City-Tech.Tokyo:
日本企業研究の専門家に聞く、City-Techを通じたサステナビリティ構築

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 スタートアップとオープンイノベーション、そしてサステナビリティをテーマとする国際イベント「City-Tech.Tokyo(シティテックトーキョー )」(2023年2月27、28日開催)で基調講演を行う、日本企業研究の専門家のウリケ・シェーデ氏にインタビューを行った。
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「シティテックとは、スマートシティを活用して充実した暮らしを実現すること」と語るウリケ・シェーデ氏。Photo: courtesy of Ulrike Schaede

 「City-Tech.Tokyo」の基調講演に登壇するカリフォルニア大学サンディエゴ校ウリケ・シェーデ教授に、どうすれば東京や日本企業が、もっと創造性の高いコミュニティを構築できるかを聞いた。

--日本企業を研究しようと思ったきっかけは?

 ドイツで通っていた大学時代に、日本語や日本の建築、社会に興味を持ち、日本研究と経済学の修士号と博士号を取りました。当時の日本経済はバブル期で、とても興味深い研究対象だったのです。博士論文のテーマもバブル期の日本企業の株取引でした。最近では、特に中国の台頭を受けて、日本企業がどのように経営戦略を見直してきたかを研究しています。

 私は社会科学者として、さまざまな都市や国の仕組みの違いが効率や社会に与える影響、そこから他の国々が学べることに注目してきました。岸田文雄首相は主要政策として「新しい資本主義」を掲げていますが、これは実のところ昔からあるものかもしれません。日本の資本主義の特色と、日本型の社会や企業や経済がもたらす長所と短所から何が学べるかは、非常に興味深い部分です。

--シティテックとは何でしょう?

 私の頭に最初に浮かぶのは、「スマートシティ」のコンセプトです。そして最先端のテクノロジーをどのように使えば、人々の日常生活やプロセス、ビジネス、文化を改善できるだろうかということ。その意味で、シティテックはスマートシティよりも大きなコンセプトなのかもしれません。スマートシティでは、スマートグリッド(電力の供給を最適化する送電網)やスマートカー(ITを搭載した自動車)が中心となりますが、シティテックとは、スマートシティを活用して、そこに住む人たちが充実した暮らしを実現することに重点が置かれているように思います。

 たとえば、どのように新しいテクノロジーを活用すれば、ハンディキャップや障がいのある人々が暮らしやすくなるか。こうした課題は、国レベルで対処するよりも、都市レベルで対処したほうがうまくいきます。自治体には公共交通機関やコミュニケーション、雇用、文化、ダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(包摂性)などにおける発展において、より当事者意識が強いですから。

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首都圏の人口は約3800万人。アメリカでいうと、カリフォルニア州の人口がロサンゼルスほどの面積に集中していることになる。Photo: iStock

--世界の大都市が直面する問題を解決する上で、スタートアップはどのような役割を果たせるのでしょう。

 誰かにとっての難問は、別の人にとってチャンスになります。スタートアップ企業は、何かが足りない部分を見つけて、そこを埋め合わせたり、問題を見出し解決したり、より良い解決策を示したりするのがうまい。シリコンバレーを動かしているのは、このように何か足りない分野と改善策を常に探し続けるエネルギーです。彼らはモノだけでなく、サービスも提案します。たとえば、配車アプリのウーバーは、サンフランシスコのタクシー会社が抱えていた問題を解決し、それをきっかけに大きなビジネスに成長しました。

 もちろん課題を発見して、それを新しいものや、より良いものを生み出すチャンスにすることは、スタートアップでなくてもできます。大企業でも、イノベーションをコンスタントに生み出す流れをつくる必要性や、スタートアップとの交流を通じてオープンイノベーションを促進する必要があることについては、多くの研究がなされてきました。でも、大企業と中小企業とでは、資産や得意なことが違います。大企業は、資金や人材や研究開発など、中小企業が必要とする資産をすべて持っています。

 一方、スタートアップにはスピードがあり、リスクを取るマインドセットがある。大企業にありがちな煩雑な手続きや社内政治に邪魔されることもない。大企業は、小さな企業と組むことで仕事のスピードを上げられるのか。重要なのは、大企業の強みと中小企業の強みのシナジー(相乗効果)を生み出すことです。

--日本にはユニコーン企業(企業の評価額が10億ドル以上のスタートアップ)があまりありません。日本のスタートアップのエコシステムの課題とポテンシャルをどう思いますか。

 「ユニコーン」というコンセプトはアメリカ的なもので、私はあまり好きではありません。日本だけでなく、アメリカ以外の国にそんな評価は存在しません。日本や東京が、新しい成功の評価軸を見つけてくれたらいいなと思います。

 日本での一番の課題は、スタートアップに投資する人たちにとって、エグジット(投資資金を回収し、利益を確保すること)の方法が乏しいことかもしれません。日本のスタートアップ投資の場合、圧倒的に多いエグジットは、東証グロース市場(東京証券取引所のベンチャー企業向け株式市場)への新規株式公開(IPO)で、MA(合併・買収)によるエグジットは2割程度と言われます。アメリカの場合はほとんど真逆で、最も多いエグジットは、会社を売却して新たな会社を立ち上げるもので、IPOを果たすのは2割程度でしょう。シリコンバレーには、スタートアップを構築しては売却して、新しいスタートアップを立ち上げるシリアルアントレプレナーも多く、それが地域経済の新陳代謝を高めています。

 日本では、依然として多くの中小企業が、自分たちの技術を売ることに大きな抵抗を感じています。その一因は、大企業がその技術を使って何かをしてくれると信頼することができない、あるいは信頼しようとしないことにあると聞いています。でも、エグジットの方法としてIPOが圧倒的に多いことは問題です。リターンが減るため、投資家はスタートアップに大規模な投資をすることに及び腰になってしまうのです。大企業がスタートアップと組んで、スタートアップのアイデアや技術を市場に出すマーケットがもっとあれば、東京のイノベーションのエコシステムに大いにプラスになると思います。今こそ、その時だと思いますよ。

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「スタートアップにはスピード感があり、リスクを取るから、大企業に相乗効果をもたらせる」と、シェーデ氏は言う。Photo: iStock

--その領域と、シティテック・ソリューションを実現する上での東京の強みはなんでしょう。

 東京は世界一の都市だと思います。でも、首都圏の人口は約3800万人。これはカリフォルニア州の人口が、ロサンゼルスほどの面積に集まっているのと同じであり、シティテックにとっては大きな課題です。どうすれば、これほどの人口過密状態でも、充実した生活を送れるようになるのか。東京がシティテックの次のステージに進むことができれば、世界の大都市もできないとは言えません。この先駆者としての側面が、東京にとっての大きなチャンスだと思います。

 このエコシステムの新陳代謝を高めるために、外国人が働きやすい環境を整えるのは一案だと思います。すでにその動きはありますよね。東京に来て、ビジネスを立ち上げるのは難しいことではありません。言葉が障がいになると言う人もいますが、スタートアップの全員が日本語を話せなくてもいいはずです。CEO(最高経営責任者)には必要ですが、CTO(最高テクノロジー責任者)などは日本語を流暢に話せなくても仕事はできるでしょう。テクノロジーを仕事にしている人たちとは、コードやテクノロジーを通じて意思疎通を図れますから。

-- 「City-Tech.Tokyo」に期待することは?

 東京でも、日本でも、世界でも、イノベーションがもっとポジティブに受け止められるようになってほしいと思います。その点、東京は、世界に成功例を示すことができます。多くの成功したスタートアップを世界にアピールしたらいいと思います。

 日本の強力なイノベーション・エコシステムは、総じて過小評価されています。イノベーションに関するグローバルな話題の中で、東京が未熟な存在としてではなく、日本のイノベーション・パラダイムにおける強力なプレーヤーとみなされるようになってほしいですね。

ウリケ・シェーデ

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カリフォルニア大学サンディエゴ校教授。日本経済・経営専門 、同校日本イノベーション・テクノロジー・フォーラム(JFIT)ディレクター。主な研究領域は、日本を対象とした企業戦略、組織論、金融市場、企業再編、起業論等。主な著書に、『再興 THE KAISHA 日本のビジネス・リインベンション』(日経BP刊)がある。
City-Tech.Tokyo 2023
https://city-tech.tokyo/
取材・文/ティム・ホーニャック
翻訳/藤原朝子