自在に動かせる「第6の指」が人々の意識を変える

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 本来持っていない人工身体を、自分の身体だと感じて動かすことができたら? 独立制御できる「第6の指」の身体化に成功した、電気通信大学の宮脇陽一教授に話を聞いた。
既存の身体部位から独立して動かすことができる「第6の指」。

人工指を装着すると、身体感覚に変化が起きる

 2022年夏、日本科学未来館(東京都)で行われた『空想⇄実装 ロボットと描く私たちの未来』展で、親子を対象に行われたワークショップはかつてないほど盛況だった。その内容は手の小指の外側に取り付ける「第6の指」を開発した研究者たちと一緒にレゴ®ブロックで指をつくって身につけ、身体の知られざる可能性と未来社会を空想するというもの。「第6の指」とは、電気通信大学(東京都)とフランス国立科学研究センター(CNRS)が共同開発した人工指で、JST ERATO稲見自在化身体プロジェクトが支援している「自在化身体プロジェクト」の研究の一つだ。「ワークショップでは、子どもたちにレゴ®で自分だけの指をつくってもらい、装着した感覚を味わってもらいました。実際に動くわけではないのですが、予想以上に子どもたちの反応が大きかったですね」と宮脇教授は話す。

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日本科学未来館のワークショップにて、宮脇教授(左)と第6の指の共同開発を行ったフランス国立科学研究センターのゴウリシャンカー・ガネッシュ教授(右)。Photo: JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト

 私たちの身体は、変化に対して柔軟に対応することができる。たとえば事故や障がいなどで身体が欠損した場合でも、残った身体の筋肉に生じる電気信号で筋電義手を動かすことができることも知られている。では一歩進んで、人間が本来持っていない身体部位が人工的に与えられた時、それを自らの身体として感じ、自由に動かすことは可能だろうか? 宮脇教授とフランス国立科学研究センターのゴウリシャンカー・ガネッシュ教授はそんな疑問から第6の指の研究をスタートさせた。「義手や義足、またロボットアームや指型をした人工身体の研究はこれまでもありましたが、それらを動かすためには人工身体部位とは別の身体部位の機能や動きを使う必要がありました。対して、第6の指は別の身体部位を動かすことなく独立制御できる新しい人工身体なのです」

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腕に装着したセンサーで計測した筋肉の電気信号によって人工指が動く。

 宮脇教授らが開発した人工指の仕組みは、腕の4つの筋肉(とう側手根屈筋、尺側手根屈筋、とう側手根伸筋、総指伸筋)の電気信号を読むように取り付けたセンサーで、特定の力を入れた時に得られる電気信号パターンを読み取り、それに呼応して人工指が動くというものだ。被験者は人工指を小指の外側に装着しマジックテープで固定する。筋肉の電気信号がうまく計測できれば、ほぼ全員が人工指を思い通りに動かせるようになるという。

 「人工指の装着前後で、障害物を避ける動きや、手を布で覆った状態で画面に表示した線の延長位置を指で触れる実験をしたところ、人工指の装着後に、人工指を自分のもののように感じた被験者ほど、人工指を装着した側の本来の小指の位置の認識が曖昧になっていることがわかりました。この結果から、独立制御可能な人工指でも身体化できるとの論拠を得ました」

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人工指の設計をさらに工夫することによって、楽器の演奏や高速キータイピングなど実用化の可能性もあるという。

着脱可能な身体が、社会の概念を変える

 宮脇教授が注視するのは、第6の指を装着したことで脳にどのような変化が現れるかという点だ。そもそも身体の部位を動かす脳の領域は決まっており、備わっていない身体の部位を動かすための領域はないとされてきた。

 「第6の指が自分の指であるように感じるのであれば、はたして脳のどの部分が反応しているのか。これはまだ研究途上で、手の機能をつかさどる体性感覚野や運動野という脳の部分を中心に調べているところです」

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以前からの知り合いであったガネッシュ教授と、研究会で研究のアイデアについて意気投合し、第6の指の共同開発を始めたという宮脇教授。

 新しい身体を獲得することはまた、ダイバーシティという社会学的な観点から見ても興味深いという。「たとえば視力矯正のためのメガネも、昔は格好悪いイメージでしたが、いまはファッショナブルなものとして自己アピールの手段になっています。指が一本多かったり少なかったり、義手を着けているといった状態が、選択肢の一つとして捉えられる時代になるといいいのではないでしょうか」

 第6の指は、普通でないと思われていたことが普通になるような、人々の概念を覆すものになるのではないかと宮脇教授は話す。メガネや衣服と同じように着脱可能な人工身体には、さまざまな可能性が秘められている。

取材・文/久保寺潤子
写真/藤本賢一