世界屈指の電車網がかなえる、東京シティランニングの楽しみ

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ブレット・ラーナー(Japan Running News)

【寄稿】圧倒的に便利な鉄道網を誇る東京。世界トップクラスの鉄道網はランニング愛好家にとっての走る楽しみを広げてくれる。

東京、新宿、渋谷など都心の主要駅を結ぶJR山手線。 Photo: iStock

 一度でも東京を訪れたことがあるなら、東京の鉄道システムが世界トップクラスであることに異論の余地はないだろう。清潔で安全、安価。そして何より運行時刻が正確であること。大都会のあらゆる場所へ行きたい時にすぐに行ける利便性は、旅行者にとっても居住者にとっても大きい。そして、ランナーにとっても。鉄道網は、東京ならではのランニングの楽しみを実現してくれる。

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JR山手線の最も新しい駅、高輪ゲートウェイは2021年開業。線路に沿って見通しのよい道路が伸びる。Photo: iStock

ランナーなら一度は走りたい、山手線一周!

 鉄道を使ったお薦めのランニングコースに、「JR山手線一周ラン」がある。都心をぐるりと環状に囲む30駅から成る山手線に沿ったルートを自らの足で制覇することは、東京に住むランナーが一度は挑戦したいことの一つだ。山手線は全長34.5キロメートルだが、ルートの選び方で38キロメートルから42キロメートルを走ることになる。気軽に走れる距離ではないが、ランナーなら挑戦してみたくなる絶妙な難易度。私は年に一度このコースを走っているが、東京のさまざまな顔を一度に、しかも間近に見るには最高の方法だと思っている。

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JR 秋葉原駅前。 Photo: Brett Larner

 東京の面白さは街の多様性にある。渋谷のスクランブル交差点で四方に行き交う人の群れ。新橋の足早に歩くスーツ姿の人々。東京駅を背に眺める皇居。電気とポップカルチャーの聖地、秋葉原。御徒町の露天商の売り口上を聞きながら、ひしめく買い物客の間を縫うようにして走り抜けた先には、緑豊かな公園と動物園、博物館が人気の上野がある。ネオンがきらめくターミナル駅の池袋。新大久保駅周辺のコリアンタウンとそこからほど近いナイトライフの中心地、歌舞伎町、そして新宿の摩天楼。明治神宮と代々木公園の緑を抜けると、そこは若者文化の発信地・原宿だ。

走って気付く、東京のディープな魅力

 観光ガイドブックに載っている名所だけが東京の見どころではない。山手線一周をぐるりと走ってみると、従来のイメージとは時に正反対の光景に出合えるかもしれない。大通りから一歩裏道へと入った先には思いがけない風景が潜んでいる。地元の人しか知らないような小さな神社や児童公園、見晴らし台、きらびやかな現代建築と隣り合わせで佇む昔ながらの商店。浜松町でアイドルユニットのストリートパフォーマンスに遭遇したこともある。うだるような夏の朝、巣鴨では気さくな店員さんが店先のホースで水をかけてくれたり、大塚駅でサンバフェスティバルのパレードに巻き込まれたこともあった。正確な地点は覚えていないが、私のお気に入りの風景のひとつは、東京の下町のどこかで見た景色だ。狭い運河にかかる橋を渡る途中で目をやると、屋形船が数隻浮かんでいた。夜の東京湾を行き交う明かりを灯した姿は目にしたことがあったが、街なかでふと遭遇した"休憩中"の屋形船の姿にはひと味違う風情があった。

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日中停泊する屋形船。Photo: Brett Larner

 山手線の北東側、上野駅から西日暮里駅までの区間は、坂が多くて心が折れるし、道が入り組んでいて迷いやすい難所だ。山手線の外側を走ると、西日暮里駅を過ぎたあたりで路線が急に西に曲がるのを見逃す危険性がある。内側を走る場合は、谷中霊園の墓地の間を縫うように進んでいくことになるが、コースの中でも最も緑が豊かで趣のある区間なので、多少遠回りになるとしても内側を走る価値はある。全部の駅を写真に収めたい場合、鶯谷駅は駅の入り口まで行くと行き止まりを引き返すことになるので覚悟しておこう。

 こんな冒険を楽しめるのは、東京の治安の良さのおかげでもある。土地勘がなくても、道を間違えても、危険なエリアに迷い込むこともない。(コロナ禍前は)始発で家路へ向かう酔っ払いに混じって早朝の繁華街を走っても、出勤時間のオフィス街でスーツの群れ間を縫うように走っても、人っ子一人いない閑散とした道を単独で走り抜けても、トラブルに巻き込まれる可能性は極めて低い。

 都市の印象は、訪れた場所、出会った人、街のリズムといった個人的な体験がベースになって形作られるものだ。東京のディープな魅力を記憶の1ページに刻みたければ、山手線一周ランに勝る方法はないだろう。

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2025年に環状運転100周年を迎えるJR山手線は、都内在住ランナーだけでなく、観光客にもおすすめだ。Photo: iStock

都心から郊外へ、郊外から都心へ

 郊外から都心に向かう私鉄の路線に沿って走るロングランもお薦めだ。都心とはまた異なる東京の顔に出合うことができる。都心スタートでも郊外スタートでもいい。駅数を数えて大まかな距離の検討をつけ、電車に乗ってスタート地点に移動したら、路線に沿って走り、乗車した元の駅へ戻るのだ。山手線同様に線路のすぐ脇の道を走ることができる場合が多く、万が一道を間違っても線路を基準に軌道修正するのは難しいことではない。東京には単純な直線道路が少ないため、土地勘のない旅行者や方向感覚に自信のない人にとっては、路上で何度も地図とにらめっこするよりも線路というガイドに頼った方が効率的だろう。商業施設の多い駅周辺を次々に通過するので、トイレや水分補給にも困らないし、疲れて途中で切り上げたくなったら電車に乗って自宅やホテルに帰ればいい。ポケットに汗拭きシートを忍ばせておけばさらに完璧だ。

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Photo: Oli Kellett/Getty images

 たとえば、代表的な私鉄のひとつである小田急線は、新宿駅から約15キロメートル先にある多摩川の手前、和泉多摩川駅までが東京都、その先は神奈川県へと続いている。ほとんどの区間は地上路線で、それに沿って道路が走っている。東北沢駅から梅ヶ丘駅までの区間が近年地下化されたが、地上に線路があった場所は現在遊歩道となり、それに沿っていまどきのショップやカフェが並んでいてにぎやかだ。

 また、渋谷駅を起点とする東急東横線は県境の多摩川駅まで約10キロメートル。こちらも線路に沿って道路が伸び、都心に近づくにつれてトレンドを発信し変化し続けるエリアとなる。やる気があるなら東横線と前出の小田急線を組み合わせて大きな周回コースを走ることだってできる。多摩川駅から多摩川を10キロメートルほど上流にたどれば、小田急線和泉多摩川駅、新宿から山手線沿いに渋谷までは3.5キロメートルほどだから、全長38.5キロメートルの大ループを描くコースの出来上がりだ。

 東京在住のランナーにとって都内の鉄道網は、生活圏のコースを離れ、郊外へ、また都心から下町など表情の異なるエリアへと気軽にランニングのテリトリーを拡大することができる優秀なインフラだ。日本が再びインバウンド・ツーリズムを迎え入れようとしている中で、電車を活用したランニングは観光客が等身大の東京の姿を体験する手段の一つにもなり得る。ホテルのコンシェルジュが薦める代々木公園や皇居もいいけれど、ディープな東京を覗いてみたいなら、ランニングシューズを履いて電車に飛び乗ってみることをお薦めする。

ブレット・ラーナー

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日本の長距離ランニングシーンのニュースを発信する英語メディア『Japan Running News』創設者・編集者。世界の主要なランニング雑誌やウェブメディア等での執筆多数。また、東京マラソンの海外向けテレビ中継やゴールドコーストマラソンの公式ネット中継では毎年実況とコメンテーターを務める。世界陸連公式代理人として日本人選手をサポートし、日本記録や日本人唯一のアボット・ワールドマラソンメジャーズの優勝に貢献。2021年、福岡国際マラソンの75年の歴史を伝えるドキュメンタリー動画『Inside the Outside - 世界が見た福岡』を発表。現在は箱根駅伝の100年の歴史についての本を執筆中。カナダ出身。1997年来日、東京在住。
翻訳/東海林美佳