歌舞伎界のプリンスは海外でも赤丸上昇中

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パックン(パトリック・ハーラン)

「歴史」と「イノベーション力」を兼ね備え、活躍の場を広げる歌舞伎俳優の市川海老蔵さんとZoomで対談した。
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市川海老蔵。Photo: Shinsuke Yasui

 十一代目。世襲制のない国から見たら、少し理解が難しい。

 イギリスならヘンリー8世などがいるが、アメリカではブッシュやトランプ大統領のジュニアのように、だいたい2代目が限界。「マーシャル・マザーズ3世」も本名を避け、エミネムというラッパー名で活動する。

 数百年、同じ名前を受け継ぐことにどういう意味が? 十一代目市川海老蔵さんの登場を待つ間、初代パックンはそう考えていた。

 Zoomの画面に現れた海老蔵さんは白Tシャツ姿。一見アスリートにも見える。努力で得た肉体美だ。聞いたら、歌舞伎は体に対する負担が多く、稽古の翌日は「体が動かないぐらい筋肉が硬直している」ことが多いそうだ。

 スポーツ選手と違って歌舞伎俳優にオフシーズンはない。毎日100%やり切るために、一日4時間しか寝られなくても、トレーニングはサボれないという。

 今は感染対策として上演時間に制限があり、着替える時間を短縮するために衣装をいつもより何重にも着込む。「普通の人は倒れちゃうぐらい暑いし重い」と言う。普通じゃない海老蔵さんでも、前十字靭帯と首を痛めていて治療を毎日受けている。

 コロナ禍の下で体を張って伝統文化を守りつつ、オリジナル要素も加える。アメリカ人が憧れる「歴史」、そして彼らが重視する「イノベーション力」も、十一代海老蔵さんは兼ね備えている。白Tひとつでそこまで分かった。

 ニューヨークの名門カーネギーホールなどで外国公演も多く成功させている海老蔵さん。

 米CBSの看板番組『60ミニッツ』でも取り上げられ「歌舞伎の王子様」として広く知られているが、歌舞伎の王様ともいえる市川團十郎を襲名する予定の彼でも、劇場外の活動は多い。

 だが、テレビや映画出演も本業の一環と考えているようだ。伝統文化となる前、「歌舞伎俳優はその時代のスターだった。私は2021年に生きる市川海老蔵として、日本中、世界中の方々に知られたい」。それが「本来の歌舞伎俳優のスタイルだ」と話す。

「女性歌舞伎」も視野に

 しかも襲名を機に活動の幅をさらに広げるつもりだという。干支や星座のように「12で一周」と考えると、自身は十三代目團十郎となるから、リセットする頃合いだ。「いい意味でファンの気持ちを裏切りたい」と目を輝かせる。

 新・團十郎が活躍する舞台は実に大きそうだ。歌舞伎を後世に残すため日本や地球の安定や存続にも貢献したい、「食糧難や気候変動をも意識して演劇を作っていく」と約束する。有言実行で環境問題に関するNPOも立ち上げている。

 同時に「人間の思考の変革」を願い「愛を共有できる地球」を夢見る海老蔵さんはジェンダーの捉え方の変化にも敏感で、女性歌舞伎俳優の可能性も視野に入れている。

 芸能人に政治・社会活動を期待する国柄のアメリカ人がこの活動を知ったら、確実に評価するはず。

 なにしろアクター(役者)とアクティビスト(運動家)は同じ語源の派生語。ハリウッドの撮影現場で監督が「アクション!」というと、俳優たちは署名運動を始める......というアメリカンジョークが成り立つほどだ。

 伝統を尊重しながら文化を進化させる。過去を未来につないでいく。そんな海老蔵さんはおそらくどこでも尊敬される。しかも、その思いを次世代にも伝授しているようだ。

 対談の途中で息子の堀越勸玄さんも顔を出してくれた。歌舞伎の将来を背負う8歳はもうルーツを忘れない姿勢を受け継いでいる。憧れの役者は? と聞いたら「初代市川團十郎」と答えた。

 素晴らしい! いつか、同じようなことを13代パックンが言ってくれますように。

パックン(パトリック・ハーラン)

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1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。
パックン所属事務所公式サイト
※本記事は「ニューズウィーク日本版」(2021年8月10日/17日号)の提供記事です。