東京とファッションの未来―モードの前線を知る齋藤統の視点
--日本のファッションには、どんな潜在力がありますか?
1980年代、イッセイさん(三宅一生氏)や川久保さん(川久保玲氏)、ヨウジさん(山本耀司氏)など、いわゆる御三家と呼ばれる人たちが世界の舞台に挑んでいきました。彼らはそれまでヨーロッパになかった美意識や考え方を持ち込み、世界に衝撃を与えたデザイナーです。たとえば、川久保さんとヨウジさんは当時タブーとされていた黒を基調とした服で漆黒の世界観を作り出し、イッセイさんは誰も見たことがないプリーツ加工の服で人々を驚かせました。このように、破壊的な、常識を覆すアプローチこそ、日本のファッションが潜在的に備えている力だと言えるでしょう。
いまも日本のブランドは期待されています。2018年には、ダブレットのデザイナー井野将之さんが日本人で初めてLVMHヤング ファッション デザイナー プライズのグランプリを受賞しました。パリコレデビューの2020-21年秋冬コレクションでは、パンや寿司のアップリケを付けたデニムや、切り離す前のプラモデルのパーツを模したバッグなどを発表、クリエイティブな驚きに満ちています。潜在力という意味で言うと、ファッションの歴史においてレディスより後発であるメンズの方が、新しい挑戦がしやすいかもしれません。
--「東京」は、ファッションにどんな影響をもたらすことができるでしょうか?
デザイナーが東京出身だったとしても、そのことで海外の人たちがピンとくることはありません。それよりも、日本人であるという印象の方が強いと思います。それは、自分が東京出身であると強く主張するデザイナーが少ないためでもありますが。
一方、東京都では、FASHION PRIZE OF TOKYO(ファッション プライズ オブ トウキョウ)やTOKYO FASHION AWARD(東京ファッションアワード)の支援を行っているほか、2022年7月より学生を対象としたファッションデザイナーのコンクールの募集も始まるそうです。
この業界は1年や2年でブランドが育つことはありませんので、長期的なフォローが必要だと私は考えています。あっという間に有名になったと思われているヨウジさんも、花開くまでに3〜4年かかっています。初めの頃は「ボロルック」と批判されていましたが、目利きのジャーナリストやバイヤーが注目し始め、1984年の春夏コレクションで一気に有名になったのです。
--成功するには、世界の人々を意識した服づくりが重要ですね。
その通りです。残念ながら日本の学生は勉強不足が目立ちます。日本人と海外の人の体格の違いを理解していない人も多い。胸の厚みや肩の筋肉、太ももから膝下にかけてのサイズなど、服をデザインする前に、その違いを十分に研究しなければいけません。売れるということは、つまり着られるということ。目を引く商品というものは総じて、高いデザイン力があるものです。
また、ブランドが抱える一番の問題として運営費が挙げられます。生地一つとっても、無名のデザイナーは先払いしなければ提供してもらえません。デザイナーがクリエイションに集中するために、経済面での支援があるとないとでは話が大きく変わってくるでしょう。東京都には意識啓発や販路開拓を支援するFashion Designers Accelerator Tokyo(ファッションデザイナーズ アクセラレーター トウキョウ)というプログラムがありますが、奨励金交付のほか販路開拓を支援することで、ブランドの将来につながる道を示しています。
--未来のスターデザイナーには、どんなことを期待しますか?
カリスマ性ですね。先に挙げた御三家はみんな、カリスマ性を備えています。最近ではアンリアレイジのデザイナー、森永さん(森永邦彦氏)も、独特の雰囲気があって「おっ」と思ったことがあります。コレクションの見せ方もうまいし、素材にこだわって面白いものをいろいろと提案している。イッセイさんに近いタイプかもしれませんね。
ほかには、あっと驚くデザイン。以前、デザイナーの佐藤孝信さんが「もうデザインは出尽くしている」と言っていましたが、ある意味で正しいと思います。流行に見られるリバイバルをどう自分流に解釈するか? 新鮮な驚きをもたらすためには、過去の作品をしっかり勉強して、裏付けのあるデザインを導き出せるかが重要です。デザイナーを目指す人は、幅広い教養をもつべきです。いま目の前で起こっていることも大事だけれど、過去のものにもヒントがあります。それを自分なりにつかんで昇華していくことで未来が開けてくるはずです。