乙武洋匡/作家・タレント インタビュー
歴史的美観と、バリアフリーの共存へ。

出典元:「Pen」
 乙武洋匡さんは建築家の父の下に生まれ、幼い時から建築が身近だったと振り返る。「家には建築雑誌のバックナンバーが並んでいて。書店に行くと、父は建築書を買い込み僕はマンガをチェックする、そんな日常でした」。古い建物の美観や伝統を愛すると同時に、いかにバリアフリーを実現しているかという点に注目している。
早稲田大学早稲田キャンパス3号館(設計:久米設計 2014年) 早稲田大学政治経済学部の校舎として使用される3号館。建て替えにより、1933年以来増改築を繰り返した旧館を再現した低層棟と14階建ての高層棟を合体。以前の中庭部分を吹き抜けのエスカレーターホールとした大胆なデザインが目を引く。 photo: © エスエス 走出直道

学生時代の経験を伝え、校舎の建て替えに貢献。

 個人的な思い入れが強いのは、「早稲田大学早稲田キャンパス3号館」。乙武さんが政治経済学部の学生だった頃に通っていた校舎だ。当時、1933年築の校舎はバリアフリー化されておらず、エントランス部分の5段のステップが難所だった。

 「電動車椅子では建物内に入れず、下りて階段を自力で上らなくてはいけなかった。雨の日は最悪で、ズボンをびちゃびちゃにしながら4階まで上っていましたね。車椅子は雨ざらしです」

 5年前に建て替えることになり、低層棟は旧校舎の外観を再現し、その後ろに高層棟を付けて先進的な機能と空間を実現した。出入り口の段差も解消。乙武さんは設計段階で、当時の学部長に呼ばれたという。「図面を見てほしいということでした。建築的、歴史的視点に加え、障害者の視点で建物を検討することができ嬉しかった」

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3号館は、早稲田キャンパスの西部に立つ。4階建ての旧校舎を再現した部分の背後に高層棟があり、外観デザインも新旧の組み合わせが斬新だ。学生時代、乙武さんを悩ませたエントランス部分の階段は解消され、地面からフラットにつながるアプローチになった。photo: © エスエス 走出直道

 2017年には1年間かけて海外37カ国を放浪した乙武さん。ヨーロッパでは、バリアフリー化された歴史的建造物を多く見学したという。スペインではガウディの名建築、サグラダファミリアにエレベーターで昇った。

 「日本でも隈研吾さんによる『歌舞伎座』の建て替えは、慣れ親しんだ歌舞伎座のイメージを保持しつつ、車椅子ユーザーへの配慮が行き届いていると感じました。車椅子席は一階にあってアクセスしやすい。健常者がユニバーサルトイレを長時間利用する例が問題になっていますが、ここでは一般用とは離れた位置にあり、ほぼ常に使える状態。歴史的建造物の雰囲気を残しつつアップデートした、いい例ではないでしょうか」

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歌舞伎座(設計:隈研吾建築都市設計事務所 2013年) 明治22年(1889年)の開業以来、大きな改築が繰り返されてきた歌舞伎座。隈研吾による第5期歌舞伎座は、第4期の和風の外観を踏襲。車椅子もアクセスしやすい1階の扉から近いところに、車椅子利用者の専用スペースを用意。花道は、どの客席からも見やすいように改善された。photo: © Kyodo/Getty Images

 ただし、同じ車椅子ユーザーでも電動か手動かで使いやすさはまったく異なる。たとえば、「表参道ヒルズ」のスロープは電動車椅子ユーザーにとっては、エレベーターに乗らなくてもくまなく回遊できるので快適だが、手動で車椅子を動かす人には不評だという。

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表参道ヒルズ(設計 : 安藤忠雄建築研究所、森ビル 2006年) 旧同潤会青山アパートの建て替え事業として、安藤忠雄により設計された商業と高層部の住宅からなる複合施設。地上4階、地下2階の6フロアをつなぐ開放感あふれる吹き抜けと、それを囲むらせん状の通路「スパイラルスロープ」が特徴。 photo: © Iain Masterton/Alamy/amanaimages

 「ある最新施設で驚いたのは、ゆるやかな階段状のアプローチが連続していて、係員を呼ばなければ昇降機が使えないこと。健常者は5秒で上がれるところが5分はかかってしまう。障害者は介助者とセットで動くことが多いので、相手に気を遣わせずに一緒に移動できるよう、階段脇にスロープを設けるのがベストだと思います」

 1974年、国連の報告書に「バリアフリー・デザイン」の語が登場。それから東京はどう変わったか。乙武さんの指摘は有益であるし、こまやかに考える意識はもっと必要だ。

乙武洋匡(Hirotada Ototake)

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1976年、東京都生まれ。大学在学中に『五体不満足』(講談社刊)を出版。ほかにも「義足プロジェクト」の活動をまとめた『四肢奮迅』(講談社刊)など著書多数。
http://ototake.com
取材・文/佐藤千紗
※本記事は「Pen」(2019年11月1日号)の提供記事です。