TOKYO2020の経済効果【寄稿】

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 無観客開催となった東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会には、一体どれだけの経済効果があったのか。第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏が解説する。
Clive Rose/Getty Images

無観客開催に伴う経済損失は1.4兆円

 昨年の東京2020大会は、残念ながら無観客という形で開催された。東京都で新型コロナウィルスの感染が拡大していたことからすれば、緊急事態宣言下での無観客開催は致し方ない判断だったといえよう。

 しかし、東京2020大会の経済効果という意味では、開催の前年までに8割近くは出現していた可能性が高い。

 というのも、1984年のロサンゼルス以降に夏季オリンピックを開催した国の平均的な経済成長率の上振れを現在の日本の経済規模に当てはめると、GDP(国内総生産)の押し上げ額は開催直前3年間の累計で9.2兆円、開催年だけでも1.7兆円となる。開催前に効果が大きく出現するのは、インフラ整備が背景にある。そして、過去の経験則に基づけば、日本では既に2019年までに9.21.77.5兆円程度のGDP押し上げ効果が出現していると計算される。

 こうした中、無観客開催となったことで最も損失額が大きかったのが、観戦客のチケット収入や移動や飲食、宿泊にかかわる消費が失われたことだろう。まず、観戦客が失われたことにより900億円程度とされるチケット収入が失われた。加えて、観戦客を入れないで東京2020大会を開催した場合のGDP押し上げ効果は0.3兆円程度に縮小したと試算される。このため、無観客開催により、完全な形で開催された場合に比べてGDP1.4兆円程度失われた可能性があるだろう。

 なお、無観客であれ東京2020大会が開催されたことにより、耐久消費財の買い替えサイクルに伴う需要効果は一定程度出現したものと思われる。さらに、選手や関係者の移動や宿泊、飲食、警備関連の需要もあった。このように、東京2020大会は結果的に無観客になったが、開催自体には部分的に経済的な恩恵があったといえる。

五輪後に期待できるインバウンド効果

 さらに、無観客でもオリンピック・パラリンピックを開催した効果として、開催による世界的な広告宣伝効果があろう。というのも、日本の景観や企業スポンサーの広告などが様々なメディアを通じて世界中に配信されたため、無観客であっても、東京2020大会を視聴した世界中の人々に向けて一定のアピールをすることができたと推察される。

 事実、オリンピックが商業化した1984年のロサンゼルス以降の夏季オリンピックを対象として、開催国の外国人観光客の推移を振り返ると、開催後に外国人観光客数の増勢が強まる国が多いことがわかる。この背景には、新興国の生活水準の向上や交通網の拡大によりインバウンドが増加トレンドにあったことに加えて、五輪開催が外国人観光客を取り込む支援材料になった可能性が高い。

 こうしたインバウンド増加の恩恵が期待できる業種としては、建設やセメント、住宅・不動産、観光等が考えられる。まず、建設やセメント等については、競技場や選手村等の施設設備の多くは既に関連業種の収益が実現済みである。ただ、東京2020大会が開催されたことで、世界的なコロナ終息後にインバウンドが増加した暁に、アフターコロナの再開発等に恩恵が及ぶことが期待される。

 また、住宅・不動産関連についても、東京2020大会が開催されたことで、新型コロナでいったん落ち込んだ観光客がアフターコロナに増加すれば、ホテルや一部の商業施設の需要増加が期待される。同様に、運輸関連も大会開催に向けて魅力的で利便性の高い街に開発された東京への観光需要の復活が期待される。

 なお、無観客でも開催されたことで悪影響が限定的だった関連業種としてメディアや家電関連等がある。メディア関連もこれまでマーケティングパートナーとして大会のスポンサー募集に従事し、東京2020大会の増収効果を受けた。ただ、オリンピックが無観客開催となったことで、期待収益への悪影響は避けられないことになろう。一方、家電関連では、無観客となったことで一眼レフやビデオカメラ等の特需は失われたものの、テレビやレコーダー販売の需要は喚起された可能性が高い。

 このように、無観客でも東京2020大会が開催されたことで、観戦関連家電の特需だけでなく、将来のインバウンドへの好影響が期待される。

成否は開催後のコロナ感染状況と将来的なインバウンド次第

 とはいえ、サッカーワールドカップと並び、世界の二大スポーツイベントであるオリンピック・パラリンピックの開催は、開催国のスポーツ活動の活発化、スポーツ施設を中心とした社会資本整備の促進、開催地の知名度やイメージの向上、市民参加やボランティアの育成、国民の国際交流の促進に寄与するだけでなく、建設・工業・商業・輸送・対個人サービス等を中心とした産業部門の需要拡大を通じて国内に大きな経済活動をもたらすと期待されていた。従って、それが無観客となったことで、関連業種の業績のみならず、国民心理的にも損失は少なくないといえよう。

 ただ、いくら無観客で東京2020大会が開催されても、そのタイミングで新型コロナウィルスの感染者数の増加が止まらず、緊急事態宣言が発出されたことを加味すれば、少なくとも五輪開催がその期間中に経済の押し上げにつながったとは限らないだろう。というのも、五輪期間中の緊急事態宣言が経済に及ぼした影響を試算すると、GDPを1兆円程度押し下げたと試算される。このため、仮に無観客で東京五輪が開催されてGDPがプラス0.3兆円程度押し上げられたとしても、緊急事態宣言の影響を加味すると、ネットでGDP0.7兆円押し下げられたことになる。

 従って、今回の東京2020大会の経済効果は、少なくとも開催前まではインフラ投資などに伴い明確なGDP押し上げ効果があったが、それは開催の有無に関係なく出現していた。最終的に無観客で開催したことによる経済効果は非常に限定的であり、緊急事態宣言の損失も加味すると、開催中の効果は逆にマイナスにすらなっていた可能性がある。その損失を補えるかどうかは、世界的なコロナ収束以降にいかに追加的なインバウンド需要を獲得できるか次第と言えよう。

永濱利廣

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第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト。内外経済長期予測、経済統計、マクロ経済の実証分析を担当。早稲田大学理工学部卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年に第一生命保険に入社、2000年に第一生命経済研究所に入り、2016年より現職。衆議院調査局内閣調査室客員調査員、総務省「消費統計研究会」委員、跡見学園女子大学非常勤講師なども務める。