異文化ストーリーテリングのパワー―コロナ禍でつかんだ希望

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ジェームズ・ミナモト

【寄稿】東京在住の日系アメリカ人によるボランティアグループは、コロナ禍にチャンスを見出し、非営利の教育プログラムを立ち上げた。その目的は日本の大学生に対し、昔からあるストーリーテリングという方法で、よりグローバルな視点を育むことである。

ミナモト一家(アメリカ、カリフォルニア州ダウニーにて、1934年頃撮影)、右端が著者の日系二世の父。 Photo: Courtesy of James Minamoto

 気候危機、世界金融危機、難民危機など、 近頃よく耳にする「危機」という言葉は、一般的に深刻かつ大規模な問題を指す。「危機」という言葉に、「危険」と「機会」を意味する字が用いられていることに気付く人もいるだろう。東京在住の日系アメリカ人が運営する非営利団体は、コロナ禍を「危険」と恐れるのではなく「機会」と捉えて行動を起こした。危機の中にチャンス(機会)を見い出し、次世代を担う日本の若手リーダーを対象とした非営利の教育プログラム「日系アメリカ人ストーリーテリング・プログラム(JASP)」を立ち上げたのだ。この取り組みについて紹介しよう。

立ち消えかと思われたプログラム

 このプログラムは、学習院女子大学国際学研究所(東京都新宿区)の顧問、大出隆氏の発案に着想を得て誕生した。大出氏が日系アメリカ人の体験を学生に教えた際、日系アメリカ人のスタン・コヤナギ氏に家族史や自身のキャリアの軌跡を語ってもらったところ、学生の間で好評を博した。二人はともに、米日カウンシル(USJCのメンバーである。USJCはアメリカでは非営利団体であり、日本では公益財団法人として東京都千代田区に事務所を構えている。

 東京2020 オリンピック・パラリンピック競技大会が、世界的な盛り上がりを見せる時期に、次世代に向けて日系アメリカ人が語るプロジェクトを開始すれば、人々の関心を引く可能性を示していた。USJC(日本)の理事長は、東京2020大会との相乗効果を見据え、プロジェクト実現の可能性について、USJCの作業部会に内部調査をさせた。またロサンゼルスで刊行されている日系新聞、羅府(らふ)新報の2019年12月の記事によると鈴木馨祐外務副大臣(当時)はアメリカの日系アメリカ人コミュニティを「日本社会の姉妹コミュニティ」と称しており、これはUSJCの構想とも同調するもので見通しは明るいと思われた。

 しかし2020年に入り、USJCの作業部会は思いもよらぬ苦境に直面した。日本では新型コロナウイルスの急速な感染拡大に伴い大規模なソーシャル・ディスタンスが実施され、東京2020大会が延期された。都内の大学の多くが対面式授業の無期限停止を決定。資金源として想定していた計画も果たせなかった。2020年3月までに、日系アメリカ人の新プロジェクトを立ち上げるというUSJC作業部会の楽観的な見方は消失した。始動する前に、既に頓挫した、もしくはそう思われても当然の状況だった。

古代と現代の技術を融合

 熱心なUSJCのスタッフとUSJCコミュニティのメンバーは、直面する難題を解決しプロジェクトを実現させると決心した。その一人がUSJC会員のパトリック・ニュウエル氏だ。東京在住歴の長いニュウエル氏は、プロジェクトを実現させるため、USJC作業部会のボランティアに名乗りを上げた。ニュウエル氏は教員で、ストーリーテリングをコミュニケーション・ツールとして活用することを長年提唱し、メッセージは、心をつかむ物語の形式で披露されたほうが、より伝わりやすく、記憶に残り、有効であるとの考えをもっている。

 講義の場合、物語は3幕(部)構成がよい。第1幕は、学生の関心を引く物語の背景を設定し、第2幕では興味深い質問や課題を提示し答えを考えさせる。第3幕では課題に対する独創的な解決策を示し、その利点や重要な点を解説、あるいは行動を喚起する。このスタイルは紀元前4世紀のアリストテレスの時代から存在する古代の「技術」にのっとったもので、今日でも優れた講演者に使われている手法である。

 USJC作業部会のメンバーは、コヤナギ氏が学生に語った時のように、学生とライブ形式でリアルタイムに関わることこそ、ストーリーテリング・プロジェクトのベースとすべきだと確信した。その方が、事前収録した歴史の口述をただ見せるよりも、はるかにインパクトがある。だが、コロナ禍で緊急事態宣言が出された地域もある中、どうしたら日本の学生と効果的なコミュニケーションが図れるのか。プロジェクトチームが考えついたのは、次の連動した3つの解決策である。

1. 長年かけて実証されている「3幕構成」のストーリーテリング形式でプレゼンテーションを構成する。
2. 古くからのスピーチの技術をZoomのような21世紀の会議プラットフォームと融合させて近代化し、リアルタイムかつライブ形式で、双方向型ストーリーテリングを大学の講義で実施する。
3. 遠隔授業で学生の関心を呼び起こし、さらに60~90分も集中してもらうことは難しいため、ストーリーテリング全体を通して(最後だけでなく)、学生参加型の刺激的なアクティビティを取り入れる。

 Zoomの機能をフルに使えば、さまざまな双方向型ツールを活用できる。たとえば、少人数のグループ別セッションや投票、クイズ、そのほかディスカッション向けのオプションを活用すれば、講義の終わりに行う従来の質疑応答を補完できる。つまり、古代の手法の近代化、新旧の技術それぞれの長所の融合、これがプロジェクトチームの編み出した解決策であり、コロナ禍で見出した希望の兆しだ。USJCのプロジェクトチームはこのチャンスに素早く目を付け、語り手と実施する大学の募集に乗り出した。ニュウエル氏も、このプログラムの「ストーリーテリング・コーチ」として進んでチームに参加。2020年10月、Zoomを使い第1回の講演が実現した。

日本の次世代リーダーに国際的な視点を

 日系アメリカ人ストーリーテリング・プログラムの立ち上げ時のプレゼンター(語り手、JASPer)は、日本の将来に直接関係性のある東京在住のUSJCメンバーで、全員がボランティアで務めた。テーマは伝統的なものから現代的なものまでさまざまあり、「不屈の精神(七転び八起き)」「あなたの人生の映画」「多様性と包摂性、すべての人へのおもてなし」「ある農園の子ども」「空へ:好奇心を解き放とう」など、印象的なタイトルが並ぶ。 最初の年、2020年は、日系アメリカ人の語り手8名が、都内の9大学、青山学院大学、中央大学、国際基督教大学、昭和女子大学、上智大学、テンプル大学ジャパンキャンパス、津田塾大学、東京大学、そして当然のごとく学習院女子大学でもプログラムを実施した。

 プログラムの評判が広まり、他大学でも受け入れを希望する教員が雪だるま式に増えていった。需要が高まったため、2021年度にはプレゼンターであるJASPerの登録者数を25名に増員し、計50回の講演が実施された。また、受け入れ教員の要望に応え、日系アメリカ人プレゼンターの多様化を図り、新一世(戦後アメリカに移住した日本人)、新二世、他民族の家系も併せもつ日系人、帰国子女もプレゼンターになった。多くはバイリンガルで、日系や三世、四世のプレゼンターで構成されていた創立当初のグループに加わった。

 古代と現代の技術が融合され、このプログラムの地理的インパクトが相乗的に高まった。発足地である東京以外でも、秋田、群馬、広島、神戸、京都、沖縄、大阪、静岡、東北地方など各地で実施された。オンライン会議システムのおかげで、さまざまな地域に住むJASPerが日本の大学で講義できるようになった。初期メンバーである東京在住のプレゼンターに加えて、現在はハワイ、カリフォルニア、テキサス、ニューヨーク、ミシガン在住の日系アメリカ人も語り手もとして参加。コロナ禍で、日本の学生が何千キロメートルも離れた場所に暮らす、「当地の」日系アメリカ人とリアルタイムで直接交流する機会が得られたことはありがたいと話す教員たちの声もある。

 受け入れをした、ある教員は「力強いストーリーによって、学生は授業で学んだ内容と、実際に過去を乗り超えてきた人々の思いを結びつけることができ、講義だけにとどまらない活気ある有意義な議論につながっている」と語った。また、 受講した学生の一人は、「日系人と日本人とは少し距離があり、考え方はまったく異なると思っていた」と述べ、「同じ価値観をもち、日本人によく似た人々である」と初めて知ったという。よりグローバルな視点に衝撃を受けた学生はこう話した。「話を聞いて海外生活に憧れを抱くようになり、もっとしっかりと英語を学びたいと思いました」

 USJC(日本)の津田順子氏(事務局長)、宇多田カオル氏(プログラム&パートナーシップ・ディレクター)、スティーブ・スギノ氏(JASP共同リーダー)など、たくさんの人々の多大なる尽力により、日系アメリカ人ストーリーテリング・プログラムは規模を拡大している。2022年度の春学期(4月~7月)には、30名の日系アメリカ人プレゼンターが30本以上の講演を行う予定だ。2022年度の秋期(9月~1月)には新たに10名の語り手が加わり、プレゼンターの登録者数が40名に増える。今年の講演数は、2021年の50件を大幅に上回る見込みだ。2022年4月には、プログラムのウェブサイトを立ち上げた。

ほかとは一線を画す、語りのプログラム

 このプログラムの目的は、日本の大学の教育者と協力して、次世代を担うリーダーの包摂的かつ国際的な視座を養うことである。リアルタイムのストーリーテリングと活発なディスカッションを通じて、日本の大学生に、日系アメリカ人の個人や家族の体験を伝えることがミッションだ。

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強制収容所跡地(アメリカ、カリフォルニア州マンザナー/2011年撮影)。Photo: Courtesy of James Minamoto

 日系アメリカ人ストーリーテリング・プログラムは次世代を担う日本の若きリーダーに向けた取り組みだが、講演する側にも大きなメリットをもたらしている。プレゼンターはストーリーテリングのために調査や準備を行い、内省や自己発見といった有意義な旅を体験し、自己理解が深まったという。あるプレゼンターは「私たちが語るのは、試練や苦難を乗り越えたリアルな人生、家族や個人の話です」と語った。「これは、内省し、学び、個人が成長するという、人生を変える経験でした」

 このプログラムのプレゼンテーションは「再生可能」だ。 時間と労力を費やして印象深いストーリーを仕上げ、さまざまな大学の授業や学生に向けて繰り返し講演を行うことで、プレゼンターはその経験を活用できる。これは、全員がボランティアで、いずれの講演も録画ではなくライブ形式で行う点も、プレゼンターにとって非常に重要なポイントだ。その中の一人はこう語った。「いまは自動運転のようにスムーズにプレゼンテーションを行えるので、必要なのは実際に話す時間だけです。求められれば1学期に複数回でも喜んで引き受けます。聞き手の心を打つような形で家族の歴史を共有できることは、私にとって非常に意義深い機会なのです」

 日本でコロナ禍が落ち着いたら、キャンパスが東京にある大学を中心に、プレゼンターと受け入れ校の両者が、対面式の講演を実施していく予定だ。一方で、Zoomを活用したプレゼンテーションは、受け入れ校の教員にとって企画しやすく、コストをかけずに簡単に実施できるため、今後も長く重宝されるだろう。一番のメリットは、プレゼンターにとっての利便性だ。たとえば、ホノルル在住の語り手が木曜日に仕事を終えた後、現地時間が金曜日の午後を迎える沖縄の大学で講義を受ける学生に向けて、「ハワイにおける日系アメリカ人の生活」と題した90分のストーリーテリングを、リアルタイムに、かつ双方向型で無理なく提供できる。教室で行う従来型の対面式講義だけでは、こんなことは実現できない。

「良い危機を無駄にするな」

 私たちはみな、人類の祖先から長き連鎖を経た末の子孫であり、ノウハウや価値観を宝物のように、明示的・暗示的に何世代にもわたり受け継いできた。日系アメリカ人社会は日本社会の「姉妹コミュニティ」であり、「立ち直る力」「我慢」「がんばる」といった日本の伝統的価値観を共有することのできる特別な存在である。USJCのリーダー、スタッフ、インターン、プレゼンター、受け入れ校の教員、そしてこのプログラムの仲間や支援者など、東京を拠点とする日系アメリカ人のコミュニティは、このような代々受け継がれてきた宝物に支えられながら、これを近代化してきた経験から、危機を「危険」としてだけでなく、「機会」としても捉えた。ウィンストン・チャーチルは「良い危機を無駄にするな」という有名な言葉を残した。このアドバイスは人々の心に深く刺さった。日系アメリカ人ストーリーテリング・プログラムは、自分たちの宝物を日本の次世代リーダーに引き継ぎ、その役目を果たそうとしている。

ジェームズ・ミナモト

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日系アメリカ人三世、ジェームズ(ジム)・ミナモト。祖父が、小学校卒業後に広島からアメリカへ渡り、農業に従事した日系移民。コーネル大学を経てペンシルベニア大学ロースクール修了。1993年、故郷のニューヨークを離れ、東京で日本の国際法律事務所に勤務。クロスボーダーM&Aや外国企業の日本進出支援などの事業に携わる。2012年より非営利団体の米日カウンシル(USJC)メンバー。現在、日系アメリカ人ストーリーテリング・プログラムの共同リーダーを務める。