江戸から学ぶ、東京が「循環型都市」になるためのヒント

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 気候変動という地球環境の危機に直面した今、限りある資源を効率的に利用する循環型社会の構築は急務だ。東京都では「東京ベイeSGプロジェクト」を推進し、世界に類を見ない循環型の持続可能な都市だったといわれる「江戸」の暮らしからもヒントを得ている。そこで、江戸文化研究の第一人者である田中優子氏に「江戸」から見た、東京が目指すべき都市のあり方を聞く。

循環型社会・江戸からエネルギーの使い方を学び、今に生かす

 江戸時代は1603年から1867年の大政奉還まで続き、200年余り実施された鎖国下では独自の文化が発展しました。江戸は、エネルギーや資源を国内でまかない、衣食住のあらゆる場面でリサイクル・リユースが行われる循環型社会だったのです。

 東京都の臨海副都心エリアと中央防波堤エリアを舞台とする東京都の都市構想「東京ベイeSGプロジェクト」の中に、「エリア内のエネルギーを100%クリーンエネルギーでまかなう」という目標があります。江戸時代はクリーンなエネルギーしかなかったわけですが、その使い方は現代の私たちも学ぶべきだと思います。

 江戸時代の夜は暗く、明かりといえばわずかな油に火を灯す行灯でした。私が実験したところ、行灯の明かりで現代の本を読むことはできませんでした。しかし、江戸時代の本や浮世絵は見えるのです。

 つまり、江戸時代はその時のエネルギーに合ったものを作って暮らしていたということです。現代は逆で、今の生活を守るためにエネルギーを確保しようとしています。

 循環型社会を目指すには、得られるだけのエネルギーに合わせた生活をして、その上でクリーンエネルギーに移行していく。両方の変化が必要だと、私は考えています。

豊かな「運河」と「庭園」は東京の魅力

 江戸は、他のヨーロッパやアジア諸都市に比べて豊かな自然に満ちた都市でした。ですから東京が、また江戸のように戻っていったなら、世界的に見ても「水や緑が身近にある魅力的な都市」になるでしょう。

 なかでも、私は「運河」に着目しています。江戸には多くの河岸があり、常にたくさんの船が動いていました。そこで、現存する川で船を動かし、交通路として活用すれば、都民の水に対する考え方が変わると思います。

 船での交通・輸送はいくらかスピードが落ちますが、「川をきれいにしよう」という気持ちにつながりますし、水面が増えることでヒートアイランド現象を和らげる効果も期待できます。

 もう一つ実現したいのが「庭園」の活用です。日本の庭園は自然を尊重した一体感のあるつくりが特徴で、江戸には非常に多くの庭園がありました。それらは大名屋敷の中にあったので庶民は入れなかったのですが、合わせると実に広大な面積になります。

 この庭園を活用すれば、東京の緑を増やすことにつながります。海外の都市には、主に遊び目的の「公園」はありますが、庭師が手をかけて美しい風景をつくり上げる「庭園」はほとんどありません。庭園を東京の魅力として打ち出せば、個性的な都市として世界からの注目を集めると思います。

個性を甦らせて「東京らしさ」溢れるベイエリアに

 現代に居心地のよい「人間中心」の空間を創出するため、注目したいのが「長屋コミュニティの再生」です。

 近代の工業化が住まいと仕事場を分けましたが、江戸の「長屋」はただの住まいではなく商売も営まれていて、今で言う「オフィス兼住宅」でした。

 コロナ禍で私たちは「生活の場と仕事の場が同じでもいいかもしれない」と考えるようになりました。東京のベイエリアに現代の「長屋」をつくったなら、特に若い人たちは生活だけでなく仕事もつながる場になると考えています。

長屋は一つの建物の中に複数の住戸がつくられている集合住宅のこと。隣家とは薄い壁で仕切られている。i-flower / PIXTA(ピクスタ)

 東京は、江戸から移行する時にあまりにも色々なものを切り捨ててきました。その中にはなくていいものもありましたが、「切り捨てるにはもったいないもの」もたくさんありました。運河や庭園、長屋などは、世界の他の都市にはない非常に特色のあるものです。

 東京は、他の都市と同じような進化を目指すのではなく、江戸の個性を甦らせながら「東京じゃないとできない都市」を実現できると期待しています。

田中優子

法政大学前総長・名誉教授、法政大学江戸東京研究センター特任教授、東京都男女平等参画審議会会長。法政大学社会学部教授、社会学部長等を経て法政大学総長(2021年退任)。専門は日本近世文学、江戸文化、アジア比較文化。2005年、紫綬褒章受章。行政改革審議会委員、国土庁国土審議委員、国土交通省都市計画中央審議会委員、江戸東京博物館運営委員、文部科学省文化審議会委員、文部科学省学術審議会委員などを歴任。著書に『江戸の想像力 18世紀のメディアと表徴』(筑摩書房/芸術選奨文部大臣新人賞受賞)、『江戸百夢 近世図像学の楽しみ』(筑摩書房/芸術選奨文部科学大臣賞、サントリー学芸賞受賞)、『未来のための江戸学』など多数。

東京ベイeSGプロジェクト

東京・ベイエリアを舞台に、50年・100年先までを見据えたまちづくりを構想するプロジェクト。2021年4月に「Version1.0」を策定。2022年2月には、取り組みを加速させるためのバージョンアップを公表し、世界最先端の実現に向けた今後の展開を明示。

取材・構成/小野寺ふく実 写真/松田麻樹