陸上養殖の先端技術で、食の未来を切り拓く
干潟や波打ち際に近い環境を再現
かつて東京湾は豊かな漁場として知られており、また、東京都大田区大森近辺をはじめとする沿岸部での海苔の養殖は、江戸時代から続く重要な産業のひとつだった。しかし、高度成長期の埋め立て事業や後の水質悪化の影響で湾内の漁業は徐々に衰退。現在は島しょ部の漁業が中心となっている。東京都のみならず日本全体で漁業生産量が減少傾向にある現在、特に海がない山間部や都市部でも可能な「陸上養殖」が新たな水産業として注目されている。
東京都品川区に本社を構える「ウィズアクア」は、陸上養殖技術の課題を画期的なシステムで解決する注目の企業だ。
陸上養殖では、飼育水を循環・濾過して魚を飼育する閉鎖循環式陸上養殖という方法が注目を浴びているが、水質の悪化が課題となる。たとえば、魚自体が排出するアンモニア。生物濾過によりアンモニアを硝酸に変え、弱毒化する技術はすでに確立されているが、硝酸も蓄積すると魚の内臓に障害を与え、食欲不振などを引き起こしたり病気の原因となる。しかし、硝酸の除去は技術的に難しく、陸上養殖技術の大きな課題となっていた。この課題を解決すべく、同社が導入したのが、好気的脱窒という新しい技術だ。
「東京海洋大学を卒業後、真珠養殖ビジネスに携わっていましたが、博士号を取るために復学。博士号取得後、当時の指導教官であり、弊社の技術顧問である延東真教授(現東京海洋大学名誉教授)が発明した好気的脱窒技術(東京海洋大学特許技術)を真珠養殖に応用したところ、アコヤガイの健康状態が劇的に改善しました。それを機に、この画期的な技術の有用性を世に広めたいと思い、2019年に会社を立ち上げました」と語るのは、ウィズアクア代表の荻村亨氏。
陸上養殖では、従来、嫌気的脱窒という方法が用いられてきた。酸素を必要としない嫌気性バクテリアが硝酸を分解して大気中に放出する性質を利用するのだが、システムが複雑で大きなスペースも必要。立ち上げまでに時間がかかるといった難点があった。だが、延東名誉教授が発明した好気的脱窒装置は簡単かつ安全に硝酸を除去することを可能にした。
「好気的脱窒装置があれば、酸素を使って硝酸を分解する好気バクテリアが生息する干潟や波打ち際に近い環境を再現できる。水槽の水位を定期的に上下させてバクテリアを大気に曝すことで、必要な酸素の供給が可能になります」と荻村氏。
高い品質を保ちながら、食品ロスにも貢献
好気的脱窒装置は立ち上げに数日しかかからないうえ、処理能力が高く、小規模・少コストで導入できる。危険性もないうえ、メンテナンスも簡単だ。この装置に生物濾過槽と、泡の力で水溶性タンパクや微粒子を除去する泡沫分離装置を組み合わせて、完全閉鎖循環式陸上養殖システムを構築。飼育水の清浄さは海洋深層水に匹敵するという。
「飼育水が清浄なので食の安全性も高い。人工海水を使うので寄生虫がつかない。魚病の発生も抑えられます。一般的に、水槽で養殖すると雑菌による臭いが魚体に染み付くことがありますが、このシステムの飼育水は雑菌が少ない特徴があり、無臭に近い。水質が良いため魚の成長も早く、半年程度で出荷可能サイズになるし、見た目も美しい。高級飲食店が軒を連ねる東京・銀座で料理人の方々に養殖したヒラメの食味テストを行いましたが、銀座の寿司店でも使える品質との評価をいただきました。長期の蓄養が難しかったアワビや伊勢エビも健康に飼育できています」と荻村氏。
好気的脱窒装置による陸上養殖技術は確立されたが、現状、コスト高が課題となっており、荻村氏は改善に向けて努力を重ねている。この技術が実装されれば、海で獲れた活魚を内陸に運び、健康な状態で蓄養することができる。活魚を在庫化することで必要な量を供給する環境が整い、結果的に食品ロスの削減にも貢献できる。たとえば室温の変化が少ない東京の地下空間で養殖や蓄養をすれば、都心の飲食店にこれまで以上に新鮮な魚を供給することも可能だ。
「現在は実験段階ですが、一般的な利用はもちろん、研究分野や教育分野での活用も視野に入れています。将来的には、世界中に普及させて、どこでも美味しい魚介類が食べられるようにしたいですね」と荻村氏。東京で生まれた技術が世界中に広まり、各国の食糧事情を好転させ、地球環境にも貢献する。そんな未来を予感させる、新たな技術の今後に期待したい。
撮影/小澤達也