誰もが外食を楽しめる社会に!インクルーシブフードの最前線
加齢や神経・筋疾患、脳性まひなどにより、食べ物を噛んだり飲み込んだりすることが難しい摂食嚥下障害を持つ人は、国内に100万人以上いるといわれている(出典:2014年度医工連携事業化推進事業 成果報告書〈概要版〉)。食事をする際は誤嚥を防ぐため、とろみ剤を加えてとろみをつけたり、ミキサーを使ってペースト状にしたり、食べやすくする加工が必要だ。
そこで2022年度、東京都と東京医科歯科大学、東京大学が共同事業として、摂食嚥下障害がある子どもでも家族と同じ食事を加工せずに楽しめる「インクルーシブフード」の開発に取り組んだ。「子ども」にフォーカスした理由について、東京医科歯科大学摂食嚥下リハビリテーション学分野教授の戸原玄氏は言う。
「これまでの介護食は高齢者向けがほとんどでしたが、摂食嚥下障害を持つ人は高齢者だけではありません。障害を持つ子どもたち向けの食品開発に光が当たっていないと気づき、お子さんもその親御さんも一緒に楽しめるインクルーシブフードの開発を目指しました」
食事の幅・楽しみが広がる
2023年2月25日に東京・大手町で開催された「インクルーシブフードの完成披露会」には、摂食嚥下障害を持つ子どもとその家族らが参加し、インクルーシブフードの試食が行われた。提供されたメニューは、子ども向けのお弁当「もぐもぐBOX」とスイーツ3種類。
とくに人気だったのは「やわらか唐揚げ」だ。これは、いったん揚げた唐揚げをミキサーにかけて柔らかくし、唐揚げの形に加工して、可食できるぎりぎりの硬さまで表面だけ揚げたもの。参加した子どもたちのなかには「生まれて初めてお肉を食べることができた」という子もいた。
インクルーシブフードの開発が「東京都と大学との共同事業」である意義について戸原氏は「完成披露会など研究発表の場を設けることができ、自治体やさまざまな業種の人からも注目してもらえてインクルーシブフードの普及を続けようという気運が醸成させられたことが大きいです」と語る。
都内で配慮食やサービスの提供が進む
都内では、摂食嚥下障害を持つ人へ配慮した料理やサービスを提供する店も少しずつ増えてきている。全国展開するスープ専門店「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」のルミネ立川店では「咀嚼(そしゃく)配慮食サービス」を昨年6月より開始。メニューはスープに含まれる具の硬さを検査し、既存のスープの中からセレクト。車椅子が通りやすい店舗を選定し、スタッフへの教育も行ったうえで咀嚼配慮食サービスを提供している。利用する際は事前予約がおすすめだ。
子どもたちのお母さんやお父さんが普段から行く飲食店でこのようなサービスがあると、摂食嚥下障害を持つ子どもたちも外出する機会や外食を楽しむ機会が増え、ひいてはフードマイノリティに対する理解の促進にもつながるだろう。
咀嚼配慮食サービスのプロジェクトの発足時から関わる株式会社スープストックトーキョー品質管理グループ の荻野知佳子氏は「東京は多様なニーズの人がいて、発信していくエネルギーを持っている街なので、東京から新しいサービスを発信することにも意味があると思います」と話す。店舗面積やスタッフの教育など課題も多いが、「咀嚼配慮食サービスを提供する店舗を増やしていきたい」という。
高齢化社会である日本が世界の先駆けに
戸原氏は「海外では摂食嚥下障害のためのメニューを研究して、完成披露会などのイベントまで⾏ったといったことはあまり聞いたことがありません。インクルーシブフードは、世界一の高齢化社会であり、多彩な介護食を生み出してきた日本だからこそ開発・普及できるものだと思います」と語る。東京から生まれ・育まれるインクルーシブフードが将来、世界にも広がり、誰もが同じものを食べて喜びを分かち合える社会を築く一助となるのかもしれない。
摂食・嚥下関連医療資源マップ
戸原氏が運営するウェブサイトで、飲み込むことの問題に対応できる医療機関や嚥下食対応の飲食店を探すことができる。https://www.swallowing.link/restaurants
東京都と大学との共同事業
東京の持続的発展やSDGsの推進に資する大学の共同研究などを東京都政策企画局が支援している。研究成果を都民に還元。https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/daigaku/kyodo-jigyo.html
写真/田中秀典