分身ロボットで人々がつながる、日本橋の実験カフェ
外出が困難な難病患者や障がいをもつ人々が接客業へ
「いらっしゃいませ。DAWN(ドーン)へようこそ。お水をお持ちいたしました」----床のガイドライン上をゆっくり進む身長120cmのロボットOriHime-D(オリヒメ-D)が、テーブルの横で止まり、トレイを差し出す。2021年にオープンした分身ロボットカフェ DAWN ver.β(東京都中央区)で見られる接客のワンシーンだ。胸のモニターにはロボットを操るパイロットの写真とニックネームが映し出されている。
取材の日、写真のOriHime-Dを操縦していたパイロットは、東京都昭島市在住のイトさん。進行中のがんと戦い、自宅療養をしているという。抗がん剤で免疫力が下がるので人混みに出るのが難しく、骨に転移して骨折もしやすいため車椅子や杖を使用している。
このカフェで活躍している分身ロボットは、マウスや視線入力によって遠隔操作できるOriHimeシリーズ。パイロットはOriHimeのひたいのレンズを通して周囲を見て、マイクで周囲の音を聞き、OriHimeを操作している。うなずいたり手を挙げたりといった簡単な動作を交えながら、視線を動かし、マイクとスピーカーで通話もできる。操作する人がそこにいるような感覚でコミュニケーションできるので、企業の受け付けに導入されているほか、難病の子どもが病室で授業に出席するのを助けるロボットとしても注目を集めている。
OriHimeの開発者であり、分身ロボットカフェを運営する株式会社オリィ研究所(東京都)の吉藤オリィ所長は、「外出できない人の孤独を解消し、社会との関係が生まれるような福祉機器をつくりたかった」と語る。
「身体が動かないことの障がいは、人生に出会いと発見がないことだと、難病で寝たきりだった親友が言っていました。ならばOriHimeを使って、そうした人々が社会参加できる仕事の場を創出しようと。それまで働いた経験のない人が最初の一歩として踏み出しやすいのは、モノを運ぶ、お茶を出すといったシンプルな肉体労働。カフェという業態なら、肉体労働のテレワークを成り立たせる社会実験を、お客さんを巻き込みながらできると思いました」
高福祉社会の日本モデルを目指して
「こんにちは、このテーブルを担当する、ゆいです。ご注文の仕方はおわかりですか?」----卓上では小型のOriHimeが接客をしてくれる。客はスマートフォンでQRコードからメニューを読み取り、オンラインで注文する。パイロットのゆいさんは福岡県在住。脳性まひで生まれつき手足に障がいがある。車椅子を使って会社勤めをした経験もあるが、悪天候や体調によって行けない日が多く不安を抱えていたという。
「車椅子利用者には事務職の求人が多いのですが、人と話すのが大好きなので、自分では接客業が向いていると思っていました。通勤は難しくても、ロボットを使ったフルリモートなら接客に携われる。慣れない頃は失敗もしましたが、今は接客に加えてロボット越しに新人のパイロットに仕事を教えることもあり、やりがいを感じます」
難病患者や障がいがある人のほか、海外在住で近所に働ける場所がない、家族の介護で家を空けられないなど、移動の不自由を伴うさまざまな事情のパイロットが約70名在籍している。ここで社会経験を積んだパイロットがスカウトされて新しい職を得たり、海外からの視察が増えたり、カフェの反響は大きいそうだ。
「日本は超高齢化社会の先進国。このカフェを実験の場として、高福祉社会の日本モデルをつくることを目指しています。今後、呼吸器や車椅子の利用者が確実に増える社会で、"できない"を"できる"に変えたい。自分らしい幸福を考える発信源として、この分身ロボットカフェを世界に見てもらいたいです」
ロボットや車椅子が通りやすいようにゆとりを持って設計された店内では、客とロボットを介したパイロットがおしゃべりに花を咲かせ、遠隔地のパイロット同士が互いに声をかけ合って気遣う。たまに方向を見失ったロボットがクルクル回ったり、通信の状況によりコミュニケーションがスムーズに運ばなかったりすることもあるが、そこはご愛嬌。
「ハプニングも含めて現在進行形を楽しんでもらえれば」と、吉藤所長は言う。ロボット開発はエラーやトラブルこそがターニングポイント。来店した客の誰もが、未来をつくる公開実験の参加者なのだ。
分身ロボットカフェ DAWN ver. β
住所:東京都中央区日本橋本町3-8-3日本橋ライフサイエンスビルディング3、1F
営業時間:11時〜18時
定休日:木曜(祝日の場合は営業)
※ロボットが接客するOriHime接客席は予約推奨
https://dawn2021.orylab.com
写真/殿村誠士