東京2020大会の記憶を体験
東京レガシーハーフマラソン2022 コース案内
【寄稿】2022年10月16日に開催される、東京レガシーハーフマラソン2022。東京2020パラリンピック競技大会のマラソンコースが活用されているそのコースは、世界的に見ても素晴らしい。参加する一般ランナーはもちろん、観戦者の気分も高揚するコースを解説しよう。
オリンピック・パラリンピックは都市と市民にどんなレガシーを残せるのか。これは開催地が向き合う課題のひとつだ。レガシーとは、過去の出来事や記憶だけでなく、未来とのつながりである。未来に起こることや将来人々にもたらす影響をも意味するのだ。1964年のオリンピック・パラリンピックは東京に多大な影響を与えた。戦後復興のシンボルとして都民に新たなアイデンティティを与え、大会に向けたインフラの整備は、未来の東京の姿を形づくり、有形のレガシーとして今も人々に影響を与え続けている。
東京2020パラリンピック閉幕から1年余り、そのレガシーの一端が明らかになる。2022年10月16日に開催される「東京レガシーハーフマラソン2022」である。主催は東京マラソン財団。世界のトップ選手のためにデザインされたコースを走り、レガシーを共有する機会を一般ランナーに提供するというものである。
世界有数のランニング・シティ、東京
東京は世界有数のランニング・シティである。その歴史が2018年5月に発表された東京2020大会のコースに、余すところなく盛り込まれていた。1964年東京オリンピックのマラソンコース、1991年の世界陸上でも使用され、かつて東京を舞台に開催されていた東京国際マラソンと東京国際女子マラソンのコース、現行の東京マラソン、そして市民ランナーに人気の皇居のランニングコース。さらには箱根駅伝を象徴するランドマークである日本橋もコースから目にすることができた。箱根駅伝は、世界で初めて世界陸上競技連盟からその歴史的価値を認められ、世界陸上遺産に認定されている。
東京2020大会のマラソンコースには世界からの注目も集まった。2018年欧州選手権マラソン金メダリストである、ベルギーのコーエン・ナート選手は、当初予定されていた競技開催日のちょうど1年前となる2019年夏、試走のためにわざわざ自費で来日したほどである。2019年9月には、東京2020大会に向けた日本代表の選考レース、マラソングランドチャンピオンシップで使用され、そのテレビ中継は高視聴率を叩き出した。
その後、猛暑の影響が懸念され、オリンピックのマラソンは北海道で開催されたが、オリンピックの1カ月後に開催されたパラリンピックでは東京のコースが使われ、道下美里、堀越信司、永田務という3人の日本人選手のメダル獲得を東京で目にすることができた。ただ、かなうものならば、オリンピックのフィナーレを飾るマラソンも東京のコースで観戦したかったと思うファンも少なからずいたのではないだろうか。
レガシーと見どころが詰まったコース
東京レガシーハーフマラソン2022は、約15,000人の参加者が東京2020大会のコースを走り、テレビ中継を通してさらに多くのファンとともにそのレガシーを共有する機会だ。スタート&フィニッシュは、東京2020大会メイン会場であり、パラリンピックマラソンでも使われた新国立競技場。参加者にとっては、世界最新鋭の競技場で走る貴重な体験となる。旧国立競技場の跡地でもあり、その意味では1964年東京オリンピックから脈々と続くレガシーも同時に感じながら走ることになるだろう。
コースは、オリンピック・パラリンピックのために設計されたものを、市民参加型のハーフマラソンコースとして仕立てたもので、都心の主要道路が閉鎖され、ランナーのためだけに開放される。私は2018年、2019年、2020年の夏に、オリンピック・パラリンピックのコースを計7回走っている。オリンピックの女子マラソンと男子マラソンが予定されていた日時にそれぞれ3回と、2019年にはナート選手の試走のガイドとしても1度。また、先日は東京レガシーハーフのコースも走ってみた。それらの経験から言えるのは、このコースは世界の名だたるハーフマラソンコースと比較してもまったく遜色のないものである、ということだ。
見どころも盛りだくさんだ。皇室ゆかりの庭園である新宿御苑、皇居外堀、江戸の風情を残す神楽坂や、東京ドーム、東京スカイツリー、日本地図のゼロ地点であり箱根駅伝の残り1キロメートルポイントでもある日本橋などを視界に収めながら走る。ランナーが集う人気のランニングコース、皇居周回の一部もコースに組み込まれている。
東京、ボストン、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、シカゴで行われる世界6大マラソン大会「アボット・ワールドマラソンメジャーズ」では、近年、本大会から約半年違いのシーズンにハーフマラソンを開催するというトレンドがある。東京レガシーハーフもその流れに沿ったものとなっているが、他大会と比較してこれほどまでに都市の見所が凝縮されたコースはほかに見当たらない。コース沿いにあふれる都市の緑の豊かさに関しては、都市型大会の中ではトップクラスといえるだろう。
競技場で迎える感動のフィニッシュ
ランナーとしての体感を述べると、前半はスピードが出るコースだが、最後に特大のKOパンチが控えている、といったところか。コース全体を通して道幅は広く、路面の舗装状態もいい。序盤2キロメートルは小刻みなアップダウンがあり、その後大きく下ってからほぼフラットな中盤10キロメートルへと続く。だが、競技場へと戻るラストの約5キロメートルは上り坂が続くことを頭の片隅に入れておいた方がいい。そう、序盤に下った分を上らなければならないのだ。マラソングランドチャンピオンシップや東京2020パラリンピックでもこの区間が勝負を分ける重要なポイントとなったことを考えれば、東京レガシーハーフマラソン初代の栄冠もこの区間を制した者が手にすることになるだろう。この大会は記録を狙える高速コースではない。主題は記録ではないからだ。大会名に掲げられた大会コンセプトを忘れてはいけない。そう、レガシーだ。
ラスト1キロメートルを除くすべての区間で、ランナー同士がすれ違うようコースが考案されているのも大きな特徴だ。神保町の交差点に至っては、3回通過する。後方のランナーもトップを行くランナーを目にするチャンスがあるし、仲間を見つけてランナー同士、声援を交わすこともでき、大きな励みになるだろう。これも、他のワールドマラソンメジャーズ大会主催のハーフマラソン各コースとは一戦を画する大きなチャームポイントだ。
コース最後の区間は、新宿御苑に沿って緩やかに下り、外苑橋の下をくぐってから競技場の西側にあるマラソンゲートへ向かう。世界の有名レースの中でも、競技場内でフィニッシュする大会は稀だ。競技場へと入るトンネルの暗闇を抜け、光あふれる最新鋭の競技場に出る瞬間は、参加ランナーにとって一生ものの思い出となるだろう。それは、世界中のオリンピアンとパラリンピアンが見た、あるいは見るはずだった景色だ。
誰であれ、どこの出身であれ、速いか遅いかに関係なく、その感動は時空を超えて共有されていく。形こそないが、これこそ大きなオリンピック・レガシーと言えないだろうか。パンデミック下という特殊な状況で行われた東京2020大会のあの感動の瞬間が、レガシーとして蘇る日がもうすぐやってくる。