供給が不足し、政府の影響力が小さいと、「ファッションとしての仕事」の未来に向かう条件が整う可能性があります。人材供給が不足すると、労働者、特に熟練労働者にとって売り手市場となります。このような状況では、労働者は各企業が何を提供しているか、そしてそれがどれだけ自分のニーズを満たしているかを基準に企業を選ぶことができます。一方、企業は労働者の注目と承認を勝ち取るために、労働者の好みや競合他社の動向に敏感になるでしょう。これは、労働者が企業の注目と承認を勝ち取るために競争する「人材間の戦争」の未来と対を成すものです。また、政府の影響力が小さく、医療へのアクセス、職場の保護、再教育の機会など、労働者が必要だと感じているサポートが提供されない場合、労働者は他の職場では手に入らないものを企業が提供してくれることを期待します。人材が不足しているため、労働者が優位に立ち、物事を要求できる立場にあります。

未来が「ファッションとしての仕事」に向かっている可能性を示す兆候

  • 労働者調査やその他のヒアリングツールへの企業の依存度が高まる
  • 競合他社や業界のベンチマークに照らし合わせて自社を測定したり、ベンチマークに合わせて業務を調整したりといった企業の活動が活発化する
  • 労働者向けプログラムとポリシーの継続的な変更と展開
  • 労働者へのインセンティブに関する社外向けマーケティングの増加
  • 企業による新しいレベルの社会的活動

 この調査では、2021年と2022年には「ファッションとしての仕事」が主流になるという仮説を立てています。これは、日本で見られる現在の傾向と一致するものです。日本では、労働人口の高齢化と転職希望者の割合が高いことによる人材供給の危機が、すべての企業にとって最も大きな懸案事項となっています。組織は、必要な人材を引きつけ、雇用し、育成するために、労働力戦略と人材戦略を再定義する必要があることを認識しています。日本では、フレキシブルワークのポリシーが労働者の注目と承認を勝ち取るための戦略として浸透してきています。実際、およそ組織の60%は、離職率を下げ、女性の入社を促すために、リモートワークやフレキシブルワークに対応した労働力戦略を見直しています。例えば、富士通は最近になって恒久的な在宅勤務をサポートする方針を打ち出し、日本たばこ産業は労働者を惹きつけるインセンティブとして週休3日制を活用しています。一方で、富士通、カルビー、三菱ケミカルホールディングス、キリンホールディングスなどの企業は、家庭や生活の質への影響から多くの労働者に嫌われながらもキャリアアップのための重要なステップとみなされてきた「単身赴任」の廃止を決定しました。最近の働き方改革において日本政府が単身赴任者をほとんど無視していることに対して批判があることを考慮すると(複数の過労死事案を受け、働き方改革では長時間残業の抑制を重視しています)、日本では今、労働者と企業が取る選択肢の中に「ファッションとしての仕事」という未来の兆候が含まれているように思われます。

 労働者のニーズに応えるために思慮深く慎重に選択する必要がありますが、それだけでは「ファッションとしての仕事」の未来で成功するには不十分です。企業が成功するためには、自社ブランドのどの要素に投資すべきかを慎重に検討するとともに、状況や混乱にかかわらず不変で、労使双方にとって重要であり、一連の中心的な価値観に根付いた、持続可能かつ差別化された労使関係を構築する必要があります。

3.2. 人材間の戦争

 「人材間の戦争」の未来では、労働者は人材の供給過多のために、限られた仕事を奪い合うようになります。労使関係は非人間的で、企業は労働者を簡単に交換可能なものとみなし、労働者は企業との関係の質よりも、仕事をめぐって互いに競争することを重視します。「人材間の戦争」の未来は、経済効率と労働生産性を向上させるための科学的管理を取り入れた、機械主義的なサプライチェーンとして人材を捉えています。

 人材の供給量が多く、政府の影響力が小さいと、将来的に「人材間の戦争」を引き起こす可能性があります。資質のある労働者の供給が多い場合、企業は安定雇用の確保に最大の関心を持つ労働者を容易に見つけて、維持できます。「ファッションとしての仕事」の場合よりも、高い給料、魅力的な福利厚生、労働者の再教育への投資、ポジティブな職場環境は必要なくなります。さらに、労働法やセーフティーネットが最小限または存在せず、労働者保護や政府が支援する労働者の訓練・教育も限られているような「仕事は仕事」の未来とは異なり、政府の影響力が低い状況では、結果として、企業が政府の影響力が低いことを最大限に利用して、労働コストを削減することを自由に競い合うことになりかねません。

人材間の戦争」の未来に向かう可能性を示す兆候

  • 組織の人材育成に対する投資が限られている
  • ゴーストワークを含むギグワークや細分化された仕事の量が増加している
  • 組織のAIや自動化への取り組みでは、テクノロジーを使って労働者を置き換えることに重点が置かれている
  • 組織によるオフショアリングの利用が増加している
  • 個人のリソースから教育資金を調達する人の割合が増えている

 日本では人材不足が長く広い範囲で続いていることや、労働者の保護が強固であることなどが相まって、「人材間の戦争」の未来が来る可能性は低いです。パンデミックにより、日本の労働市場では一時的に人材が余剰となり、観光業や飲食業を中心に597万人の労働者が失業しました。しかし、これらの労働者はすぐに他の産業、特にスーパーマーケットや食料品店での仕事に再就職したといわれています。日本では、求職者よりも求人数の方が10%多く、労働者の35%が55歳以上であることから、人材不足は依然として厳しい状況にあります。人材不足を低減するための重要な戦略として、日本政府はデジタル化への強いコミットメントと投資をしています。2020年にはデジタル化への取り組みに1兆円の予算を計上していることからもそれが見て取れます。デジタル化において、ロボティクスの役割はますます重要になると予想されており、日本におけるロボティクス関連の支出は、2010年の1兆円から2035年には10兆円に増加すると予測されています。例えば北海道の酪農企業のカーム角山が従業員を3分の2に削減してプロセスの完全自動化に移行するなど、テクノロジーへ投資し、従業員を削減する戦略として自動化を利用しているケースがあるにもかかわらず、日本では労働者を保護する制度が充実しているため、労働者を置き換えるために自動化を進めることには制約があると考えられます。したがって、「人材間の戦争」のような未来とは逆に、日本企業はテクノロジーと連携して業務を遂行できるように人材を再教育することに注力すると思われます。例えば、テクノロジーを活用して労働者の人間的能力を引き出し、高めることに焦点を当てたビジネス戦略に、協働ロボット(コボット)を利用する傾向がさらに深く組み込まれるようになると予想されます。三菱電機では、食品・飲料から医薬品に至るまで、生産性向上のために労働者とともにコボットを導入し始めています。ニップンでは、包装食品の味付けにコボットを利用。また、DHLジャパンでは、AR(拡張現実)対応のスマートグラスを導入することで倉庫内でのピッキング作業者の作業を最適化し、業務の生産性を1012%向上させたことが報告されています

 日本では「人材間の戦争」のような未来は予想されないかもしれませんが、この未来で成功するための戦略では、コスト削減ではなく成果の向上に焦点を当て、労働者のモチベーションを高めて成長させる戦略を採用するとともに、労働者を尊重し、投資することでより大きな価値を生み出すということを認識することが重要です。人材過多の市場であっても、労働者に全面的に投資すれば、それ以上に良い結果を得られます。また、これらの投資にリスキリングが含まれていれば、企業の将来への備えにもなります。

3.3. 仕事は仕事

 「仕事は仕事」の未来では、労働者と企業は、組織的責任と個人的・社会的な充足感をおおむね別物として捉えています。労働者と企業の関係は「仕事上」のものであり、それぞれが仕事に関するニーズを満たすために相手に依存し、両者ともに労働者が仕事以外で意味や目的を見つけることを期待しています。誤解を避けるために言えば、労働者はこの未来においても仕事に関心を持ち、良心的に仕事をし、企業が公正な報酬、昇進への道、学習と成長の機会を提供することを期待しています。一方で、労働者がどれほど仕事にやりがいを見出せるかについてはあまり重視されないのです。

 人材の供給が不足し、政府の影響力が大きいと、「仕事は仕事」の未来が到来する可能性があります。今日の労働環境では、パンデミックが心理的な影響を与えていることや、55時間以上の労働が「深刻な健康被害」をもたらすという証拠が増えていることから、多くの労働者が仕事や企業との関係を見直し始めています。労働者の中には、仕事と「生活」の距離を縮めることが自分にとって最も必要なことだと気づいた人もいます。政府の影響力が大きい場合、政府は医療や再教育、さらには社会正義や「つながらない権利」など、労働者が本来なら企業に期待するような市民のニーズに非常に効果的に対応するとともに、労働者の企業に対する依存度を下げることで、仕事と「生活」が切り離されているという感覚を強めます。

仕事は仕事」の未来に向かう可能性を示す兆候

  • 労働者はサバティカルや有給休暇など、仕事以外の活動を可能にする福利厚生の利用を増やしている
  • 仕事上の許容できる行動とそうでない行動の境界線を積極的に伝える企業が増えている
  • 政府が積極的に市民のニーズに対応し、労働者の保護策を制定している
  • 非営利団体やその他の社会的影響を与える組織への参加が増加している
  • 企業が提供する仕事以外のプログラムへの労働者の参加が減少している

 日本における労働傾向は、現在のところ「仕事は仕事」という未来の到来を示唆するものではありません。日本政府は残業を減らすために労働法や働き方改革に力を入れていますが、過労死は依然として大きな社会問題です。例として、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室の職員は、20211月に平均122時間の時間外労働を記録。これは過労死の危険性が高まるとされる80時間をはるかに超えています2020年の日本の自殺者数は人口10万人あたり16.7人で、過去10年間で初めて自殺率が上昇し、うち5000件以上が実存的な悩みや仕事に直接関係する問題が原因とされています。日本の多くの労働者は、仕事と「生活」の距離を遠ざけようとしていますが、日本のビジネス文化に大きな制約を感じています。日本では、仕事の後に同僚や顧客と交流することが期待され、それがしばしば重要な関係構築や意思決定の場となり、直接的にも間接的にも、業績評価やキャリアアップの機会の中心を占めています。

 日本には「仕事は仕事」の未来はすぐには訪れないかもしれませんが、この未来で成功するためには、企業がある重要な要素を理解することが重要です。それは、業績だけに基づいて労働者のモチベーションを高めることです。「仕事は仕事」という未来において、労使関係を強化するために最も重要なのは、仕事そのものです。企業が最大の競争力を獲得するには、従業員が自らの可能性を最大限に発揮して存分に貢献できるよう、仕事に魅力を感じてもらうことが重要です。

3.4. 解き放たれた目的

 「解き放たれた目的」の未来では、目的が労使関係を動かす支配的な力、つまり「北極星」となります。労働者と企業の関係は「共同体」であり、労使双方の目的の共有が労使関係の基盤であり、両者を結びつける最も重要な絆であると考えています。この未来では、目的は仕事そのものの重要性を凌駕するほど重要であり、組織が労働者を惹きつけて維持する能力から、労働者が雇用における意義と充実感をどの程度経験するかに至るまで、雇用ブランドに関連するあらゆる要素を形成します。

 人材の供給が多く、政府の影響力が大きいと、「解き放たれた目的」の未来に向かう条件が整うかもしれません。人材供給が増えると、企業はスキルや能力だけでなく、組織の目的に沿って従業員を選べます。また政府の影響力が大きい環境では、企業は目的に向かって全力で取り組むことができます。政府が資金やリソース、その他の手段を使って重要な問題に取り組むことで、企業は、それまで独力で対処しなければならなかった義務から解放され、より基本的なニーズを満たすためのプレッシャーに惑わされることなく、独自の目的へ向けたアジェンダを設計し、それを集中して追求できるようになります。また政府の影響力が大きいことで、組織が政府と協力して目的へのアジェンダを推進する機会が増え、組織のあらゆる活動にアジェンダが組み込まれることになります。

 2050年までにカーボンニュートラルを達成するために、日本が二酸化炭素排出量の削減に決意を持って取り組む中、国内最大のBコープ認証企業であるダノンでは、「食を通じた健康を可能な限り多くの人に」という目的の一環としてリサイクルパートナーと協力しており、従業員の50%がボランティアとして地域社会と密接に協力することで、より健康的で持続可能な地球の実現を目指しています。またソニー・エンターテインメントは、気候変動の抑制と持続可能なビジネスの実現に向けた行動に合わせて、KPIと役員の給与を調整しています日本経済団体連合会(経団連)の日本における気候変動問題への取り組みは、「解き放たれた目的」の未来が推進する、目的を共有した企業と政府の協力関係の性質を示しています。経団連は、業界全体での積極的な取り組みを通じて、二酸化炭素排出量の削減に向けた政府の取り組みを支援する重要な役割を果たしています

未来が「解き放たれた目的」に向かう可能性を示す兆候

  • 労働者、顧客、規制当局、利益団体が、雇用者に対して目的に沿った新しい施策を要求したり、義務づけたりしている
  • 職務記述書、雇用慣行、業績評価基準に目的が盛り込まれている
  • 労働者や顧客からの要求の高まりを受けて、組織がこれまでは沈黙していた問題について、社内外で姿勢を示している
  • 目的と事業の両方を強化することが、指導的役職の基準として定められており、役員の昇進・昇格に関する重要な判断を左右している
  • 目的に沿った成果に関する報告の深さと透明性が増している

 目的の重要性への注目が高まっているにもかかわらず、日本において「解き放たれた目的」の未来が到来する可能性は低いと思われます。なぜなら人材不足の危機により、組織は必然的に労使関係における目的との整合性よりもスキルや能力を優先することを迫られるからです。いずれにせよ、「解き放たれた目的」の未来で成功するためには、組織は重要な社会問題に対して表面的なアプローチやスタンスを取るだけでは不十分です。目的は、ワーカーエクスペリエンスと人材ブランドの中核を成すものでなければなりません。労働者は、目的が重要であること、それが企業の態度や企業との関わり合いの指針となること、そしてフィードバックを提供するだけでなく、組織の進むべき道を形作るための発言権を自分が握っていることを知っている労働者は、企業の成功のために自らの情熱を最大限に発揮するでしょう。

4. 未来が不確定な世界における方向性の設定

 労使関係には単一の未来があるのではなく、多くの可能性があります。歴史的に、終身雇用が労使関係の中心だった日本では、政府が時間外労働を減らすための働き方改革に力を入れているにもかかわらず、長時間労働などの慣習が根強く残っています。日本の組織が人材供給の危機に対処する上で、デジタル化がますます重要な役割を果たすことは避けられませんが、人材供給の危機がすぐに解決されることはありません。そのため組織は労働者の注目と承認を勝ち取るためのインセンティブとして、柔軟な勤務形態を重視するようになる公算が大きいです。さらに、労働者の大半が転職を希望しているという現在の傾向が続けば、「ファッションとしての仕事」という未来が支配的になる可能性が考えられます。しかし、「いま現在」が激動している中で、将来の目標の選択について考えるのには困難です。

 私たちがどのような未来に身を置くことになるのか、あるいはどのような未来に向かっているかにかかわらず、持続的かつ差別化された労働者と企業の関係を構築するために不可欠な、リーダーシップ、帰属意識、意味、エンパワーメント、仕事の再構築といった共通の基本原則があります。新型コロナウイルス感染症の拡大は、選択と帰結の瞬間を生み出しました。そこでは、ビジネス、労働力、ソーシャルなど、すべての組織戦略に大胆な目標を設定することが不可欠です。今、私達が直面している課題は、可能性に対する深い理解と共感をもって、その目標を現在と今後の地平線上のどこに位置づけるのかを選択し、それに向かって着実に前進することです。

ニコル・スコブル・ウィリアムズ

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デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員およびDeloitte Global Future of Work APACマーケット・アクティベーション・リーダー。多数業界/地域にわたる20年以上のITおよび人事コンサルティングの経験を有する。人間と機械のコレクティブ・インテリジェンスを利用した、将来のビジネスの成長戦略の実現および従業員のキャリア構築支援にフォーカスしている。デジタル時代における経営戦略、ビジョン構想および従業員のマインドセット構築に関するコンサルティングを提供。官民両分野において、事業の革新的なトランスフォーメーションと持続的な変革を推進し、当該領域のパイオニアとして、将来へのレディネスを構築する支援を牽引。国内外で基調講演、会議、講演イベントに登壇し、"Future of Work"の社会への浸透に取り組んでいる。