Business with Attitude 6人の女性による、起業と彼女の物語
テクノロジー分野から、ジェンダーギャップの解消を目指して

出典元:madame FIGARO.jp
 21世紀はテクノロジーの世紀だ。IT分野だけでなく、AIやロボットなど加速度的に進化するテクノロジーがあらゆる産業に影響を及ぼしている。だが、これから需要が増えるといわれるエンジニアやデータサイエンティストなどの仕事に就いているのは圧倒的に男性だ。 一般社団法人Waffle(ワッフル)の田中沙弥果さん、斎藤明日美さんが起業したビジネスを通じて実現したい社会とは?
左から、一般社団法人WaffleのCo-Founder/CEO田中沙弥果と同法人Co-Founderの斎藤明日美。社会課題を解決するためにNPO など非営利組織で働くロールモデルにもなれたら、というふたり。女の子の将来の可能性、キャリアの選択肢を広げるために活動している。

「IT産業に女性を増やすためのプロフェッショナルになる」

 一般社団法人Waffleの田中沙弥果と斎藤明日美は、「Waffle Camp」という女子中高生向けのコーディング教室を通じて、早くから女性たちにテクノロジー分野に関心を持ってもらうことで、将来のキャリアの可能性を広げる活動をしている。キャンプではプログラミングを経験してもらうだけでなく、実際にエンジニアとして働いている女性たちにメンターなってもらうことで、こういう職業があるんだと知ってもらうことも目指している。

 テクノロジー分野におけるジェンダーギャップは世界共通の課題だが、とりわけ日本は深刻だ。日本の大学の工学部における女子の割合は15.7%で、OECD諸国の中でももっとも低い。しかし、日本の女子学生の理数系の学力は国際的に見ても決して低いわけではなく、男女の差もない。「理系やテクノロジーは男性」という親や教師などの無意識の偏見や無理解が、日本の女の子たちの将来の選択肢を狭めていることに、ふたりは危機感を抱いている。

 「(各国の男女の格差を数値化した)ジェンダーギャップ指数が120位の日本で格差を埋めるためには、今後社会を牽引するIT産業に女性を増やすことは欠かせないと思っています」(田中)

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女子中高生むけイベントでは、社会課題をテクノロジーで解決する方法を競う。

 ふたりは3年ほど前、ツイッター上で出会った。同じ課題意識を持っていたことからすぐに意気投合したのだが、最初はお互いのバックグラウンドも知らないまま、ひたすらテクノロジー分野におけるジェンダー格差について議論した。

 大阪で生まれた田中は、父親から「女の子は大学に行かなくてもいい。高校卒業したら就職するように」と言われて育った。それに猛然と抗議して大学に行かせてくれたのは母親だった。アメリカへの留学中、当たり前のようにホストファミリーの夫婦ともフルタイムで働き、家事や育児を分担している姿を見て、日本のステレオタイプなジェンダー観に疑問を持つようになった。

 「父親が亭主関白で、母親が専業主婦という家庭で育ってきたので、いずれ自分もパートなどで働くんだろうと思っていました。でも、自分が見てきた家族が選択肢のすべてではないと知ったからこそ、たくさんの選択肢を知り、そのうえで自分がどう生きたいのかを選択できることが大事だと思うようになりました」

 新卒で就職した企業を1カ月半で退職した後は、塾講師やメイクアップアーティストなどさまざまな職業を体験する。2年間に及んだ自分探しの旅の間、ひとつだけ決めていることがあった。いつかは起業したい。その後プログラミングというスキルに出合い、多くの子どもたちに教えたいと思うようになった。

 田中はいちばんの転機を、25歳で大阪から上京した時だと振り返る。

 「このままでは自分が成長できないと思って、家も決まってないのにスーツケースひとつで上京しました。親も最初は『またアホなこと言って』と冗談だと思っていたようです。私は自分の才能がいちばん発揮できるところを探していて、ずっと『ここではない』と居心地の悪さを感じながら働いてきました。でもワッフルを立ち上げて、ようやく自分が伸び伸びと働ける場所を見つけました。仕事って、自分の才能や能力や可能性を最も還元できるものだと思っています」(田中)

 一方の斎藤はアメリカの大学院に留学した時にデータサイエンティストという職業を知ったことで、IT分野に進みたいと思うようになる。帰国後、就職した外資系IT企業で技術職に女性が少ないことに気づく。女性を増やしてほしいと担当者に直訴もしたが、「増やしたいけど、そもそも女性から履歴書が送られてこない」という悩みを聞いていた。

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アメリカの大学院時代にフェミニズムに出合った斎藤。テクノロジー×ジェンダーに関心を持つきっかけになった。

 最初は田中が立ち上げたWaffleを手伝う形だったが、すぐに「これは誰かが本腰を入れてやらなければ」と思うようになった。会社員との両立には限界がある。1週間悩んだ末、会社を退職し、「Co-Founder(共同創業者)にして」と田中に申し出た。

 「私はその時に自分が持っている問いに全力で答えようとするんです。その時点ではこのテクノロジー分野のジェンダーギャップという課題は、誰もやらないなら私がやると決意しました。キャリアは自分でつくっていくものだと思っているので、不安より、頑張ろうという気持ちでした」(斎藤)

 ふたりが成し遂げたいと思っていることは、それまでも課題としては認識されてきたものの、あまりに大きすぎる課題ゆえに誰も本気で取り組んでこようとしなかった分野だ。だからこそ、ふたりで取り組めて良かったという。ふたりだと喜び2倍、悲しみ半分になるからと。

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定期的に開いているWaffle Campでは全国から女子中高生が参加。ホームページ制作を学ぶだけでなく、女性エンジニアから仕事について聞く時間もある。

 「ジェンダー系の活動をしていると、まだまだこれはおかしい、と怒りが湧くようなことは日々あります。その時に話せる相手がいることはすごく心強い。あと私たちは得意不得意がはっきりと分かれているので、協力すると、ひとりでやるより3倍も4倍ものことができるんです」(斎藤)

 田中はいま、内閣府の「若者円卓会議」や経済産業省の「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」の有識者メンバーを務めるなど、自分たちの活動を超えて国や企業への提言も行っている。女性のIT人材が増えることは、80万人といわれる日本のIT人材不足の解決に繋がること。プログラミングの設計段階で女性の視点が入れば、生活に深く関わってくるアルゴリズムのジェンダーバイアスを解消することにもなる。さらに、IT技術によって女性の収入が上がれば、いま問題になっている男女の賃金格差を解決することにもなるからだ。

 創業期はなかなか問題の重要性が認識されず、一緒にやってくれる仲間も集まらなかった。だが、最近活動の内容が知られるようになり、自治体から女子中高生向けのプログラミング教室の開催を依頼されたり、企業で働く人からも「自分たちが何かできることはないですか」と声がかかるようにもなってきた。

 「そんなふうに仲間が集まってきてくれる瞬間に、組織の成長や信頼が達成できていると感じます」(田中)

 実際にキャンプに参加したことで、理系に進むことを決めたという女子高校生もいた。

 「まだこの分野に関する情報提供は少ないので、進路相談で頼ってもらえるような存在になれているのかなと。日本は『出る杭は打たれる』文化があるので、やりたいことを肯定してくれる仲間を探すことが大切。その場所のひとつにWaffleがなれたらうれしいです」(斎藤)

 とはいえ、ふたりが目指す頂は遠く、高い。2021年120人を集めた社会課題解決を目指したアプリ開発をする3カ月のプログラムを、今年は200人にまで拡大したいという。そして斎藤はこう話す。

 「私たちのような非営利組織で働くことがひとつのキャリアのロールモデルになればいいとも思っています。ジェンダー関連の仕事をプロフェッショナルとしてやる。そのことをカッコいいと思ってもらえれば、もっと一緒にやりたい、この分野で挑戦したいと思う人も増えるはずです」

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 ふたりで始めたワッフルだったが、徐々にメンバーが増えてきた。

一般社団法人 Waffle www.camp.waffle-waffle.org


取材・文/浜田敬子 写真/横山創大 撮影協力/WeWork
※本記事は「madame FIGARO.jp」(2021年11月19日)の提供記事です。