モビリティのシェアから始まる。地域資産とニーズのマッチングで"もったいない"を解消

高原幸一郎(株式会社NearMe 代表)

自身の困った経験からサービスが生まれた

 以前住んでいた家が最寄り駅からバスに乗らないと帰れない距離にありました。電車の終電は夜中の1時過ぎまでありましたが、最寄り駅発のバスの最終時刻は22時38分と早くて週3日以上はタクシーで自宅まで帰っていました。最終バスを逃した後のタクシー乗り場は長い行列ができて、なかなか乗れない。雨が降ったら最悪だし、ましてや雪が降ったら絶望的です。きっとみんな同じ方向に帰るのに、大抵はタクシー1台につき一人しか乗りません。バスよりもタクシーのほうが料金は高いので、時間もお金ももったいない。このもったいないを解決したいと思ったことが、タクシーの利用者同士をマッチングするアプリ「nearMe.(ニアミー)」の原点です。相乗りなので通常のタクシーよりも料金が安くなるし、目的地までドアツードアなのでバスよりも便利なサービスとして2018年6月にリリースしました。

iStock-852997362_CREDIT_yongyuan.jpg
Photo: iStock

地域の中での移動には、課題が山積している

 もともとテクノロジーを活用して、地域に眠っている資産と人々のニーズをマッチングさせて、地域活性につなげられるようなプラットフォームをつくりたいと考えていました。その構想は起業する1年くらい前からあって、MaaSに特化するつもりではなかったです。今後も事業領域を広げていくつもりですが、移動のもったいないに着目すると、他の駅でも同じようなことが起きていたし、地方の免許返納者が交通手段を失ったり、事故や災害時の代替え輸送の問題など課題の深刻さに気付き、まずはこの課題から取り組もうと考えました。他の人が僕の考えているようなことを先にやっていたら、そこにジョインしていたかもしれませんし、組織の中で実現できる機会があったら、そのまま社内プロジェクトとして立ち上げていたと思います。僕がやろうと思っていることを誰もやっていなかった。それが起業の一番の理由です。

MaaSとは
Mobility as a Service(サービスとしての移動)。一連の交通サービスとしてモビリティの最適化を図るため、複数の交通手段を組み合わせ、アプリ等により一括検索・予約・決済を可能とする取組などを指す。MaaSの実現により、交通利便性の向上のほか、移動ビッグデータによる新たなサービス創出等が期待されている。
* 出典 東京都戦略政策情報推進本部報道資料

出会いの場に参加して、ネットワークづくり

 2017年7月にNearMeを設立した時はアメリカを拠点にしていたので、日本に帰国してから以前から知り合いだったCTOの細田に相談して仲間になってもらい、本格的に事業をカタチにしていく準備を進めていきました。スタートアップはこの世にないものを創っていくわけで不確実なことだらけで想定外が当たり前ですから、起業に向けた準備が大変だったとか、起業して辛いと思ったことはありません。

 それに活用できるサービスはいろいろあります。 事業立ち上げ時にニッセイ・キャピタルのアクセラレーションプログラムに採択されて資金調達もできました。「nearMe.(ニアミー)」をリリースした直後も、スタートアップ向けのイベントに参加してPRと人脈づくりに努めました。あるピッチイベントに参加した時に事務局の方から声をかけてもらってNEXs Tokyoに参加することにもなりました。僕たちだけでは接点がもちにくい自治体とのネットワークづくりができることにメリットに感じて参加しましたが、実際に各自治体が抱えている課題について直接聞くことができたし、広島市や北九州市などとのプロジェクトにつなげることができました。

iStock-1146418696_CREDIT_metamorworks.jpg
Photo: iStock

空港、学校、通勤、地域内と移動シーンの拡大

 2019年から各地で最大9人乗りの相乗りシャトルの実証実験を始めて、同年の8月には成田空港と都内9区を送迎する「エアポートシャトル」をリリースして、全国の空港を軸に独自のAIの活用で、最も適したルートでユーザーをピックアップする「nearMe.Airport(ニアミー エアポート)」を展開しました。今では東京は23区+にエリア拡大しています。さらに11月からゴルフ場への送迎を行う「nearMe.Golf(ニアミー ゴルフ)」をリリースしています。

 「nearMe.(ニアミー)」をリリースした時は、タクシーのユーザー同士のマッチングに特化していましたが、ユーザーが活用しやすくなるようにと考えた結果、出発地か目的地が固定されているほうがマッチングしやすいということで空港に着目しました。これがかなり好評だったので、自宅と学校、企業における夜間などの通勤、地域内での移動といった日常的な移動シーンに合わせてサービスを拡充しました。「nearMe.Airport(ニアミー エアポート)」はコロナ禍で多少なりとも影響をうけましたが、日本国内の空港利用者は年間で延べ3億人です。国内旅行のニーズに応えるだけでも規模は大きく、コロナ禍でも過去最高の利用実績を更新しています。

「移動」×「○○」で地域資産と人をマッチング

 こうした広がりは、弊社のサービスが世の中の機運に後押しされたこともあったと思っています。まず、タクシー業界はドライバー不足でドアツードアの交通インフラを維持しにくくなっていたこと。一方でタクシーの稼働率は40%台でまだまだキャパシティがあります。タクシー業界も相乗りに可能性を感じていたし、国土交通省も2021年11月に規制緩和を行って相乗りを認めました。モビリティのシェアでドアツードアが当たり前になれば、車というハードウェアがEVになったり、自動運転の普及にもつながっていくでしょう。環境負荷を下げるというエコな部分も注目された要因だと思っています。弊社の取り組みが評価いただけたことはやはり嬉しく、さらに前進しようと思えてワクワクします。

 今後は「移動」×「○○」でサービスを広げていくつもりです。例えば「観光」をキーワードにすると、観光スポットや地域のサービスとのマッチングもできるし、その地域に飛行機などで移動してくる場合は、着地情報が把握できるので、そこから観光スポットやサービスをレコメンドしたり、観光ガイドさんとマッチングすることもできるでしょう。最終的に私たちは地域資産と人々のニーズをマッチングするプラットフォームを目指していますが、「移動」だけでもやりたいこと、やらなければいけないことがたくさんあり、可能性を感じています。

2207_01_05.png

起業を目指す方へのメッセージ

 楽天時代にM&A事業に関わっていて、起業家の方々と一緒に仕事をする機会が多かったです。彼らと接していくなかで、ずば抜けて優秀であるとか、特別なスキルや経験があるよりも、事業に対する特別な思いやマインドセットが大事だと気付きました。重要なのはどういう世界を実現したいのかということを、自分の言葉で語れて、それを事業計画書に落とし込めるかどうか。これまでの仕事で事業計画書も書いてきましたし、起業家として必要な基礎知識はあったかもしれません。しかし起業に大事なのは強い思いなのだという気付きは、僕にとってとても大きかったです。

 スティーブ・ジョブズが、「Follow your heart and intuition(あなたの心と直感に従いなさい)」という言葉を残していますが、僕はその言葉がすごく好きなんです。例えば給料や、プライベートも含めて生活をいかに維持するのかといったことをロジカルに考えますよね。働き方の選択肢もさまざまだから比較もします。けれど最後はやっぱり自分の心が素直にワクワクすることが大事。直感を信じて、ワクワクすることに素直に従ってみて、それが起業だったら起業すればいいし、そうじゃなければしなければいい。人生は一度きりなので、やりたいことがあるならぜひ挑戦してみてください。

株式会社NearMe 代表
高原 幸一郎

2207_01_01.png
シカゴ大学経営大学院卒業。2001年SAPジャパン株式会社入社。2012年楽天株式会社入社。グループ会社であるケンコーコム株式会社(現Rakuten Direct株式会社)執行役員、米OverDrive社の副社長/取締役、仏Aquafadas社のCEOを歴任し、2017年7月に「社会のあらゆる『もったいない』を解決し、サスティナブルで活き活きとした未来を実現する」ことをビジョンに株式会社NearMeを設立。2018年1月から現職。2018年6月にタクシー相乗りアプリ「nearMe.(ニアミー)」をリリース。以降さまざまな利用シーンに合わせて移動のシェアサービスを拡大中。https://nearme.jp/

NEXs Tokyo

nexs_tokyo_img01.png
NEXs Tokyoでは、国内外への事業展開・事業加速に挑戦する全国各地のスタートアップに対し、業種・業態・地域を超えた交流の場やマッチングの機会を提供します。NEXs Tokyoの詳細を⾒る
*本記事は、「東京都創業NET」の提供記事です。